かみさまのいないせかい
魔法は、擬似的に太陽を再現出来る。
核融合とかいう話ではないと思うのだけど、術式を刻んだ物質を発光させる事が出来て、その光に太陽光と同等の性質を与える事が出来る。
だから、ここは城の中枢であり、窓が存在しないにも関わらず、開けられた天蓋から差し込む柔らかな太陽光で私は目覚めた。
部屋の雰囲気と相まって、ドーム状の天井から燦々と降り注ぐ光は神々しい。
私はむくりと起き上がると、寝ぼけまなこをこすって、神聖な光景が目の前から消えないのを確かめてから、呟いた。
「かみさまっているのかもねえ……」
「なーに馬鹿な事言ってるんですか。いたとして、昨日大聖堂燃やした人の言う事じゃないですよ」
声のした方を向くと、ベッドの端に腰掛けて、装備の点検をしていたらしいリズが呆れ顔になっていた。
「全くだ。この戦場に神はいないと宣言したと聞いてるぞ?」
レベッカも同じく、刃の様子を見ていたらしい細剣をそっと鞘に収めながら、呆れ声を出す。
「そうだね。戦場にはいなさそうだよ。――ああ、でも、天使ならいるかもね」
「ドッペルゲンガーの変身した姿じゃなしに、ですか?」
「うん」
そして笑って、リズに抱きついた。
「ここにも可愛い天使さんが一人!」
「……馬鹿なんですね」
「……馬鹿なんだな」
リズとレベッカがばっさりと切り捨て、レベッカが、辛辣な罵倒には似つかわしくない天使の微笑みを浮かべる。抱きついているので見えないけど、リズからも、そんな気配がした。
「もう、喜んじゃうでしょ」
リズを軽くぎゅっと抱きしめてから解放すると、枕元に置いておいた三種の護符を取り、紐に頭を通す。同じく、軽く畳んでいた深緑のローブを羽織ると、護符の紐とローブに押さえられた髪を抜いて、背中側に落として流した。
「喜ぶ要素、あるんですか?」
「恋人と部下に遠慮のない言葉を叩き付けられるのって、仲がいい感じしない?」
「楽観的ですね」
「いっそ羨ましいかもしれないほどにな」
「楽しい事は多い方が人生、生きやすいよ」
「説得力はあるが」
「ありますねえ……」
深すぎる頷きをする二人から視線をそらして、まだ寝てるアイティースを見る。
「アーイティースー? 起きないと猫耳触るよー?」
「んー……触っていいから後五分寝かせろ……」
掛け布団を引き寄せて、くるまるアイティース。布団が大きいのでそれでも背中が出る事もなく余裕で、白くもぞもぞと動く様はイモムシっぽい。
赤茶毛の猫耳が動きに合わせて、少し揺れた。
「リズ、触っていい?」
「まあ、どうぞ」
恋人の許可が出たなら怖いものはない。
ふにふにと柔らかい耳を触り、さわさわと細かな毛並みを楽しむ。
「ん……んんぅー……」
耳が嫌そうにぴこぴこ動くが、むしろスパイス。
「ふぁっ!?」
そして耳の内側に指を入れて、白くてほわほわの毛を触ったところで、アイティースが勢いよく頭を引いて逃げた。
跳ね起きながら、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「誰が耳触っていいって言ったよ!?」
「アイティースだよ」
「アイティースですね」
「アイティースだ」
私、リズ、レベッカの意見が一致する。
「……え、私?」
きょとんとした顔になるアイティース。
「うん。触っていいから後五分寝かせろって。もう少し寝ててもよかったのに」
「あんな事されて寝てられるか」
やっぱりさっきは、寝ぼけていたらしい。
アイティースは朝が弱いのか、単に寝る事を愛しすぎているのかは定かではないが、朝方は会話が成立しているように見えてそうでない事もしばしば。
なお、朝ご飯の時には胃袋が完全覚醒しているあたり、さすがは獣人の女の子だと感服する。
「でも、もうちょっと普通に起こしてくれよ……」
「面白くないじゃない」
「……起こすのってさ、面白さ基準で考えるもんだっけ?」
「うちの基本方針は、『面白おかしく』だよ?」
「あ、うん……そういやそんな事言ってたな……」
アイティースが諦めたように頷く。
「さて、起きたなら行くよ。聖都と中央教会こそ落としたけど、神聖王国の全部が滅びたわけじゃないんだから」
靴を履くと、立てかけていた杖を取る。
宝石に、天井から降り注ぐ光が反射して、青白く光った。
ローブの裾を軽く払い、ばさりとはためかせた。
杖の石突きで床の絨毯をとんと突くと、宝石を繋ぎ止める八本の鎖が、しゃらりと揺れる。
私は振り返ると、"病毒の王"の名前に似つかわしくない光の中、宣言した。
「――さあ。この世界にかみさまがいない事を、知らしめに行こう」
「はい、"病毒の王"様」
リズが恭しく頭を下げ……そして、頭を上げた後、真顔で首を傾げる。
「ところでマスター、恥ずかしくなる事ってあります?」
「なくはないけど、かっこつけて気合い入れるぐらい許して」




