最高のグリフォンライダー
今にも天気が崩れそうな曇天の中、うちのアンデッドほぼ全員を、木箱に押し込んでいく。
まだ雪ではないと思うが、この地の秋は短く、冷たい。積もるには早いとしても、雪がちらつくのは王都近辺や、さらに北では普通の事だ。
「固定は入念にしろよ。向こうでは壊せばいいから、頑丈さを第一にしろ」
木箱を釘で打ち付ける金槌の音が響く中を、一応念を押しながら、作業を監督する。
正確に言えば、良し悪しは私には分からないので、賑やかしのお飾りとして見守る、というのが正しい。
「緩衝材、詰めたな? ちゃんと向こうで開けてやるまで、無事でいろよ」
藁屑とか、ぼろ布とかが、隙間に詰めまくられている。
そして――ハーケンも木箱組だ。
「ごめんねハーケン、そっちで」
「何、構わぬ。万が一はぐれた場合、上級士官が一人いれば、対応の幅が広がるだろう。無事であればの話だが」
ハーケンが軽く頷いた。
「……うん、助かる。その場合、私達の事は気にするな。残存戦力をまとめ、現地活動班との合流に努めるのが基本だが――その事態になった場合、全権を委ねる」
「承知した」
「まあその事態になったら、私達の方が危ない気もしますけどね……敵地で十名以下とか」
リズがぼやいた。
彼女はメイド服ではない。メイドは主に付き従う物であり、常にメイド服着用が義務である! ……と言う元気はなかった。
やはりTPOは大切だとも思うし……メイド服には平和がよく似合う。
アサシンメイドも好きだけど、それはまた別の話。
なのでリズは、リベリット村に行った時にも防寒着の下に着込んでいた、狩人風の動きやすい恰好だ。
銀髪をショートカットにした、活発な雰囲気もリズの魅力の一つなので、アウトドアっぽい恰好も可愛い。
「少数だったら隠れて逃げればなんとかなるんじゃないかな? 向こうの主戦力は留守のはずだし、リズもいるしね」
「私一人なら生き残る自信ありますけどね……マスターがお荷物過ぎるので……」
「失礼な。私は結構強いよ? ……黒妖犬込みなら」
「隠密行動は?」
「経験ない!」
「…………」
額を押さえて、ため息をつくリズ。
話を聞いていたレベッカが、軽く彼女の肩を叩き、私に向き直る。
「私も木箱で構わんぞ?」
「うちの重要度順で言えば、レベッカはかなり上の方だし、魔力供給出来るひと達と一緒のがいいよねって」
「本音は?」
「道中の抱き枕」
「…………」
「冗談だよ」
そこで、甲高い鳥の声が聞こえた。
猛禽のようだったが、妙に大きい。
作業の手が止められ、まだ木箱に詰められていなかった死霊騎士達が、一斉に抜剣する。
「あれは……グリフォン?」
目を細め、空を見上げたリズが、いぶかしげな声を上げた。
懐から仮面を取り出し装着すると、遠視能力を強化。ピントを合わせる。
「……リーフと、アイティースだ」
「アイティースが? 今グリフォンは、一騎だって貴重な時ですよ?」
「でも、あの子多分リーフだし、乗ってるのが赤毛で猫耳の女の子なのは分かる。それに胸が大きい」
「……え、最後の判定基準、なんですか?」
「リズの仕立てた飛行服のおかげでぱつぱつじゃないけど、却ってその余裕が大きく見せてるあの胸はアイティースだと思うんだ。というか今、ゴーグル越しに目が合った」
「まあ、面識のある者を送るのは自然ですね。しかし、この時に何故彼女が……?」
「聞いてみれば分かるよ」
少し離れた場所に着陸したリーフから、アイティースが降りて、ゴーグルをむしり取るように外す。
私も仮面を外し、大きく手を振った。
「アイティース! 久しぶり!」
彼女は、胸ポケットにゴーグルを押し込むと、軽く頭を下げた。
「お久しぶりです、"病毒の王"様」
「……ふぇ?」
思わず変な声が漏れた。
「"第三軍"の序列第一位、"折れ牙"のラトゥース様より、"第六軍"への同行許可を頂きました。"病毒の王"様にも、許可を頂きたい」
「あ、うん。許可……する」
とりあえず頷いたが、すごく混乱していた。
あのアイティースが、キリッとした顔で、敬語で、丁寧な着任の挨拶。
それに、一度もしなかった『様』付け。
彼女の成長を感じる一方で、どこか遠くなったような気がした。
握手のために手を差し出した彼女に、こちらも手を差し出し――その手がぎゅっと握られ、そのままぐい、と引き寄せられて、がしりと勢いよく肩が組まれた。
「はは! お前のそんな顔初めて見たぜ!」
そのままごつん、と頭が押し当てられ、混乱しながらアイティースの顔を見ると……そこにはさっきまでの真面目な表情はどこにもなく、にまーっとした笑顔が浮かべられている。
まるで、悪戯を成功させた子供のような笑みだった。
「あー笑った笑った」
そして彼女は楽しそうにひとしきり笑うと、にやりとした。
「よくは知らねえけど、人間達のとこに行くんだろ? 最高のグリフォンライダーを一組、押し売りに来たぜ」
「……アイティース。そのセリフ、もしかしてさっきの演技と合わせて、道中考えてた?」
「そういうのは気付いても黙っとけよ。いっぺんお前の事、一泡吹かせてやりたかったんだ」
「一泡吹かされたよ」
苦笑する。
「ところで、正式にグリフォンライダーになったの?」
「ああ。リーフも私を認めてくれてたしな。それに何より、『あの』"第六軍"の"病毒の王"と一緒に、色々飛んだ経験を買われたんだ」
まあ確かに、あの実績が考慮されないなら、一体何が考慮されるのだというぐらいには、彼女達の事を振り回した。
国内移動の足として借り受けたはずが、帝国まで飛んだのだ。
「おめでとう」
「ありがとよ」
彼女と笑い合う。
そして私は真面目な顔になった。
「――じゃあ、また、リーフと一緒に私達を乗せて飛んでくれるかな。リタル様に乗せてもらう予定だったんだけど」
「……え、なんで今リタル様の名前が?」
アイティースが戸惑い顔になる。
「それはまあ、リタル様と五騎のドラゴンに、木箱に詰めた"第六軍"の不死生物組六百人ぐらい運んでもらう計画だったから」
何とも言えない表情で黙り込んだアイティースが、ややあって再起動し、頭を振ってため息をついた。
「……一泡吹かされたわ」




