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病毒の王  作者: 水木あおい
1章

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リズ


 王城へは、無事に到着した。


 道中は、何事もなかった。

 ブリジットに、「目立つ真似はするな」と言われていたので、特別な事は何もしていない。

 同時に、何もされていない。


 ブリジットの部下は優秀だった。

 上司の目がなくとも、命令を守り、きちんと私を『捕虜であるが客人』として扱ってくれた。

 基本的に命令口調ではあるが乱暴ではなく、食事や寝床も普通に与えられた。


 捕虜が財産であり、貴重だと分かっているようでもある。

 捕虜という慣習がなかった事を思うと、これは驚くべき事だ。


 ブリジットは、彼らにとってそれだけ信頼に足る主なのだろう。



「話が付いた。きてくれ」

「……はい」


 少しだけ、口調が柔らかい。


「暗黒騎士団長ブリングジット・フィニス様の客人というのはこの者ですね?」

「ああ、頼む。――元気でやれよ」


 最後の一言はシンプルだが、私の担当として数日を過ごした騎士さんの、感情のこもった言葉だった。


「……ありがとう」


 どうやら正式に『捕虜』から『客人』になったらしい。

 安全を保証されるものではないし、待遇もそう変わらないだろうが、完璧に捕虜扱いされるよりは望みがある。


 まずは話をしなければならない。

 どんな風に転がるかは、その時次第で。


「こちらへ……」


 王城付きの衛兵の監視の下、ロングヘアの銀髪が眩しいダークエルフのメイドさんに案内された部屋は、妙に豪華だった。


「ご用があればベルを鳴らして下さいませ。担当の者が参ります……」

「はい」


 軽く頭を下げた。


「それでは……」



 メイドさんが退室し、鍵が掛かる音がした。



 一つ頷く。

 なるほど、軟禁状態。


 ぐるりと部屋を見渡す。

 割と広い部屋だ。窓も大きくて、柔らかい太陽の光が差し込んでくる。


 窓の外は――中庭。開けてみるが、どうも二階らしい。

 二階と言っても、何度も階段を上ったのに一度も下りていない事からして、城の結構上の方なので、あくまで中庭基準だ。


 窓から上を見てみたが、見えるのは四角く切り取られた空だけ。


 窓を閉めて、部屋を見渡す。

 豪華だが、必要最低限の物しかない部屋だった。


 ベッド、サイドテーブル。サイドテーブルの上に水差し。

 暖炉。……らしいのだが、薪がない。火かき棒もない。暖炉のマントルピースの上には豪華かつ華奢な置物。

 この華奢さでは、いざという時、武器にはならなさそうだ。


 こういう時のための部屋、と思うのは考えすぎだろうか。


 扉があったので開けてみると、バスルームだった。

 一度ホテル側の手違いで泊まった、スイートルームを思い出す。


「よし」



 とりあえず、靴を脱いでベッドに飛び込んだ。



 綺麗にベッドメイクされたベッドを最初に使う喜び。


 もそもそと布団に潜り込み、目を閉じる。

 冷えた布団を体温で温めていると、眠くなっていく。


 疲れた。


 慣れない馬車の旅、それも客というより荷物扱い。

 それはブリジットにも言われていた。本格的にガナルカン砦を廃棄し撤収する前準備、負傷の重い者を中心とした人員の後方移送に合わせて王城へ送ると。


 けれど『人間の捕虜(であり客人)』を怪我人と一緒にするわけにもいかず、日用品が所狭しと詰め込まれた荷馬車の隙間が、私の指定席だった。


 清潔なシーツ。

 柔らかい布団。


 ブリジットは、そばにいないけれど。

 これはきっと、あの砦に与えられた私の部屋と同じ。

 彼女の心遣いが、形になったものだ。


 なので、とりあえず豪華なベッドを堪能しながら爆睡した。




「……ふふっ」


「何笑ってるんですか?」

 隣に寝たままのリズが、話の途中で笑い出した私に怪訝そうな視線を向ける。



「いやあ? リズとの出会いを思い出したらちょっとね」



「……忘れていいですよ」

「それはちょっと難しい」


 ちなみに日本語で『ちょっと難しい』とは『無理です』を意味する言葉だ。


「というか、マスターの方が笑われる恰好でしたよね?」

「それは否定しないけど」


 改めて思うと、贅沢な事だ。

 近衛師団の暗殺者たる彼女が、隣で添い寝して護衛してくれるとは。



「あの時のリズの素っ気ない態度思い出すと、今が幸せだーって思うよね」



「やっぱり忘れて下さいませんか?」

「やっぱりちょっと難しい」


 忘れられるはずがない。

 彼女のどんな表情も、私にとっては大切な宝物だ。


「陛下に会うまでは……知ってるよね?」

「それはもう。……『現場判断で処理』しなくて良かったです」


 ため息をつくリズ。


「本当にね」


 何かがほんの少し違えば、きっと私を殺すのが彼女だったろう。




 豪華なベッドも、美味しい食事も、三日もすれば飽きる。

 他にする事がないなら、なおさらだ。


 この部屋には本棚がない。

 窓から景色は見えない。

 話し相手もいない。


 途中、ウーズ風呂という特殊な風呂文化にカルチャーショックを受けつつ、それでも軟禁生活をそれなりに楽しんでいた私だが、限度というものがある。


 なので昼下がりに、ごろごろと布団の上を転がると、仰向けになって天井を見上げた。



「……ねえ、出てきてくれない? 話し相手になってくれると、嬉しい」



 返事は、なかった。




 そして翌日も、昨日と同じ時間にベッドに腰掛けると、天井に声をかけた。


「……今日は、どう? 出てきてくれない? 昨日も言ったけど、話し相手になってくれると、嬉しいんだ」


 反応はなし。

 そしてまたベッドに仰向けに倒れ込んで――ベッドの横にたたずむ人影と、ばっちり目が合った。

 気まずい空気の中、無言に耐えられず、挨拶する。



「……こんにちは」



 仰向けで寝転んだ状態で、初対面としては割とひどい姿勢。


 そこにいたのは、ダークエルフの少女だった。

 銀髪をショートカットにして、口元は赤いマフラーに隠されている。


 着ているのは、水着と言われた方がしっくりくる、黒のレザー。形のいい大きな胸だからこそ着こなせるような気もする恰好だ。

 腰回りには茶色のレザーベルトが組み合わせて使われている。二振りの黒い大型ナイフが革製の鞘に収められて左右に吊られ、両のふとももに投擲用らしい太い針のような黒い短剣が三本ずつ仕込まれていた。


 細められた目は、私を静かに観察しているようだった。


 姿勢を戻そうかと思ったのだが、ここで戻すと気を抜いていた事がバレバレなので、押し通す事にした。

 押し通しても、バレバレなのは変わらないだろうけど。


 しばし見つめ合う。

 今度は、先に口を開いたのは、彼女の方だった。



「……姿を見せる許可を頂きました。どうして、私が潜んでいる事をお分かりになったのですか?」



「正直に言うべき?」


 寝たまま首を傾げた。


「はい。私は陛下直属の近衛師団所属の暗殺者(アサシン)です。――その潜伏を見破ったあなたの危険度は跳ね上がっている。下手な動きをすれば、現場判断で……消します」


 淡々と紡がれる言葉に、背筋が冷えた。


「それはやめて。正直に言うから」


「どうぞ。一応、客人として扱うようには言われております。不審な行動を取らねば、私も行動を起こしません」


 そこで体を起こし、ベッドから下りた。

 ベッドを挟んで、暗殺者の少女と向かい合う。



「カマをかけさせてもらいました」



 少女の眉が微かにしかめられる。


「……何を言っておられるので?」


「だから、誰か見張ってるかなって思って、ハッタリをかましたというか、とりあえず声をかけてみたというか。本当に誰かいるかとか、どこにいるかとか、そういうの全然分かってない。潜伏の技術は完璧だから、安心していいよ」


 本当にいたので、実は少しびっくりしている。


「その言葉を真実だと判断するに足る理由は?」

「ないね。でも、話し相手が欲しかったっていうのは本当だよ」



「あなたの話し相手になる理由がありません。私は、あなたの監視です」



「じゃあ、上の人にお伝えしてくれると嬉しいな。監視付きの経過観察だとは思うんだけど、見ての通り危険はないよ」

「お伝えはしておきましょう」


 視線をそらさずに、小さく頷かれる。


「それと、せめて本とかない? あまりに暇で」

「それは難しいでしょう。本は娯楽作品でも、相当の情報が読み解けますから」


「分かった、それは諦める……」

「それでは……」


 私の横を、足音も立てずに通り過ぎた彼女の後ろ姿に、声をかけた。


「待って。――お名前は?」


 彼女は振り向かず、歩く速度も変えずに応じた。



「あなたに名前をお教えする理由がありません」



「……待ってるよ。また、明日」

「あなたの命があれば」


 扉が開けられ、彼女が出て、鍵が掛けられる音がした。


 ……そういえば鍵が開いた音すら聞こえなかったけど、いつどこから入って、ベッド脇に立ったんだろう。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 初対面はあのエロ…げふんげふんアサシンコスチュームだったのですね。マスター眼福。 [気になる点] 送り届けてくれた騎士さんいい人でした。 女性であれば名付きキャラになれたかも? [一言] …
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