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病毒の王  作者: 水木あおい
6章

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瞳の中の信頼


 アイティースの駆るグリフォンに、私とリズが乗っている。

 レベッカ達は地上を死霊騎士を率いて移動中だ。


「……ああ」


 その光景を空から見た時、ため息のような声が漏れた。

 分かっていた事なのに。


 リタルサイド城塞では、リストレアという国を守れない。


 あの城壁は堅牢だが、それでも完璧ではない。単純に物量で負け、魔法使いの数で負け、そうすれば、いかに魔力に勝る魔族と言えど、この土地を守り切れない。


 だからこそ選んだ時間稼ぎと、北へ引きずり込むという戦術。


 全てが、正しいはずだ。


 けれど、正しい事は痛くない事を意味しない。



「リタルサイドが……綺麗なとこだったのによ……」



 アイティースがぽつりと呟く。


 ドラゴンの骸が、放置された死体の山の中で目立つ。非アンデッド化処理だけは徹底されているらしく、動く物は、風にはためく置き去りにされた旗だけだ。


 石造りの城壁は中央が崩れ、なだらかで小さな瓦礫の山を作っていた。


 城塞だけでなく、クリーム色の壁に、朱色の屋根が目立つリタルサイドの街も、ほとんどが燃え、崩れ、焦げて黒くなっている。

 収穫は終えられたはずだが、畑にも火が放たれのか、飛び火したのか。金の野原と謳われた穀倉地帯もまた、全て炭に成り果てていた。

 半ば崩れ、羽根の破れた風車が、からからと回るのが物悲しい。


「避難が完了しているといいのですが……アイティース、敵影は?」

「動くもん自体ねえよ」


「そうですか……では少し先で、追いついてくるのを待ちましょう。ここからは――『敵地』です」

「あいよ」


 街道から少し離れた、踏みしだかれ『ある程度安全と思われる』草地へ下りる。

 どこに罠が仕掛けられているか分かったものではない。

 一応、残された地雷に苦しむ地域の事も知っているので、なるべく街道や家屋、野営に向いた場所など、ピンポイントに仕掛け、出来る限り記録を取るようにとも言ってはおいたが。


「周辺の安全を確認してきます。アイティース。いざとなれば、私を残して飛びなさい」

「え、でも」


「私一人なら、なんとでもなる。自己犠牲とかそういうつもりは毛頭ありません。いいですね?」

「――分かった」


 リズが騎乗帯を外し、軽やかに飛び降りる。


「リズ。バーゲスト、連れてって」

「はい」


 ローブの陰から一匹を振り落とし、リズについて行かせる。

 罠をチェックするために、円を描きながら離れていくリズの姿を、見るともなしに見ていると、アイティースが口を開いた。


「……あのさ」

「なに? アイティース」



「お前は、悪くねえよ」



 息を呑む。

 彼女は言葉を見つけられない私に、周辺を警戒しながら言葉を続ける。


「私達は、この国で生まれた。魔王陛下がこの国を作って、ご先祖様があの壁を築いて。――私もエイティースも、物心ついた時から、魔王軍に入るんだって、思ってた」


「……辛くは、ない?」


「全然。私達にとっては『そういうもん』だ。獣人に生まれて、あの人達の背中を見て。戦士になりたいって思うのが普通だ。……エイティースは暗殺者(アサシン)になったし、私も魔獣師団のグリフォンライダーになったから、子供んとき思い描いてたような、分かりやすい『誇り高き獣人軍の戦士』とはちょっと違ったけど」


「ラトゥースみたいな?」


「そうだな。ラトゥース様みたいなのが、一番かっこいい。でも……カトラル様に言われたんだ。『ラトゥースはグリフォンに乗れません』ってな」

「グリフォンライダーは……誰でもなれるってわけじゃないよね」


「ああ。私達は、それぞれの役割を果たす。私はお前みたいに大局は見れないし、リズみたいな隠密技術もない。レベッカやサマルカンドみたいに魔法も使えない。ハーケンみたいな剣の腕も、ない」


 自分と他人は、違う。

 自分より優れた人が沢山いる。


 でも――


「でも、私にはリーフがいる。"第三軍"のグリフォンライダーとして飛ぶ。空からの眼になって、何人か運んで……それでいい」


「もちろん。アイティースがいなかったら、こんなに早く移動出来なかった」

「ありがとよ。そう言ってくれると、来た甲斐があるってもんだ」


 アイティースが満足げに頷く。


 そして表情が一転して、陰りが出た。


「……私、お前に剣を向けたな」

「……うん」


 思い出すのは、憎しみに燃えた、緑の瞳。

 双子の弟をなくした彼女には、私を憎むだけの理由があった。


 緑の瞳が、私をまっすぐに見つめる。



「悪かった」



「……え」

「――お前が、部下をどう思ってるかなんて、知らなかった。……知ろうとも思わなかった。ごめん」


「え、いや……私が……指揮官として、もっと……」


「エイティースは、命令に従った。……私達獣人は、本当に信じられなかったら、転属も、従軍も、蹴っ飛ばすよ」


「っ……」

 私は思わず口元を押さえた。

 けれど、押さえるべきは、目元だったかもしれない。


 じわりと涙が滲ませた私に、アイティースが慌てた。


「えっ、うわっ、どうした!?」


「だって……沢山死なせて……ここまで、来て……」

 声が震えた。


 私が『殺した』のは、敵だけじゃない。

 私の命令がなければ死ななくてよかった味方が、沢山いる。


 それは歴史から見れば、ほんの一握りだったかもしれない。

 それは私の命令で死んだ人間の数に比べれば、どうでもいいような数だったかもしれない。


 けれど、私を信じた人が、死んだのだ。


「……あー、もう。お前よくそんなんで"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"とかやってられるよなあ」


 アイティースが騎乗帯を少し緩め、手を伸ばして私の頭をぐいっと引き寄せた。



「私達はみんな死ぬ。その覚悟は出来てる。その上でみんな――お前を信じてる」



「私、自分が死ぬ覚悟しかないよ……」


 自分が死ぬかもしれない事は、受け入れた。

 けれどそれと、親しい人が死ぬ事は、また別の話。


「上等だ。みんな、そんなもんだろ。他人に勝手にその覚悟されても、困るし」


 それはそうかも。


「ほら、元気出せ」


 アイティースが、わしゃわしゃと私の頭を撫でる。


 ふと、ラトゥースを思い出した。

 彼の方が力が強かったし、遠慮もなかったが。

 込められた、気持ちは。


「……うん」

 獣人の人達はホットだなあ。


 アイティースが、私が頷いたのを確認し、最後に軽くぽん、と頭を叩いた。

 そして、にっ、と犬歯をちょっと見せて笑う。


「泣かせたの、リズには内緒な?」



「……いや、聞こえてますよ」



 足下から声がして、見ると、リズがリーフの後ろ足に軽く背中を預けていた。


「え、リズ? いつの間にお前そんな。さっきまで向こうにいたろ」

「戻る時は罠チェック終わってるんだから、行きより早いに決まってるでしょう。大体、最大限に警戒してる暗殺者(アサシン)の耳に届かないと思ってたんですか?」


 正論だ。


 リズが、するりとリーフの後ろ足を伝って、グリフォン上の人になる。

 鞍に座り、騎乗帯は留めないまま、私に手を伸ばした。


「え、な、なに!?」

 リズにわしゃわしゃと勢いよく撫でられるのは新感覚すぎて、面食らった。


「私達はみんな死にます。覚悟は、出来てます」


 アイティースが言った事を、彼女なりに繰り返すリズ。

 そして一転、優しい手つきで、ぐしゃっとした髪を整えてくれた。


「でも、ただ死ぬつもりなんてありません。諦める事もしない。……そして今、リストレア魔王国に属する者がそんな風に思えるのは……"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"がいるからなんですよ」


「……私?」



「勝つ可能性を、示してくれた。私達がずっと負けたままでいなくていいって、教えてくれた。……あなたは、私達の誇りですよ、マスター」



 私は、サマルカンド以外には褒められ慣れていないので、リズのまっすぐな言葉に黙り込んだ。


 そして何故か、さっき髪を整えてくれたのに、またわしゃわしゃと頭を撫でて、私の髪を乱すリズ。


「……今度のは、なに?」


「やってみたくなっただけです」


 戸惑う私に、リズが言い切った。

 そしてまた私の頭をわしゃわしゃする。


「……あの、もしかして気に入った、とか?」

「ええ、割と」


 頷くリズの表情はクールだが、言葉通りちょっと楽しそうにしているので、私は大人しく撫でられる事にした。


 ……なんとなく、撫でられて尻尾を振るバーゲストの気持ちが、分かったような気がする。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 勝つ為の正しい作戦。けれどそれは、心を抉り痛めつける現実に繋がっている。 心が張り裂けそうなマスターを支えるのは、奇しくもマスターに刃を向けたことの有る2人。 リズとアイティースの言葉…
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