地獄への道連れ
私は、もう一度屋敷の外の草原で、死霊騎士達と向かい合った。
彼らには割と緩い所も見せているし、それに見合った言動を許しているが、今の私は、"第六軍"の序列第一位、"病毒の王"としてここに立っている。
それが分かるのか、皆、居住まいを正して私を迎えた。
「さて、時間だ。話し合ったな?」
全員が、思い思いに頷いた。
「……拒否する者は、前に進み出ろ。誰も、止めるなよ。絶対に責めないし、何より本国防衛の方が楽だという保証もない。ただ、仕事の場所と……内容が違うだけだ」
緊張の一瞬。
誰も、前に出る事はなかった。
誰も一言も口にせず、微動だにせず、その場に立ち続ける。
拒否は――なし。
「脱落者はなし――か」
目を閉じる。
大多数はついてきてくれると、思っていた。
けれど――全員とは。
「この馬鹿野郎共め」
目を開けると、小さく吐き捨てた。
「私は、これから地獄を作りに行く」
ゆっくりと、全員を見渡した。
「分かっているのだな?」
全員が、無言で頷く。
私は、静かに演説を始めた。
大仰な動作も、声を張り上げる事も、何一つ必要ない。
扇動されるほど愚かではなく。声を張り上げなければ届かぬ喧噪もなく。
ただ、我が愛しの馬鹿野郎共に、現実というものを噛んで含めるように教えるために。
「もしもまだ大切に持ち続けていると言うのならば、その騎士道精神と、英雄願望は今すぐ捨てろ。私の言葉だけを聞け」
「お前達の戦場は、この世界の歴史上、最低最悪の戦場だ」
「私達はこれから壮大な弱い者いじめをしに行くぞ。大規模遠征のために主戦力を軒並み抽出され、物資をつぎ込んだ残りカスもいい所の、残存戦力を叩いて潰す、簡単なお仕事だ」
「私は、誰一人として残すつもりはない。これは絶滅戦争であり、この度の戦争が種族の違いを理由にして起こされた侵略戦争であるならば、我らは争いの根を絶ちに行く」
「それは、非戦闘員を……戦えぬ者を殺すという事だ。女子供、老人に至るまで、何の例外もない」
「この言葉を覚えておけ。――何の例外も、ない」
「それが、どういう事か分かる時が来る。その時に、この言葉を思い出せ」
「だが、宣言しておこう。――これは、命令だ。"病毒の王"の名において出された、正式な軍令だ」
「お前達は私の部下だ。私の騎士だ。抗命権はない。私の先の発言は記録されず、お前達に拒否権はなかった事にされる。これから行われる事は、全て私の責任において行われる。――それだけは、覚えておけ」
それが、"病毒の王"としての、私の役割。
いつか、甘っちょろくて優しい理想論がこの国に許されるようになった時、生贄が必要なら、それは私をおいて他ならない。
いつか……この名前が役割を終える時が、来るかもしれない。
私がこの名前を、剣を置くように捨てられる日が、来るかもしれない。
けれどそれは、今日じゃない。
この名前を信じる人達がいる。
この名前の下に集った人達がいる。
私の言葉を信じた奴らが、私の手の内にいる。
「……そして、言っておこう」
私は演説を終えて、微笑んだ。
「私は、地獄へ行くなら、お前達以外の誰とも、行く気はない」
皆を見渡した。
胸の内に、静かな満足感が満ちる。
私の兵だ。
"第四軍"の大規模演習に参加し、一緒にリズの訓練を受けて芝生に寝転がり、共にリタルサイド城塞に赴き……後、割としょっちゅう屋敷の地下室で、私も交えてトランプ遊びに興じている。
本来不死生物の天敵である黒妖犬に、骨や霊体の身で触ってモフれる事を喜ぶ、気のいい奴らだ。
……出来るなら、地獄なんてこの世にはない方がいい。
空想上の、幼子を教え諭すための概念上の存在であってほしい。
けれど、この世界はそうではなかった。
ひとが沢山死んで、これからもっと死ぬ。
そしてもう私は何度も地獄を作ったし、これからそれを大規模に拡大再生産しに行く。
私は、"病毒の王"。
種族、人間。
目標、人類絶滅。
私は、当たり前の幸福を知っている。
日常こそが大切であり、そこでの幸せが愛おしいと、今でも断言出来る。
それでも。
「お前達と共に戦える事を、誇りに思う」
歓声が、上がった。
耳にビリビリと響き、心が震える。
ああ、この馬鹿野郎共め。
これから、戦争へ行くんだぞ。
私が言った言葉は、戦意高揚のためのものだぞ。
本音ではあっても……私がこれからお前達を付き合わせるのは、地獄だぞ。
なのに、そんなにも嬉しそうにするのか。
私の信頼を、そんなにも重く扱うのか。
私は、この世界に、望んで来たわけではない。
こんな物を、望んだ事はなかった。
私は、こんな喜びを知らなくても、きっと幸福に生きる事が出来た。
出来るなら、こんな気持ちを、全ての人が一生知らなくていい世界になればとも、思う。
それでも、この喜びを知った事に、後悔はない。




