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病毒の王  作者: 水木あおい
6章

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王都陥落


 ランク王国の王都、ミューレイユ。


 大陸の内で最も壮麗なる都にして、そこを守護する騎士達は竜鱗の鎧をまとう、高潔の徒である。


 ――という、庶民向けの宣伝文句を鵜呑みにする奴が、果たして当の庶民にさえ何人いるのかは分からないが、それはそれとして、ランク王国が大陸最大の経済力を持つ事に変わりはない。


 ゆえに、その王都もまた堅牢な城壁に囲まれている……のだが、明らかに城壁を守る人数が少なかった。


 見張りは少ないし、活気もない。



「で、あれは罠じゃないと?」



 偵察を終えて帰還したリズが頷く。


「私の分かる範囲では……ですが」

「十分だ。ではどうする?」


「サマルカンドに魔法で見える範囲を薙ぎ払わせ、城門を突破。バーゲストを先行させ、レベッカとハーケンで突入し、マスターは私とサマルカンドと共に後から。必要なら私とアイティースが連絡役を務めます」


 実に合理的に聞こえた。


「分かった。そうしよう」


 時刻は夕暮れ時。

 大規模な襲撃にはこの時間を選んでいる。視界がはっきりせず溶け込むというのもあるし、長引いても夜になる。後、食事時だ。


 私は仮面を顔に当てた。

 吸い付くように張り付き、一瞬真っ黒になった視界が、すぐに元に戻る。

 いや、むしろ暗視能力がある分、視界がクリアだ。

 やるべき事がはっきりしているというのは、いい事だ。たとえそれが――まともな人間の所業でなかったとしても。



「――全軍、前進! バーゲストを先行させる。サマルカンドの魔法で城門を突破した後は、レベッカとハーケンに従い突入せよ! 誰一人死ぬな。そして、誰一人残すな!」



 私の命令に従い、バーゲストと死霊騎士達が整然と前進する。

 私もまた、死霊騎士の一人が掲げる"第六軍"の旗印、『短剣をくわえた蛇』が縫い込まれた旗の下、敵の戦意を削ぐべく姿をさらしている。


 城壁が近付いたところで、サマルカンドの腕を軽く叩いた。


「頼むぞ」


「お任せあれ」

 サマルカンドが頷き、両手を掲げる。



「"吹雪(ブリザード)"」



 吹き荒れていく吹雪が、城壁の上に並ぶ敵兵を凍てつかせていく。

 バーゲスト達が走って行き、城壁に至っても速度を落とさず、そのまま垂直の壁に爪を立てて駆け上がった。身体能力の高さか、魔法的な存在だからか、とにかくでたらめな動き。


 攻撃魔法は、飛んでこない。


「サマルカンド。城門を」


「は。――"火球(ファイアボール)"!」


 珍しく声を張り上げて、気合いと共に放たれた特大の火球が、城門を一撃で粉砕した。


 防御魔法がないなら。

 そしてこちらにだけ攻撃魔法があるなら。


 城攻めとて、楽なものだ。


 ハーケンに率いられた死霊騎士達が、粉砕され火のついた木片の散らばる道を駆けていくのを見ながら、私は仮面を撫でた。


 ……後、少しだ。


 もう少しで、私の役目が終わる。




 王都の制圧は滞りなく完了した。


 王城に入ったところで二人の死霊騎士に案内される。案内先は、謁見の間でもあるのだろう、玉座の置かれた大ホールだ。

 そこでハーケンが、十数名の死霊騎士と共に出迎えてくれる。


「王城は完全に制圧した。まだバーゲスト達に探させてはいるが、生きている者はおるまい」


「死者はいるか?」

「ゼロではない。我らも敵も、死を覚悟して戦った。しかし、この規模の戦場にしては被害は少なかろう。……敵の大半は、老兵に傷病兵であり、飢えた民であったからな」


「そうか。……そうだな」


 ハーケンの言葉は完璧に正しくて、私は頷いた。


 そして、集結しつつある死霊騎士達に、声を張り上げる。


「本日はここに泊まる事になる! 過ごし方は各部隊に任せるが、警戒を怠るな。バーゲスト達に頼りすぎるなよ!」


「心得ております」

 頭を下げた死霊騎士の肩を叩いて、すれ違う。


「それに先立ち、これより内部を捜索する! 食料は全てかき集めろ。魔法の品が今さらあるとも思えんが、使えそうな物は貰っておけ」


「「「はっ」」」



「では――行け」



 命令に従って、死霊騎士達が素早く散らばっていく。

 それに少しばかり、満足感に似た感情を抱く。


 私の部下達は、そして私は。

 城壁の上で、"吹雪(ブリザード)"で凍り付かされる事を待つだけだった、彼らとは違う。



 私達は、お前達とは違う。



 極論すれば、戦争とは、それが全てだ。

 たった、それだけで。

 些細な違いが、火種になる。


 肌の色で。髪の色で。目の色で。

 そんなものを理由に戦う事が、どれだけ愚かな事か。

 私の世界は、そんな世界だった。


 では、この世界は?


 肌の色で。耳の長さで。獣の耳のあるなしで。

 種族の違いを理由に戦う事は、愚かな事か、それとも、本当は正しいのか。


 私とて、些細な違いで争うのが愚かだと思っている私とて、違う世界の広い視野を持ってさえ、違う存在を殺し尽くす事を選んだ。


 私は……多分、同じ種類の人間なのだ。


 私をこの世界に喚び込んだ、人間という単位を魔力袋と見立て、ただの資源として認識した『合理的』な人間達と。


 それでも、私は――彼らとは、違う。



「……マスター? お疲れですか?」



 そっと自分を覗き込んでいるリズの表情に、確かな心配が浮かんでいるのを見て、私は手を伸ばして、彼女の頭を撫でた。


「ありがとう、リズ」


「え、え?」


「少し、疲れたよ。でも、リズがいるから。みんなが、いるから」


 微笑んだ。


 私には、彼女達がいる。

 そして城壁の上の『彼ら』には、いなかった。

 それだけの、事だ。


 それだけの、しかし決定的な違い。

 最期の瞬間を前にして、城壁の上の『彼ら』は剣を握る事も、逃げる事さえもせず、生きる事を諦めた。


 私も、城壁の上にいた。

 私は、生きる事を諦めてさえ、何もせずに死ぬ事だけは選ばなかった。


 だから、それだけの違いが生まれている。



「もう少し、頑張るよ」



 私は、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。

 種族、人間。

 目標、人類絶滅。


 目標達成まで、後、少し。


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― 新着の感想 ―
[良い点] バタフライエフェクト、とは違うけれど。 世界は、ほんの些細な「差」で異なる運命を辿る。 数と質と、技術と経験と、最後は気合い。
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