守るべき物
私は、自分が属する軍の全てに、戦って死ねと言った。
それが、必要だから。
必要というだけで、自分達の同胞に死んでこいと言わなくてはいけないような、そんな世界に私達は生きているから。
「……そうか」
陛下が、覚悟を決めた顔で、頷いた。
そして朗々と響く声で宣言する。
「"病毒の王"の意見を、採用しよう」
「陛下!」
「……これは、戦争なのだ。そして死ぬのは我ら魔王軍だけでよい」
そして陛下は、私をまっすぐに見据えた。
「して、"病毒の王"。そなたは、以後どうする?」
「――後方へ」
「逃げると言うのですかな?」
「勘違いしないでいただこう。目標、敵軍後方」
揶揄するような声を、一刀の下に切り捨てた。
「背後の憂いを、完全に断つ」
「後方にいるのは……非戦闘員が中心と思われますが?」
「元より、それが"第六軍"の攻撃目標だ。だから、それを全て潰す。敵の守るべき全てが、我らが滅ぼすべき全てだ」
「今は一兵でも貴重な時ですよ?」
「こちらでやる。我ら"第六軍"は、魔王軍最高幹部として独自行動権を持つ私の命令の下に動く、敵内政基盤の破壊を目的として設立された軍だ。ゆえに、その任を完全に果たしに行く。主力軍は、遅滞戦闘に努められたい」
真っ当な質問を順番に片付け、全員を見渡す。
種族は異なり、方向性はそれぞれ微妙に別れ、胸に抱く誇りを大切に思う気持ちもまた、重さが違う。
それでも私達は、同じ旗の下に集った。
「援軍は必要だろうが、リタルサイド城塞はいずれ抜かれる。ブリングジット・フィニスが稼いだ時間は、まもなく尽きる」
失われてはいけない物がある。
守るべき物がある。
「我ら魔王軍の全てを使い潰してでも、守るべき物がある」
彼女が死んだとして。
私が死んだとして。
「ここは、私達の国だぞ」
この場にいる全員が死んだとして。
そんな事は、関係がない。
「ここは、私達の国だぞ……!」
私は、"病毒の王"。
種族、人間。
目標、人類絶滅。
この国は、ただの人間である私に、同族たる人類の絶滅を誓わせるだけの優しさを持った国だ。
滅びてはいけない物がある。
他の何を、犠牲にしても。
他の何を、滅ぼしても。
――守りたい物が、ある。
最初に席を立ったのは、ウェンフィールド家の現当主、ダスティン・ウェンフィールドだった。
最近は影を潜めつつあるが、以前は、最も急進的な反"病毒の王"派として名を馳せた、力のある家だ。
その彼が、視線を一身に浴びながら、"病毒の王"へ向けて膝を折った。
「――全てを、その通りに。民を逃がし、遅滞戦闘を行いましょう。奴らにくれてやるのは、焦土だけで十分です」
「ダスティン殿!?」
「貴公がそのような!」
「他に、方法が?」
彼が立ち上がって軽く見回すと、皆、視線を避けてうつむいたり、明後日の方向を向いたりした。
「人間達の軍は、間違いなく大軍です。しかしそれゆえに進軍速度は遅く、また、補給物資が万全とも思えない。後方からの追加輸送や、現地での略奪を計算に入れているはず。その計算を崩すためです」
「し、しかし、この国の大半を、焦土に変えようと言うのですよ?」
「私の父……ウェンフィールド家の前当主は、陛下と共に、この国の建国期を戦いました」
「それは存じておるが……」
「我らは、僅かな獣人と竜だけが住まう、まっさらなこの地に、リストレアという国を築き上げた。民を守り生かした後、同じ事をすればよい」
彼の言葉は、皆の胸を打った。
それは私も例外ではなく、この人を殺さないで、良かったと思う。
数人が彼に続き、私に向けて膝を折る。
さらに何人かが躊躇いながら続いてひざまずき、同調圧力には屈せず、そこまではしなかった者達も、私に向かって軽く頭を下げて、沈黙する。
魔王陛下が、口を開いた。
「決まりだ。"第六軍"は自由行動を認める。他は民の避難と、その時間を稼ぐための準備を」
私も含め、皆が神妙な顔で魔王陛下のお言葉を聞く。
「リストレア魔王国、国王の名において命じる。――人間達に最早、何も与えるな」
人間達に、何も与えない。
私達の国から、何も奪わせない。
リストレアの民の命も、食料も、勝利も――未来の希望さえ。
もう、何も与えない。




