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病毒の王  作者: 水木あおい
6章

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毒蛇の口


 私と隣のサマルカンドを中心に、十二人の死霊騎士が円陣を組み、死体の散らばる戦場を歩いていく。


 生きている敵兵には止めを刺していくが、慈悲が半分、実利が半分だ。


 アンデッドになられては、たまらない。中途半端に死に損ない、苦痛の果てに死ぬのが、一番アンデッドになりやすいのだ。

 ちなみに老衰でベッドで孫に囲まれて……みたいな死に方が、一番アンデッドになりにくいとの経験則がある、とはレベッカ談。

 やはり思い残しがあるかどうか、なのだろうか。


 敵兵の死体の方が圧倒的に多いが、物言わぬ屍に戻った骸骨(スケルトン)や、深紫のローブだけを残して消えた死霊(レイス)の残滓も、ちらほらとある。


 『生きて』いる不死生物(アンデッド)は、青緑のオーラを放っているので分かりやすい。

 何人かは、自力で合流した。両脚が折れて這いずってだったり、片脚になっていて、槍を杖代わりにしたりだったりするが、不死生物(アンデッド)なのでとりあえず問題ない。

 幸い骨自体はいくらでもあるので、後でレベッカに見繕って『治療』してもらえば戦線復帰も叶うだろう。

 アンデッドに関しては、傷痍退役という言葉が存在しないという意味で、リストレア随一のブラックさだ。


「生存者です、我が主」


「見せろ」


 頭蓋骨の半分が欠落し、眼窩の穴と繋がって、片目になっている骸骨(スケルトン)

 左腕もなく、鎖鎧の左袖も千切れた輪っかがぶらさがる袖なしになっていた。

 下半身までどこかに置いてきたようで、全くこの状態で『生きて』いるとは、不死生物(アンデッド)の『生命力』あっての事だ。


 しかし、よく見つけたと言うほどに、魔力反応に乏しい。

 仮面をずらして顔を見せながら、抱き起こした。


「こら、起きろ。誰が死んでいいと言った」


 手袋を脱ぐと、ぐい、と一つきり残った手を取る。

 かつん、と顎骨が打ち鳴らされた。


 全身を覆う青緑のオーラも薄く、瞳の鬼火も針の先に灯るようにか細い。


「……我らが主。そやつは、もう……」

「ふざけろ」


 沈痛な声を出す死霊騎士の一人に、振り返りもせずに言葉を叩き付ける。


 ギリ……と歯を食い縛った。

 知っていた。知っている。これから、もっと知る。分からされる。


 私は命令したのだ。戦えと。殺し、殺されろと。


 私の敵と私の部下に、私は死ねと言った。


「さっさと腹一杯喰え。殺さないようにだけ気を付けて、好きなだけ持っていけ。出血大サービスだぞ」


 生命力を吸収する力さえ、まともに残っていないようだった。


 いつもは彼らに触れている手から、魔力が、命が吸われていく感覚を覚える。紳士的に調整されていなければ、耐えられないほどの苦痛だ。本来は獲物への遠慮など存在しない捕食行為なのだから、当然だが。


 それが今は、ほとんど吸われている事を感じさせなかった。

 それでも、ぎゅっと骨の手を握りしめる。



「――命令だ」



 ぽう、と、瞳の鬼火が僅かに明るくなった。


「よし、いい子だ。命令拒否はアレだぞ、お前。犬小屋が持ち場で翌日にはスープの出汁だぞ」


 既に自分でも何を言っているかちょっと分かっていないような気がするが、必死になんでもいいから話しかけて、意識を繋ぎ止めようとする。


「今起きたら、格好いいぞ。地獄の縁を見て帰ってきた感じだぞ。"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の生命力を吸収して、地獄から帰還した死霊騎士になりたくはないか?」


「なり……た」


「よし、私が許可する。さあ、吸収しろ」


 握った手からの、か細い魔力供給ラインは、今にも途絶えそうだった。



「――喰え」



 もう片方の手袋を、歯で噛んで外すと、素手を口に突っ込んだ。


 かこん、と顎骨がほとんど反射で噛み合わされ、ずるりと口内の黒い闇がまとわりつき、か細いながらも魔力供給ラインが二つに増える。


「いっ……つ……」


 そしてギリギリと力が増え、鬱血し、骨が軋む音がした。


「我が主!」

「主殿!」

「黙ってろ。食事中だぞ」


 サマルカンドと死霊騎士達を一蹴する。


 痛い。すごく痛い。噛み千切られるんじゃないかと怖い。


 それでも、置いて行かれるよりは怖くなかった。


「っ……う……」


 ぽた、ぽたと涙が落ちて、私にかぶりついている頭蓋骨を濡らした。

 感情的には悲しいよりも嬉しい方なのだが、むしろ物理的な痛みが限界に達していた。



 そして顎骨から力が消える。



「……あ……う?」

「よし、起きたな。私の名前、分かるか」


 一度目を閉じて涙を誤魔化すと、手がずきずきと痛みを訴えてくるのを無視して笑顔を作った。


「"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"……様……」


「記憶は」

「ございます……手……すみま……せ」


 そろそろと開けられた顎骨から、そっと手を引き抜いた。


「持ちネタにしろ。それで許す」

 目配せして、サマルカンドに手を差し出し、手袋をはめてもらい、傷跡を隠す。


 護符(アミュレット)の防御魔法がなければ、親指しか残らないところだった。


 手と手からの吸収が安定し、通常の魔力供給と同じように――いや、それ以上のハイペースで徐々に全身がけだるくなっていく感覚から、結構がっつりと魔力が減っていくのが分かる。


「サマルカンド。魔力残量は」

「まだ余裕がございます」


「よし、後は任せる。――よく戻った」


 最後にもう一度、手をぎゅっと握りしめ、サマルカンドに預ける。


「おっと」

 ふらついて、一人の死霊騎士に紳士的に支えられる。

 振り返ると、青緑の鬼火が燃える瞳と、目が合った。


「……我らが主は、無茶をなさりますな」

「部下に無茶を言うのだ。主の私も多少は無茶をしないとな」


「呆れた御方だ」


 からからと顎骨を打ち鳴らして笑う骸骨(スケルトン)特有の笑い声が、唱和した。


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― 新着の感想 ―
こりゃネタにして笑えるような未来まで生きないと。 死んでいられませんな。
[良い点] 病毒の王を泣かせながらその力を吸収し、地獄の淵より舞い戻った骸骨騎士。 字面だけなら、完全にラスボスです。 それも、最期に主人公を道連れにしていくタイプ。 持ちネタにできるほど「軽い…
[良い点] 「俺の身体にはあの最高幹部様の血が流れてるんだぜ!!」 「「「お前スケルトンだろ」」」 [一言] 終戦後、死霊軍から『6軍にいった奴ら雰囲気変わったな……新ネタ仕込んでやがる』とか羨まれ…
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