増援と補給
私達は、死霊騎士達と共に進軍中……だった。
今は、先行させていたバーゲストが何かを見つけたらしく、序列持ちの五人で偵察中だ。
アイティースはリーフと共に本隊の伝令役として残ってもらっている。
ちなみに私も本隊と共に残すかどうか検討されたのだが、最終的にはこっちに回された。
未舗装の街道周辺に展開している集団を、近くの森に隠れ、観察する。
「――敵軍……だよね?」
旗が、いくつか掲げられている。
二本の曲刀に意匠化された炎と太陽――ペルテ帝国紋章。
槍を交差した二匹の竜達が支える盾――ランク王国紋章。
青地に白の、聖十字に翼――エトランタル神聖王国紋章。
とりあえず、人類なのは間違いないはず。
眼が疲れてきて、仮面をずらし、目頭を揉む。
仮面の遠視能力に頼る機会も増えたが、中の人の訓練が足りないので、疲れが出やすい。
モニター疲れに似た眼精疲労を、この世界でも味わう事になるとは誤算だった。
「うむ、敵軍であるな。完全武装。数は……大雑把な見立てだが、二千ほどか」
ハーケンの見立てでは、敵は少なくともこちらの四倍はいるだろう、という事になる。
死霊騎士達は度重なる戦場で凄まじく強化はされているが、それぞれの戦場で少しずつ数を減らし、もう五百を割っている。
「まだいたのか」
「援軍であろう。荷馬車も多いようだし、補給物資をかき集めての最終便の後発組とでも言えばよろしいか」
「いい見立てだ。付け加えるなら、これまでのようには行かないだろう。奴ら、多分全員が正規兵だ」
レベッカが補足する。
「そういうのどこで分かるの?」
「勘の一言で済ませたいが、言葉にするなら……動きだな。迷いが少ない。装備も良さそうだ。混成軍のようだが、指揮官がいいのかもな」
「なるほど……」
敵軍は、動きを止めている。
まだ明るいが太陽は傾いてきていて、日が落ちる前に野営の準備をしようとしているらしい。
「マスター。偵察に行きます。単独行動の許可を」
「リズ。……一人で?」
偵察は、人数を増やせばいいというものではない。
むしろ、彼女ほどの手練れならば一人の方がなんとでもなる。
そう分かっていても、不安だった。
「はい、マスター。陽が落ちてなお戻らなければ、速やかに離れて下さい。リーズリット・フィニスは死亡したものとみなして下さって結構です」
「……死なないでよ」
「そのつもりはありませんが。あれだけの数、あれだけの重要性です。数だけならなんとでもなりますが……覚悟をしておくに越した事はないでしょう」
今日までの戦いは、圧倒的に数で負けていたが――練度も装備も、比べ物にならなかった。
正確に言えば本国にも、練度と装備で拮抗している者達はいたようだが、悲しい事に歳を取り過ぎていた。
留守番用の、遠征に耐えられないと判断された程度の戦力だ。
宣言したように、弱い者いじめのようなものだった。
それらを喰らい、力を増した死霊騎士と黒妖犬が正規軍相手にどこまで通じるのかは、定かではない。
「後を頼みますよ、レベッカ、サマルカンド、ハーケン」
「ああ」
「我が命に代えても」
「任されよ」
「それでは」
リズの姿が、ふっと希薄になる。
本当にこの世界の暗殺者さんは怖い存在だが、この希薄極まる気配に気付ける英雄クラスというのも馬鹿げた存在だ。
本隊に戻り、上級士官用天幕を一つ、風よけ代わりに張って待つ。
この中で寒さに気を遣う必要のある二人、私とアイティースは天幕の側で折りたたみ椅子に座って、バーゲストのぬくぬく毛皮で暖を取っている。
リストレアに入ってからは、気温が下がり、冷え込んできたが、たき火はしない。街道は曲がりくねり、森が視界を遮っているが、距離は割と近いのだ。煙は遠くからも見えるとリズが言っていた。
同じく声も遠くに届くという理由で話し声もしない。
音を遮断する魔法はサマルカンドに使ってもらっているが、完全ではないし、音を吸収する度に魔力を消費するのを分かっているから皆、無言だ。
規律訓練は完璧で、大声を張り上げずとも、妙な伝言ゲームにもならず、静かに命令が伝わっていく様は感動さえ覚える。
話を聞いて、それを実行に移せる優秀な部下を望んでも得られない人の、なんと多い事か。
なお、周辺警戒の兵以外は無言で絶賛トランプ中。
"第六軍"の死霊騎士達は、身につけた鎖鎧とサーコート、剣と短剣の他は、トランプぐらいしか私物を持っていない。
身軽なので、略奪した物資を背負える形にして、かなり多めに持ってもらっているのだが、音を上げる事もしないのはさすが不死生物。
……それと、幹部の公式ブロマイドを数枚持っている者が多い。
"第六軍"内での一番人気は"病毒の王"、二番人気がレベッカ。今、"第六軍"で販売されているのはこの二人なので、という事らしい。
他軍では、やはり"第四軍"のエルドリッチさんやフローラさん、レイハンさんなどの人気が高い。
屋敷に詰める死霊騎士達から、護衛ローテーション中の外出の自由が少なく、そもそも王都の認定ショップの在庫では欲しい者全員に行き渡らないとの相談を受けたので、軍団単位で発注した。
悪鬼の群れと名高い"第六軍"の名前で発注されたブロマイドの中で、一番購入希望者が多いのが"病毒の王"だという事については、販売担当の文官さんには、ほのぼのネタを見るような温かい目で見られた。
彼女いわく、「"病毒の王"様大人気ですね……あ、私と同僚の分も追加で」との事で、発注書が少し書き直された以外はすんなりと通った。
擬態扇動班への協力経験もある経緯から、"第六軍"との窓口も務めてくれている子なので、色々と慣れたものだ。
なお、誓って"第六軍"の部下達に、購入を強制したりはしていない。
むしろ、何故か私の直筆サイン入りを持っているはずのサマルカンドが団体発注リストに名を連ね、当然のように希望するのが"病毒の王"だった時は、本当にそれが必要なのか、間違いではないのかと確かめたぐらい。
ちなみにサマルカンドは、"病毒の王"直筆サイン入り以外のノーマルバージョンも欲しかったが、他の者が手に取る機会を奪ってはいけないと思い王都の認定ショップでの購入は控えていたが、この度の機会に購入を決意したなどと供述しており。
ガチコレクターの業の深さを感じつつ、あくまで個人の趣味の範囲で、上官権限を使う筋合いの事ではないと判断し、そのまま処理した。
――それも、平和な時の事。
おかげで国庫は結構潤ったというが。
元々民間で販売されていたものを公式化した商品であり、軍に親しみを持ってもらうためという名目で行われたプロジェクトだったのに、軍人の中に給料をつぎ込む奴らが多かったらしい。
……『推し』とか、『コンプ』とか、そういう言葉も、世界の枠を超えたものなのだろうか。
娯楽と金貨に意味がある世界を残せるかは、これからが正念場だ。




