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病毒の王  作者: 水木あおい
6章

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"病毒の王"の無茶振り


「マスター。戻りました」

「おかえり。……よく戻った」


 日が落ちてから、ようやく戻ったリズを抱きしめて迎え入れる。

 信じてはいても、不安なものは不安なのだ。


「はい。暗殺者(アサシン)の類はいないようですね。泳がされていないなら、ですが」

「リズに気付くだけならともかく、泳がせられるほどの相手がいたら、もっと有効な手を打てると思うよ。――報告を頼む」


 彼女を解放すると、報告を聞くためのお仕事モードになる。


「敵軍は約二千。プラスマイナスで百。多分プラスでしょう。一部戦闘員以外もいるようなので、とりあえず二千と見立てておけば、間違いないはずです」


 ハーケンの見立てはかなり正確だった事になる。


「後、五十ほどですが騎兵がいます。確証はないのですが、どうもペルテ帝国の軽騎兵ではないかと……」

「ペルテ帝国の? ちなみにそう思った理由は?」


「肌の色と、ヒゲですね」

「なるほど。そうだとしてどんな感じ?」


「馬上での弓の扱いに長けていると聞きます。が、攻城戦に向いた兵種ではないので、リストレアでは戦った経験がなく……詳細不明です。すみません」

「いや、いいよ」


 騎兵か。

 この世界では、騎兵の重要性は、前の世界よりも低い。

 攻撃魔法と弓の射程が長大であり、馬の足の速さに、絶対的な優位がないからだ。


 ここ四百年は、拠点防衛と攻略が重視された事もあり、守りの固さや、相手の迎撃ごと粉砕出来るような攻撃力が求められるのは、当然の流れ。


 しかし足の速さは回避能力でもあるし、乗り手の練度次第だが、騎馬にも強化魔法を配分出来る手練れなら、間違いなく脅威だ。


「見張りは?」


「ローテーションは不明ですが、相応にいました。見張りは全て二人組ですし、念の入った三人組の巡回との組み合わせです。完全な奇襲は無理かと」


「まともな指揮官か……」


 『敵地侵攻』と分かってる。

 『支配地域の進行』と思って油断してくれれば、良かったが。


「指揮官の暗殺は?」


「できなくはないです。……ただ、周辺含め、割と手練れですね。やってはみせます。が、帰還の確率は八割ほどでしょうか」


「ならいい。選択肢から外す」


 お金を賭けたギャンブルなら、してもいい確率だ。いや、むしろするべきですらあるかもしれない。


 しかし、私が賭けているのは部下の命だ。


 恋人という事を全部抜いても、彼女の――リーズリット・フィニスの命は、そんなに軽くない。


 これから先の移動に、彼女の眼がなくなれば、どこでしなくていい戦闘に巻き込まれるか分からないし――敵の本隊と鉢合わせれば、その時点で詰む。


「レベッカ、ハーケン。どう? 四倍の数を相手にして」


「その前に聞きたい。リズ。魔法使いの姿は?」

「確認しただけで十名。全員指揮官付近です。実戦慣れしていそうですね」


 レベッカの問いに、リズが答える。

 ハーケンが問いを重ねた。


「その他の兵の練度を、お聞きしたい。リズ殿の私見で構わぬ」


「装備はまとも。腕も、多分精鋭と言って差し支えないです。我らの内の最も弱い騎士でも、一対一なら間違いなく勝てますが、二対一からは少しばかり運が混じり、三対一ではいい勝負でしょう」


 敵は四倍。

 敵が数の優位をどれだけ生かせるかは分からない。


 しかし、たとえこちらの十倍だろうと容易く蹂躙し得た、ここまでの一般市民や雑兵共とは違うという事だ。


「ではレベッカ、ハーケン。改めて意見を聞かせてくれ」


「勝てる。だが、犠牲は分からん。……半数ほどか」

「魔法使いの腕前次第であるな。だが……サマルカンド殿が抑えられると仮定すれば、三割ほどの損耗で済むだろう。夜襲ならば多少は向こうが鈍るやもしれぬ」


「……三割……」


「我が力の全てをもって、援護致します。上位悪魔(グレーターデーモン)の誇り――いえ、"第六軍"序列第四位の誇りに懸けて」

「あの部隊は見過ごせません。犠牲を払おうとも潰さねばならないでしょう」


「だよねえ……アイティースは、何かある?」


「私? うーん……戦闘に参加してもいいけどよ……」

「それはダメ」


 アイティースとリーフの、グリフォンライダーコンビは、重要な空からの眼だ。

 機動力にも優れ、リタル様と同じく、決戦よりも後、事実上の最終防衛ラインを任せられるはずの、重要兵種。


「ん……馬をビビらせるぐらいなら、出来るかも」

「馬を?」


「馬は普通グリフォンを怖がるから。上空を飛んで、鳴き声を聞かせるだけでも効果ある……かもしれない」

「採用。お願い」


「分かった」

 アイティースが頷く。


「序列持ち以外の発言も許す。提案がある者は挙手の後、前に出て発言せよ」


 全員を見渡すが、挙手はなかった。



「奇策はない……か」



 息をついた。

 もっと時間があり、話し合いを続ければ、何か思いつくかもしれない。だが、敵も待ってはくれない。


 覚悟を決める。


 私は、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。

 種族、人間。

 目標、人類絶滅。


 そして私が率いるのは、"第六軍"。リストレアの正規軍だ。


 例外はない。


 私は魔王軍の全てを使い潰してでも、守るべき物があると宣言したのだ。


 例外は、ない。


「仕方ないな。――ハーケン、先陣を頼むぞ」


「うむ。任された」

 ハーケンが軽く頷いて見せる。


「夜襲がいいと思う。細かい所は、レベッカとハーケンに任せるが、どうだ?」


「異論はない。私に指揮権を回してもらおうか。私とサマルカンドで魔法支援を行う。リズ。マスターと一緒にリーフに乗って飛んでいろ」


「え? 私も地上で……」

「夜襲だ。姿が見えんなら、お前を押し立てる意味も薄い。置いて行くのも不安だ」


 抗議しようとしたが、正論で切り捨てられる。


「でも、こっちの士気にも影響が」

「こいつらの士気は、お前が空から見ていれば十分だ。リズ。上空から何かあれば指示をくれ。アイティース、弓と魔法には気を付けろよ。高度を取れ」


「はい」

「おう」


「……私は?」



「二人の言う事を聞いて大人しくしていろ。応援までは許可する」



 明らかに最高指揮官の扱いじゃない……。


「分かったよ」


 憮然としながらも、頷いた。

 私の身を案じての発言という事ぐらい、分かる。


「……サマルカンド。出撃前に話したい。音の遮断、いいか」


「短時間の話し声程度なら、魔力消費に問題ありませぬ」

「よし」


 こほん、と軽く咳払いをした。

 日が落ちて、月明かりの下で、自ら青緑のオーラで薄く光る死霊騎士の群れを見やる。



「敵総数は約二千と推定される。こちらの四倍以上だ。しかし、ここで増援と補給など、絶対に許されない。よって、こちらから攻撃を仕掛ける」



 拡声魔法を使い、けれど声を張り上げて叫ぶ事はせず、話し始めた。


「夜襲を行うが、向こうは見張りを立てている。今までほどの奇襲にはならないだろう」


 楽な戦いにはならない。

 そんな事は分かっている。


 三割の犠牲が出ると聞いて、それでもそれを承知で攻撃命令を出す。


 それは、部下の命を、敵兵の命と取り替える交換に頷いたという事だ。

 私を信じるこいつらに「戦果と引き替えに死ね」と言ったのだ。


 それでさえ、希望的観測かもしれない。

 何の戦果も得られず、ただ敗北する可能性も、ゼロではない。

 戦場に――この世界に、絶対はない。


「だが、あえて無茶を承知で言おう」

 私は、ぐるりと見渡した。



「死ぬなよ。しかし敵は全て殺せ」



「相変わらず無茶を言う主殿だ」

 ハーケンが、からからと顎骨を打ち鳴らして笑った。


「『あえて』『承知で』と言ったろう? それに残念ながら軍隊というやつは、上官が部下に無茶振りをする組織だ。精々命令を出来る立場になる事だな」


「それは難しいかと」

 一名が進み出て、発言する。


「おや、何故だ?」



「我らは、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様の部下。――この立場を捨てる気には、中々なれませぬ」


「そうそう。無茶振りが癖になると申しますか」


「甘く厳しい上官を持って幸せです」



「……全く。馬鹿な事を言うやつらだ」

 私は苦笑した。



「ならば、私の無茶を叶えてみせろ」



 全員が無言のまま一斉に頷き、ぼうっ……と、不死生物(アンデッド)特有の青緑のオーラが、一際強く輝いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 敵を知り、己を知ったなら、避けるべき戦い。 しかし、避けたところで本国が窮地に陥るだけ。戦略上、見逃せる相手ではない。 「戦いは数」だなぁ、本当に。 [一言] 奇策・搦め手の無い、突…
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