表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病毒の王  作者: 水木あおい
6章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

305/577

解き放たれた翼


 "第一軍"のドラゴン達は通常国内の空を巡回している。

 そうやって縄張りを主張し、大型の魔獣種へ睨みを利かせているのだ。

 完全ではないにせよ、リストレアの民と魔獣が生活圏を分けていられるのは、(ドラゴン)の力が大きい。


 基本的にはリタル山脈の高峰をねぐらとしているが、いくつか、人目につかずゆっくりと休める『休憩所』とでも言うべき洞窟が、リストレア魔王国の"第一軍"の拠点として用意されている。


 その内の一つである、王都に近い岩山に掘られた大洞窟に、私はリズとサマルカンドの二人だけを伴って赴いていた。


 "第一軍"の副官、獣人の老女であるクラド様に案内され、洞窟に待機する竜達の間を歩み、その内の一匹の前に通された。


 『彼女』が、私の姿を目に留めた時、横たえていた身体を起こし、長い首を持ち上げた。

 氷河のような青みがかった、深みのある白の鱗を持つ(ドラゴン)



「リタル様、お久しぶりです」



 "第一軍"、序列第一位、"竜母(ドラゴンマザー)"、リタル。

 知らぬ者のいない大陸最大の大山脈にその名を冠される、この世界で最も有名なドラゴンにして、竜の内で最も長き時を生きる、竜族の長だ。


「"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"? 久しぶりだな。どうしたのだ」


「まず、陛下より物資輸送に関する要請です。こちらに書類が」


 懐から取り出した書類をクラド様に手渡す。


 (ドラゴン)は強靱だが、同時に絶対数が少ない。最後の最後まで、全てを戦場に投入するわけにはいかないのだ。

 戦場での働きを期待出来ない幼竜と、種族の維持のため残される若い竜達には、物資の輸送に働いてもらう手筈だ。


 打診はされつつも、今までドラゴンは輸送能力の勘定に入っていなかったため、輸送の計画は大幅に余裕が出るだろう。


「よかろう。"第一軍"は、立派に馬車馬を務めて見せよう」


 リタル様が大きく頷く。



「――しかし、そのためにわざわざそなたが来たとは思えぬが?」



「はい。"第六軍"として、お願いと、提案があって参りました」

「うむ……そなたの頼みならば、聞いてやりたいとは思う……が、まずは申してみよ」


「ありがとうございます。まずお願いですが、ドラゴンを五騎、お借りしたい」


「……ふむ。五騎ならば出せなくはないだろう。しかし、まさかその数で人間国家を攻めるなどとは言うなよ」


 私は、曖昧に微笑んだ。


「……まさか」


「攻めるとは言っても、ドラゴンを戦力として見ようというのではありません。私以下、約六百名の人員を、敵陣後方へ輸送します。相手の退路を断つために」

「六百? 五騎では、到底足りぬ」


 リタル様が、ゆるゆると長い首を揺らすように横に振って見せた。

 しかし私は、力強く断言した。



「――足らせる」



「……いかにして?」


「全員木箱に詰めます」


「……うん?」


 リタル様が深い金色の瞳をぱちくりさせたのは、多分見間違いではないと思う。

 割と素直で、可愛い反応だった。


「うちの人員は、ほぼ不死生物(アンデッド)……骸骨(スケルトン)が多く、一部が死霊(レイス)なので、押し込めば意外と多くの数が入ります。緩衝材に藁屑やぼろ切れなど」


「なるほど……それならば可能やも知れぬ。……だが、本当にそう上手くいくのか?」


「以前"第三軍"のグリフォンライダーの協力の下、テストは済んでおります」


 以前、リタルサイド城塞まで、リーフの訓練を兼ねて実行した輸送方法だ。

 五十名ほどは経験者だし、物理的なダメージは問題にならないレベルだと、太鼓判を押してくれた。


 しかし何人かが言い淀む様子を見せたので、実は問題があるのかと聞いてみれば、やれ身体の筋肉が固まるのが問題だの、やれ血の巡りが悪くなるだの、果てはお肌が荒れてしまうと来た。


 もちろん全員が、筋肉も血液も表皮も持たない骸骨(スケルトン)死霊(レイス)なので、アンデッドジョークだ。

 ちなみに私もよく「血も涙もない」と言われる。


「分かった。引き受けよう」


 リタル様が頷いてくれる。

 グリフォンであるリーフが運んだ時より、距離が長いし、重量も単純計算で二倍以上だが、ドラゴンはグリフォンより遙かに頑健だ。


「後で箱のサイズなどを教えてくれ」

「はい。こちらで用意します。グリフォンの際はロープでしたが、鉄の鎖などの方がよいかと思いますが……」


「一応魔力強化済みの物が望ましいだろうな」

「手配します」

 実際に手配するのはリズだけど。


「提案というのは、それとは別なのか?」

「ええ。リタル様にお聞きしたいのですが、ドラゴンに対して、『言う事を聞かせる』事は、可能ですか?」


「……うむ。我ら竜族の根本原理は、『力に従え』だ。私の言う事に従わぬほどの竜は、おらぬであろう」


 老いてはいても、錆び付いてはいない。

 重要度ゆえにリタル様が最前線に立つ事はない。リストレア魔王国において彼女が実際に戦ったのは、建国期のみだ。


 しかし、目の前に立ってまだ彼女の力を侮るような馬鹿がいれば、多分そいつは死んだ方がいい。


「ドラゴンナイトの騎獣たるドラゴン達に関しては?」

「あれはドラゴンではない。心を縛られた竜など、ただのトカゲだ。……力は本物であるが、な」


 低い声で、吐き捨てるリタル様。


「しかし、何故今になってそのような事を? あれらは最早おらぬ。他ならぬお主が、ドラゴンナイトの軛よりあれらを解き放っ……」

 そこでリタル様の言葉が止まる。



「……解き放たれたドラゴンが、いるな?」



「ええ。今までは警戒も厳しかったし、リタル様に『説得』に赴いてもらうなど、ただの夢物語だったでしょう」


 しかしもう、その前提は崩れた。

 人間の戦力のほぼ全ては、リストレア魔王国を目指し、進軍を開始したのだ。


「けれど、相手の進軍ルートを把握する事は、大軍ゆえに容易い。ドラゴンが潜むとすれば、まず人里近くにはいないでしょうし、リタル様にとっては障害などないに等しい」


「うむ。……思いもよらなんだ。だが……時が足らぬやもしれぬ。どこに潜んでいるかは分からぬから、潜んでいそうな洞窟をしらみつぶしにせねば……」


 大体、予想通りの返事だったので、私は想定していた質問をぶつける。


「居場所が分かっていれば?」


「それならば、順番に赴くだけだ。遙かに短い時間で足りるだろう。……しかし、ドラゴンの居場所を突き止めるなど、どうやって?」


「出来るかは……分かりませんけど」


 私は、袖を振って、ぞるりと影を振り落とした。

 黒い影が、黒い犬の形になる。


 するりとすり寄ってきたバーゲストの頭に手を置いて撫でると、尻尾がぶんぶんと振られた。



「――私の元には、鼻の利く黒犬さん達がおりますので」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ドラゴン印のお届け便。荷物は病毒印の地獄の使者。 六百人を5箱に圧縮。すごい! 黒犬捜査網。意識共有できる強みだね。 [気になる点] …スケルトンの中には元女性もいるんだろうな [一言…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ