表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病毒の王  作者: 水木あおい
6章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

332/577

エルフのいた森


「……思ったより変わっていない、な」


 レベッカが呟いた。


 "第六軍"序列第一位の私から、序列第五位のハーケンまでの五人が固まって歩いている。アイティースはリーフの世話があり、またいざという時の連絡用にと砦に残った。


 私は、レベッカの隣だ。


 足下は、森の中だというのに歩きやすかった。


「大分苔むしてるけど……石畳?」

「オルドレガリアの大道だ。エルフは森の中で暮らしていたが、生活の全てを森の中で完結させていたわけじゃない。人間達と、交易もしていた。……良き隣人だと、思っていた」


 語られて浮かび上がってくるのは、平和的な営みを続けてきた、森の中の小国の姿だ。


 足下の石畳も、一面に苔むし、所々は木の根の侵食で割れてはいるが、しっかりと手を掛けて作られていたのだろう。道幅の広さにも助けられ、森の侵食に長い年月を耐えていた。

 私の勝手なイメージかもしれないが、長命種は、仕事が丁寧だ。

 長い間使う事を前提にしているからではないか、と思っている。


 まもなく道が終わる。道の両脇の木が思いきり枝を伸ばして、薄暗くなっている大道の向こうは、暗い洞窟を抜ける時のような明るさだった。


 レベッカが立ち止まった。私達も彼女に合わせて止まる。


 小さな手が、私の深緑のローブの裾を、そっと握った。


「……レベッカ?」

「すまない。すこしだけ……こうして……」


 私は無言で彼女の手を取って、ローブから離させる。


「あっ……」



 そして、繋ぎ直した。



「……マスター?」

「行こう、レベッカ。私が――私達がついてるから」


 レベッカと一緒に皆を見ると、リズ、サマルカンド、ハーケンが、それぞれしっかりと頷いた。


「――ああ」

 レベッカが、幼さを振り捨てるように、頷いた。


 おどおどとした雰囲気が消え、少し背筋が伸ばされただけなのに、一回り大きく見える。

 深紅の瞳に鋭い眼光が宿り、副産物としてちょっと目つきが悪くなるが、それはそれで好き。


 彼女は元"第四軍"、序列第七位。現"第六軍"、序列第三位。


 彼女は、幼くして全てを――国も、家族も、自分の命さえ奪われた、亡国のお姫様だった。



 そして、そのままでは、いなかった。



 お姫様のままでは、いなかった。


 "蘇りし皇女リビングデッド・プリンセス"、"歩く軍隊(ウォーキングアーミー)"、"戦場の鬼火ウィル・オー・ウィスプ"……彼女が、手に入れた名前だ。

 私の"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"と同じ、いや、もしかしたらそれ以上に価値のある、二つ名の数々。


 リタルサイド城塞で、彼女の名は誇りをもって語られ、彼女に外道な真似をさせた私は、実に熱く罵られた。


 リベリット村に代表されるような、リストレアの中でも特に厳しい環境の北部の魔獣種と戦い、生活圏を切り開いた功績を、まだ土地の者は忘れていない。


 彼女が開発した術式は多岐に渡り、最近では小型レンズによる視力補助装置……『コンタクトレンズ』などが採用されている。


 後、お姫様然とした銀の小冠(ティアラ)と黒くてゴシックな衣装が実によく似合うし、眼鏡姿が可愛いし、子猫の世話も出来る。



 それが、『レベッカ・スタグネット』。今では私の部下を務めるベテラン死霊術師(ネクロマンサー)の名前だ。



 彼女は繋いだ手に力を込め、むしろ私を引っ張るように進んだ。


 ――何も遮る物のない、明るい草原が広がる。


 そこには、拍子抜けするぐらい、何もなかった。


 崩れ残った壁や、家の基礎が、所々に残る。

 恐らくは道だった部分に石畳が敷かれていて、それが、かつてエルフが住んでいたこの土地を、森に飲み込ませなかった。


 レベッカが私の手を離し、辺りをゆっくりと見て回る。


「この道を行くと……城に……出るんだ……」


 そんなものはない。


 城と呼べるような建物は、どこにもない。


 もう……彼女がお姫様(プリンセス)として生まれ育った、オルドレガリアの王城はない。


 かつての戦禍か、時の流れか、その両方か――それらが、彼女の思い出に未だ残る城を、現実から完全に奪い去った。

 城に使われるような上質な石だ。建材として持ち去られたのかもしれない。


 追憶の中を歩いているような、ふわふわとした足取りで、周辺を見て回っていた彼女が、足を止めた。


「……塚……?」


 レベッカが、呟く。

 それは、確かに石塚に見えた。


 秋の花が咲く人の手の入らない花畑の中、周囲の崩れ残った石壁とは明らかに異質な、細長い巨石。


 日本の各地にも残る、慰霊碑のように見えた。

 碑だとして、岩そのものに文字は刻まれておらず、来歴を記したプレートのような物も周囲にない。

 

「こんなもので……」

 レベッカの声に、生々しい憎しみと……虚しさに似た乾いた響きが混じる。



「こんなっ……石ころ一つで――」



 レベッカが、顔を背けた。


 私は、そっと彼女の隣に立ち、肩に手を置いて、軽く引き寄せる。

 レベッカは抗わず、私の薄い胸に顔を埋めた。


「うっ……っ……」


 歯を食い縛って、私のローブをギリ……と、強く握りしめる。


 涙は流れない。稀少種である物質幽霊(マテリアルゴースト)という不死生物(アンデッド)である彼女の身体にそんな『機能』が備わっているのかさえ、私には分からない。

 ただ彼女は怒りを嗚咽と共に噛み殺して、その代わりに私のローブを強く強く、指の関節が白く浮かび上がるほどに、その小さな拳の内に握りしめた。


 私は、何も言わなかった。

 何も、言えなかった。


 ただ、それでも、彼女のために何かしたくて、彼女の小刻みに震える背に回した手を外す事はしないでいた。


 視界に入る塚を見る。


 こんなもので。

 こんな石ころ一つで。


 誰が置いたのかは、知らない。


 ほんの少し罪悪感を紛らわせるために侵略した者が置いたか、本当に住人を悼んだ一般の人達の手によって置かれたのかは、分からない。


 けれどそれは、ここで全てを失った少女の、慰めにはならなかった。


 温暖な気候。豊かな森。草の匂いを含んだ風は優しく頬を撫で、木漏れ日は柔らかで、こんな土地に住めれば、それは幸せだろう。


 けれどここで、一つの種が、滅びた。


 人間に、滅ぼされた。




挿絵(By みてみん)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] レベッカが、信頼できる仲間達とこの場所に来れたこと。 かつてのエルフが森の中での生活で、石畳を敷設しているのも良き。 ファンタジーあるあるの、巨大樹ツリーハウスとか草地雑魚寝とかもそれは…
[気になる点] イラストの方手を回してるやんって突っ込んだ方がいい?
[良い点] 表現が好き 生きている感情が伝わってくる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ