意思の統一
私は、六百名近い死霊騎士達を前にしていた。
屋敷の前の草原に整列している彼らは、全員が"第六軍"の兵だ。約五十人ずつの十二班に分かれ、ローテーションを組んで屋敷と王城勤務に振り分けられている。扱いとしては護衛班で、実務上の上官はレベッカ、そしてハーケンとなるが、書類上は私の直属だ。
陛下やエルドリッチ様が、どこまでを想定していたのかは定かではない。
しかしあの二人の決定によって、手元に"病毒の王"直属の、私が自由に動かせる戦力がある。
それが不死生物である事が、これからの戦いには何より重要となる。
私は彼らを信頼している。
……多少は仲良くなったとも、思う。
ただ、意思の統一が必要だった。
集団行動前にそれを怠るなら、大なり小なり失敗する。
そして戦争前にそれを怠るなら、失敗の支払いは誰かの命になるだろう。
それが指揮官である私であっても、何もおかしくない。
秋口の風が、私のローブと肩布をはためかせ、私は空いた左手で軽くフードを押さえた。
右手の杖は緩く石突きを地面に当てて支えている。
"病毒の王"としての正装、仮面なしだ。
ここにいる者達に、顔を隠す必要はない。
「――こうして、全員と顔を合わせるのは、初めてだな」
顔と名前は、全く一致しない。
中核を成す骸骨は鎖鎧と"第六軍"紋章入りサーコート。僅かな死霊は鎖鎧の代わりに深紫のフード付きローブに、同じく"第六軍"紋章入りサーコートという、統一感のある恰好の不死生物達だ。
この人数の名前を覚え、不死生物の顔を見分けるのは、難易度高すぎる。
というかみんな名乗らない。頑張って覚えるべきかと思い、聞いた事もあるのだが、全員が口を揃えて、自分達の名前を覚えている暇があったらリズやレベッカと仲良くしろと言った。
"病毒の王"の下で、"第六軍"の騎士としての立場があれば、それでいいと。
「私達は、これから人間国家へ侵攻する。敵の主戦力は現在リタルサイド城塞にて足止めされているが、最早リタルサイド城塞の陥落は既定事項だ」
世界は、刻一刻と姿を変えていく。
ずっと変わらない事など、何もない。
リストレアの建国歴は、今年で四百二十一年を数える。
建国とほぼ同時期に、この大陸を、リストレアとそうでない物に分ける城壁が築かれた。
四百年以上の長きに渡り維持された壁が、リタルサイド城塞。
人類が勝てば、あの城壁は意味をなくす。
魔族が勝てば、あの城壁は意味をなくす。
"第七次リタルサイド防衛戦"……七回目が、最後だ。
「私達は、主力が留守の人間国家を蹂躙するのがお仕事だ。敵軍の帰る場所をなくし、補給も援軍も断つ」
勝って、あの城壁の意味をなくす。
「――これは命令であり、そしてお前達に抗命権は存在しない」
私は、"病毒の王"。
"第六軍"の序列第一位にして、魔王軍最高幹部。
この国に六人だけの、魔王陛下以外誰も命令出来ない、各軍の統率者。
序列持ちでさえない、一般の騎士達に、私の命令を拒否する権利などない。
「……その上で、言おう」
それでも私は、こう言った。
「今回に限り、従軍拒否を許す」
「ま、マスター!?」
背後に控えているリズが慌てた声を出す。
レベッカも何か言いたそうだったが、私は振り向きながら、軽く手を振って制した。サマルカンドとハーケンの顔も見た後、私は一つ頷いて、死霊騎士達に視線を戻す。
「本国防衛の任へ回すのが精一杯だが、そうしよう。……これから行われるのは、いつか遠い未来に、犯罪と呼ばれるかもしれない行為だ」
戦争犯罪という言葉が、地球にはある。
この世界には、ない。
実に、奇妙な言葉だ。
人を殺すのが罪である国ばかりなのに。
私の生まれた世界では、戦争自体は、犯罪ではないのだ。
人が死なない戦争など、あるはずがないのに。
「戦争の最中でさえ『非道』と罵られる、地獄を作りに行くお仕事だ」
まっとうな戦争がある。
まっとうでない戦争がある。
少なくとも、そう思われている。
「……だから、従軍拒否を許す。『まっとうな戦争』にだけ参加する事を許す」
軍人として民を守る覚悟は、あるだろう。
ただ、それと全てを殺し尽くせるかは、また別の話だ。
「ペナルティは、ない。"病毒の王"の名において約束しよう」
胸に手を当てて、静かに宣言する。
「三十分やる。好きに話し合って構わん。ただし、流されるなよ。――自分の頭と心で、考えて、決めろ」
軍人は命令に従うのが仕事だ。
それでも、私は私の部下達を、ただの道具にはしたくなかった。
「それが出来ない奴も、そうした上で命令拒否を選べる奴も、この先には連れていけない」
私は、彼らに背を向けた。




