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病毒の王  作者: 水木あおい
6章

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翼持つ同胞


 ペルテ帝国の帝都、ガズヴィールは、物理的に堅牢極まる。


 時代と共に拡張されてきた市街地を内包するべく、壁もまた増築され、三重になっている。

 大陸中でも最も巨大なオアシスが許容出来るギリギリの数が居住する、人口ではランク王国の王都に次いで最大級の都市だ。


 大きく数を減らした帝国近衛兵(インペリアルガード)は、全て出払っているから、他の国と同じく老兵と若年兵が中心だ。


 しかしさすがは大陸随一の軍事国家。長期遠征に耐えられないと判断された兵達だけでも、三千を超えている。

 ……とは、例によって偵察を済ませたリズの見立てだが、そう大きくは違わないだろう。


 さらに、義勇兵……というか、住民がそれぞれ自衛する事を考えれば、数だけなら何倍にも膨れあがる。


 軍議を開くも、あまりにも正統派の防衛網なため、力押し以外に取れる手段がなさそうだった。



 広大な砂の海に浮かぶ、孤立した不沈艦。それがペルテ帝国の帝都だった。



 ならば正攻法という事で、ランク王国の王都と同じく、黒妖犬(バーゲスト)に先陣を切らせ、サマルカンドの魔法の援護を受けての、死霊騎士達による強行突破が最も有力な選択肢に上がるのは、当然の事だった。

 あの時よりもバーゲストの数が増え、さらに全員が強化されている現状、ありえない選択肢ではない。


 ただ、犠牲は出るだろうというのが、ハーケンとレベッカの予想だった。


 それでも命令を下すのが、指揮官の仕事だ。

 とうに命は預けられている。

 王国でも、私の部下は死んだ。


 全員を連れ帰れないなんて、知っていた事。


 愚直な攻撃命令を下そうとした時、黙って聞いていたリタル様が翼を広げた。

 皆の視線が彼女に集まる。


 彼女の穏やかな金色の瞳が、一度全員を見渡し、そして私に定められる。



「……私に、先陣を切らせて頂きたい」



「リタル様……自ら?」


「リーズリットは、魔法使いは少数だと言っていた。弓兵の数も、帝都の規模に見合うほどではない、と」


「ええ、まあ……」

 リズが、余計な事言ったかな……という風な表情になって頷いた。


「ですが、それは帝都の規模の割には少ないというだけで、弓兵の数自体は多いのです。全てが完璧に機能するかは分かりませんが、固定式の石弓(バリスタ)の数も多い」


「それは、我らにとって脅威なのは勿論だが、そなたらにとっても城攻めの際に矢の雨を降らせられるのは、脅威だろう」

「それはそうですが……」


「……私は、恐らく最後の決戦には参加出来まい。この身が滅びれば、ドラゴンに命令出来る者がいなくなる。リストレアのドラゴンが、いなくなる」

「ええ。当然それはお分かりですね。……では、何故?」


「……我ら"第一軍"は……他軍とあまり交流がなくてな」


「……? はい」

「そう聞いています」


 リズと私が、それぞれ頷く。


 世間話のような軽さでリタル様が言うのは、当然の事。

 副官のクラド様をはじめ、連絡要員がドラゴンとの仲立ちを務める。

 ドラゴンの仕事は、大型の魔獣種及び人間の越境を牽制し、いち早く察知するために行われる高空のパトロールと、飢えを抑えるために行われる狩り。

 ある意味ではドラゴン達は、ドラゴン達だけで暮らしているようなものだった。


「こんなにも気軽に声をかけられる事はなかった。黒妖犬(バーゲスト)も、この身が何も恐ろしくないとでもいうように寄ってくる」


 本人いわく「少しばかり」だそうだが、配下のドラゴンと共に魔力供給もしてくれたそうだ。

 野営の時も、私の天幕に十数匹が入り込んでいる以外は、ドラゴン達の近くで固まって寝転んでる辺り、確かに懐いてる風だった。

 探索のため、(ドラゴン)の匂いを覚えさせるための触れあいが始まりだったが、きっともう、それだけではない。


「……そなたも、私が恐ろしくはないのか? 私は、ドラゴンだぞ?」


「リタル様はドラゴンですけど、大抵の人間より恐くないですよ。話が通じますし、目が優しいですから」


「目が……? ふふっ……そのような事を言われたのは、初めてだ」

 喉を鳴らすようにリタル様が笑った。


 そして目が優しく細められる。

 彼女は、"第一軍"、序列第一位、"竜母(ドラゴンマザー)"のリタルとして、厳かに宣言した。



「同胞を守るために、飛ばせてくれ。我らが爪と牙で、そなたらの敵を引き裂き、我らが炎で、そなたらの敵を焼き尽くそう」



 リズが、私を見る。

 私は、迷いながらも、口を開いた。


「……認められません」


「どうしても……ダメか?」

 リタル様が食い下がる。


「『そなたらの敵』とか他人行儀な事を言ってるうちは、ダメです」

「……ん?」



「あれは、私達共通の敵だ。私達を守るために、先頭を飛んで頂きたい」



「……! うむ、承知した!」

 リタル様が、長い首を大きく縦に振る。


「私から、いいですか」

 リズが手を挙げる。


 私もリタル様も、それぞれのやり方で首を縦に振った。


「城壁の突破をお願いします。三重の壁の内、それぞれ最低一つずつの門と、城の正門を壊したら、燃えそうな建物に炎を吐いて敵陣を混乱させて下さい。その後、速やかに離脱です」


「む……戦場に留まった方が、よくはないか?」

「ダメです。私達に気を遣う必要があるでしょう。何より、足を止めればドラゴンとて無敵ではありません」


「しかし……」

「ダメです」

 なおも言い募ろうとするリタル様に、譲らないリズ。



「リタル様は先程、同胞を守るために、と言いました。――私達だって、あなた達ドラゴンに守られるだけでいようなどと思わない。私達もまた、同胞を守るために戦います」



 ダークエルフと、獣人と、不死生物(アンデッド)と、悪魔(デーモン)と、(ドラゴン)

 種族は違う。

 肌の色も、耳の形も、生きているかいないかも、生まれ方も――その何もかもが、違う。


 けれど、この国の旗の下に集った時から、私達は。


「……承知した。先陣を切り、門を破り、炎を吐いて離脱。それでよいのだな?」

「完璧です」

 リズが頷いた。


 私も頷いて、立ち上がった。

 杖を砂に突き立てて、宣言する。



「では、そういう事だ。これより攻撃計画の細部を詰める。各部隊指揮官は情報を共有し、備えよ。――リストレアの同胞のために!」



 歓声が上がり、リタル様が満足げに頷く。


 私は、人間だけど。

 それ以上に、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"であり、リストレアの最高幹部だ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 強く特別で価値の高い「竜母」。 そんな立場だからこそ、軽々しく動けず孤独に苛まれてはいた。 マスターとバーゲスト達が、垣根を越えて接しその孤独を癒したからこそ、本当の意味での友軍として戦…
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