表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病毒の王  作者: 水木あおい
6章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

342/577

恐怖の支配する戦場


 敵の弓騎兵が、こちらの軍に火矢を浴びせ、黒妖犬(バーゲスト)を射倒していく。


「行くぞ。――振り回す。舌噛むなよ!」


 アイティースの指示に、舌を引っ込め、ぐっと歯を食い縛った。


 グリフォンへの指示は、口頭と手綱だ。

 精神魔法は最低限のものしか使われない。


 微かな動きから、お互いの意思を読み取る調練技術の結晶。

 そしてその技術を礎に、確かな絆を、自分達とは違う翼持つ生き物との間に築き上げた者だけが、グリフォンライダーになれる。


 リーフの鳴き声が戦場に響き渡った瞬間、明らかに馬が暴れた。


 砂漠地方の四つ足ともなれば、『空を飛ぶ四つ足』たるグリフォンへの恐怖を持たないはずがない。


 バーゲストがその隙に囲もうと動くが、乗り手共は、馬を御して見せた。

 アイティースが舌打ちする。


「ちッ! ……近付いてもう一鳴きする。リズ、許せ!」


「許可します。上空を飛んで下さい」


「伏せてろよ!」

 言葉通り、身体を低くして、前の鞍に備えられたハンドルを握り込む。

 ぐいっ、と大きく横に振られ、急旋回のGで吹っ飛ばされそうになるのを、懸命にこらえた。


「アイティース、リーフ。一回でいい。敵騎兵の上空で、縦に一回転して下さい」


「は!?」


「一回転です!」


「お、おう!」


 グリフォンに乗っている間、指揮権はアイティースにある。

 ただ、私やリズも、当然正当な要請を行える。


 グリフォンの鳴き声に怯む馬を御しながらの矢がリーフを狙ってくる。

 ただ、バーゲスト達が牽制しているおかげで、数が少なく、本気で落とそうとしていると言うよりは、近付かせない程度のものだ。

 それに流れ矢の一本程度なら、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の戦装束に込められた防御魔法が万全に機能していれば、問題ない。


 急加速からの上空通過、そしてリズの指示通りの一回転。

 天地が逆になる一瞬の感覚の中。


 騎乗帯の安全金具が外れる音が、嫌にはっきりと聞こえた。


「行ってきます、マスター」


 そして平坦なリズの声が。


 ばっと振り返ると、空っぽの鞍。


「――おい! リズは!?」

「落ちっ……」


 一瞬で血の気が引く。


 それほど高くはなかったはず。

 でも、上空から敵軍の真っ只中に落ち――



「"幻想短剣生成クリエイトファントムダガー"」



 強化された聴覚が、微かな詠唱を拾う。


 そしてリーフの体勢が立て直される最中に見えたのは、淡く青く光る、無数の半透明の短剣が雨のように降り注ぐ光景だった。

 『合同訓練』で設置型トラップを強制起動させるために使った魔法。


 基本的には身体強化オンリーでの近接格闘がリズの戦闘スタイルだが、それに加えてこういった『飛び道具』や、"粘体生物生成(クリエイトウーズ)"など多彩な攻撃オプションも持つ、ベテランアサシンだ。

 ……と、再確認するが。


 アイティースが叫んだ。


「無茶すんなあ!」


 本当に。


 リズはごろごろと転がって衝撃を殺し、跳ね起きながら、再び魔法の短剣の雨を降らせ、先程よりも正確に狙う。

 ただ、あれは威力の低い、牽制・攪乱用のはず――


 と思ったが、ベテランアサシンを少しばかり舐めていた。


 ああ、彼女の先輩達のお手紙にもあった。あらゆるものを『お仕事』に使う事が、暗殺者の日常だと。


 それはつまり、暗殺者(アサシン)にとって全てが殺しの道具。

 元々が殺しの道具である攻撃魔法を暗殺者(アサシン)が使って、殺意に満ち溢れていないわけがなかった。


 もんどり打って倒れ、苦しみに暴れ、しかし立ち上がれない馬の姿を見て、それが足――の腱――を狙った物だったのだと悟る。


 しかし乗り手達は一部が落馬の衝撃で倒れている以外は、無事だった。

 リズに向かって放たれる火矢の軌跡が、先端の炎によって浮かび上がり、私は息を呑んだ。

 アイティースが、怪訝そうな声を出す。


「……え、今、避けたか?」


「矢って……普通……」

「あの距離で避けられる奴は頭おかしい」


 身を沈め、矢の雨の中を走り抜けるリズに一本も当たらない。


 曲刀を抜いた乗り手がそれを振り上げ、振り下ろす前に、その懐に飛び込んで、赤いマフラーを巻いた腕が操る大型ナイフが、相手の動きを止め、命を絶った。


「リズめ……いつも私に頭おかしいって言うくせに……」

「いやまあ、それはしょうがない」


 リーフが、弓の射程距離から外れた上空で旋回に移る。

 少しだけ余裕が出来て、落ち着いて戦況を見る事が出来た。


 他はと言えば、馬を失った騎兵達など、うちのバーゲスト達の敵ではない。

 群がる黒い獣達に乗り手と馬は仲良く飲み込まれ、後には噛み裂かれた死体だけが残る。


 残り半分の敵は、死霊騎士達と睨み合っていた。


 突っ込めば倒す事自体は容易い。しかし、死ぬな、という言葉を忠実に守ってくれているようだ。

 騎兵に対してリズが突っ込んだのを見たから、騎兵が倒されるのを待って黒妖犬(バーゲスト)と合流した方が確実という判断を下したのだろう。


 逆に言えば敵は、合流される前に各個撃破を狙って仕掛けるしかない。


 向こうが動き、突っ込んでくる。

 再び"火球(ファイアボール)"が放たれるが、それはレベッカの"障壁(シールド)"に止められた。……が、一対十では負担が大きいはずだ。長く保つかどうか。


 待ち構える自軍に、敵軍が距離を詰めて来る。

 後数メートルで、剣の音が響くだろう瞬間、黒山羊さんが口を開いた。


「"死の言葉(ワード・オブ・デス)"」


 先頭に立っていた一人が、倒れる。


「"死の言葉(ワード・オブ・デス)"」


 また一人が。


「"死の言葉(ワード・オブ・デス)"」


 もう一人が。


 敵軍の動きが、目に見えて鈍った。

 そこへ魔法で声量を拡大したサマルカンドの言葉が響く。



「即死魔法に耐えられると思う、英雄だけが前に出るがよい……」



「立ち止まるな! 魔法の的になるだけだぞ!」

 敵指揮官が叱咤する。


 正論だ。正論だが、恐怖の方がいつの世も強い。


 ――今だ!


 素早く仮面に触れ、声量拡大の魔法を起動すると、声を張り上げた。



「我が名は"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"! ――我が忠実なる騎士達よ、前進せよ! お前達こそが地上最強だと知らしめるのだ!!」



 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の名前と言葉に、敵軍に動揺が広がり、自軍からは、背筋が寒くなる雄叫びが聞こえた。

 肌が粟立つ。

 常人が聞けば、それだけで怯えて死にそうな、不死者の咆哮。

 けれど私の肌を粟立たせるのは、この胸を締め付けるような幸福なのだ。


 この凄惨な戦場で。

 自分の言葉によって奮い立ち、歓喜の雄叫びを上げる配下を持った人間だけが知る幸福。


 死霊騎士達が前進し、戸惑う敵軍に切り込んでいく。

 この好機を逃すレベッカとハーケンではない。


 敵軍から、矢が一斉に射かけられる。


「"吹雪(ブリザード)"」


 その矢は全て、吹き荒れた雪混じりの強風に煽られ、本来の威力を全く発揮出来ずにばらばらと落ちていく。

 うちの黒山羊さんは、多芸だ。

 敵軍を分断するのには炎の壁、無数の飛び来たる矢を叩き落とすには吹雪と、それぞれの特性を理解して、魔法を使い分けている。


 かなりの実力差がないと効果を発揮せず、射程距離が短く、一人ずつしか殺せないと、使いにくい事この上ない即死魔法も、揺さぶりとして使うえげつなさ。

 一体誰から学んだんだか。



 ……私か?



 ガラスが砕けるような音と共に、"障壁(シールド)"が砕け散り、最後に防いだ火球が上空で炸裂する。その様は、爆発した火の玉と、砕けた障壁の淡く白く光る欠片と相まって、花火のようだった。

 レベッカはベテランだが、攻撃も防御も、同数かそれ以上を揃えるのが基本だ。

 いつもはサマルカンドと共に二人でサポートに回っている事を思えば、死に物狂いで放たれる攻撃魔法に対して、むしろよく保った方だ。

 おそらくもう、障壁には頼れない。


 しかし、彼女は完全に自分の任を果たした。


 攻撃魔法は、もう飛んでこない。

 乱戦になり、味方を巻き込む大火力の攻撃魔法など、使いようがなくなる。

 正面をハーケン率いる死霊騎士達に押し込まれ、バーゲスト達が横腹から食いつき、敵軍は瞬く間に数を減らしていく。


 こちらも無傷ではないが、敵軍の主力は食い破られ、ほぼ全滅だ。


 まだ、荷馬車周辺に護衛と、指揮官を含む弓兵と魔法使いが、いるようだが――


「……投降せよ! 最早勝ち目はない!」


 そこに、悲鳴のような声が聞こえた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 敵地と判断して行軍中油断しない 守るべき優先順位がわかっている 戦場全体を見て無駄な損耗を避けようとする …真っ当だ。 なんて真っ当な指揮官なんだ。 ただ、悲しいけどこれ、種族間絶滅戦争…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ