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病毒の王  作者: 水木あおい
1章
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魔王陛下への謁見


 一歩を踏み出す度に、背後から視線を感じる。

 赤絨毯の感触が消え失せそうになる重圧。


 背後のリズの気配に、救われる。


 魔王陛下が口を開いた。



「"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"よ。貴公に問おう。そなたに与えた、人間国家の力を削ぐ任務はどうなっているか?」



 リズの耳に何事かささやく――振りをする。


「陛下。"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様はこう仰られております。『我が計画は順調に進行している』と」


「そうか……」

 陛下が静かに頷いた。


「"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の活躍を嬉しく思うぞ」


「有り難きお言葉です」

 私に代わってリズが恭しく頭を垂れる。


「だが、未だ戦局は苦しく、油断は出来ぬ」


 ぴりっと痛いほどに張り詰めた、真剣な空気を肌に感じる。

 皆が危機感を共有しているのだ。


 手を打たねば負ける。


 そして、成果を上げているのは"第六軍"――"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"陣営のみ。

 騎士道精神、という言葉を嘲笑うような所行。


 人間が非戦闘員を殺さなかった訳ではないし、魔族がそうしなかった訳でもない。


 ただ、それは戦争の結果であり、支配地域を確立する際の副産物のようなものだった。


 私は、戦争の目的を『人類絶滅』であると、非戦闘員への攻撃にこそあると、そう定めたのだ。


 この空気が肌に痛いのは、その非道を責める雰囲気に満ちているからだろう。


 だが、公式には誰からも、何の一言もない。

 ここは陛下の御前であり、そして私は最高幹部だ。あらゆる作戦は陛下により承認され、今もお褒めの言葉を頂いている。


 ついでに言うと、私は最高幹部の中で最も秘密のベールに覆われた存在だ。

 中身が薄っぺらいから隠さなくてはいけないのだが、まあそれはともかく。


 得体の知れない存在ゆえに、そう軽々しく責める事は出来ない。


 でも、空気が痛いです陛下。


「――そなたらの変わらぬ忠誠を、信じておる……」


 


 その後、一部は去り、一部は陛下に公的な場での報告、進言などを行う。

 私は去った側だ。ボロを出す前に退散する、とリズに言われている。


 幸い丈の長いローブの裾を踏む事もなく無事に退出し、今は控え室のソファーにてくつろいでいる。

 古式ゆかしい柱時計によると、もうそろそろ正午だ。


「今日、ご飯はうちで食べるんだよね?」


「あまり長引かなければ。お腹空きました?」

「ちょっと」


 肉体的には、立って偉い人の話を聞くだけだったので、疲れらしい疲れはない。

 精神的には、一秒で自分を殺せる人達と並んで立つというのは中々疲れる。


 重苦しい戦時中の空気はもちろんだし、懐疑、敵意、嫉妬、崇拝。ありとあらゆる様々な視線を向けられるのも。

 視線ってやっぱり物理的な力あるかも。


「もう少し気を張っていて下さいね」

「うん」


 ぽつぽつと他愛もない話とお仕事の話を半々ぐらいに話しながら待っていると、リズがそっと腕を叩いて、目配せした。

 精一杯、キリッとする。


「お前達はここで待て」


 二名の近衛騎士に声を掛け、入室してきたのは、先程まで謁見の間で玉座に座っていた方――"魔王陛下"だ。

 リストレア魔王国の最高指導者であり、人間にとっては怨敵。


 最近『人類の怨敵』というフレーズは"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"に使われる事が多くなったが、重要度はいついかなる時もこの方が一番上だ。


「久しいな、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。息災か?」

「はい、陛下」


 仮面を取って、頭を下げた。

 正体を隠すための仮面だ。この方相手には必要ない。


 陛下が対面のソファーに腰掛けた。


「あまりかしこまるな。人払いもしてある。記録にも残らぬ」

「はい。ありがとうございます」


 軽く微笑んだ。とは言え、私はこの方に恩がある。上司と部下でもある。

 けれど、少しだけ、口調と雰囲気を軽く柔らかいものに変えた。


「実際の所、順調に進んでいるのか?」


「他の筋からも報告は入っているでしょうが……順調ですよ。陛下の仰られたように楽観視は出来ませんが」

 私は薄く笑った。



「『約束』はお守り出来ると思います」



「……他愛もない約束だ。忘れてもよい」

「約束を守ろうとするのは、人として大事な事ですよ」


 私は、人として大事なものを、全て踏みにじる事を決めた訳だが。


 陛下も軽く笑みを浮かべる。

 だが、すぐに疲れた顔になり、ソファーに沈み込んだ。


「いささか疲れた……。情勢は厳しく、意見はまとまらぬ。貴公の活躍はあれど、それすら悩みの種だ。貴公と、貴公を重用する私に反感を持つ者は多い……」


「……申し訳ありません」

「いや、貴公はよくやってくれている」


 陛下が私の瞳をまっすぐに見つめる。

 深い青色の瞳。歳を重ねても、眼球に濁りはない。


「……辛くは、ないか」


 ずきり、と胸が痛んだ。


「そなたを人間と知る者は、多くはない。私は、同族を殺させているのだ」


「……有り難い、お言葉ですが」

 固い口調で、私は続けた。



「私は"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。この名は、名を失った私に、陛下が与えて下さったもの。今の立場も、生活も、陛下より頂いたものです」



 『私』はこの世界に来た時、名を失った。

 親しい人全ての名前を、思い出せなくなった。


 自分が、自分でなくなったような、気がした。


「それに、この国は、帰るべき場所をもう持たない私にとっても、故郷と呼べるものです。……私は、人間です。人間は、故郷を守るためには……人ぐらい、殺せるんですよ」


 故国防衛を掲げた時、いかに多くの人が簡単に人を殺した事か。

 人の命より重いものなど、いくらでもあるのだ。


 けれど、人の命の重みを知っているから、私は"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"たり得る。


 私は、リストレア魔王国の、魔王軍最高幹部。


「私は、私のすべき事を行う。かつての約束通り。それだけ、です」


「……そうか」


「けれど、本当にその言葉を、ありがたく思います」


 口調を柔らかいものに戻し、頭を下げる。


 実際の所、陛下が私個人に対して、どれだけの親しみを感じていらっしゃるのかは分からない。

 あくまで陛下と私は上司と部下だ。


 しかしそれでも、妄言に近い私の言葉を信じ、採用し、最高幹部にまでしたのはこの方だ。


 それに、部下をちゃんと気遣える上司って結構貴重なので、素直にありがたい。


「体をいとえよ。……私が言えた義理ではないが、な」


 そして陛下は私の隣のリズに視線を移した。



「"薄暗がりの刃ダークリング・ブレード"、リーズリット・フィニスよ。そなたにも頼む。そなたにしか、頼めぬ。"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"を守れ。かの者に仇成す敵をことごとく滅ぼせ」



「当然でございます、陛下」

 リズが優雅に微笑んで、頭を下げた。


 彼女の前歴は陛下直属の近衛師団だ。――いや、正確には、今も。


 陛下が呼んだように、"薄暗がりの刃ダークリング・ブレード"の二つ名を持つ、最高の暗殺者の一人。


 彼女の仕事は私の護衛であり、監視。私が裏切れば、彼女は私を殺すだろう。

 けれど、私が裏切らない限り、間違いなくこの子は私の事を守り通すだろう。


 それぐらいには、大切にされているのだ。


 本当に大切にされているのは、『魔王軍最高幹部としての私』かもしれないけれど。

 そっちの方が分かりやすいと言えば分かりやすい。


 けれどきっと……陛下も、リズも、少しは『私』そのものを大切にしてくれているのだと、思える。


 戦う理由は、それで十分なのだ。


 ……私が、魔族にさえ恐れられる非道な命令を下すには。


 それぐらいで、十分なのだ。




「ところでマスター、『約束』って何か聞いてもよろしいですか?」


 手配して頂いた馬車にリズと二人で乗って、屋敷へ向かう帰り道。


 リズの問いに、首をかしげた。


「あれ、言ってなかったっけ? というか、陛下から聞いてない?」

「はい。言ってませんし、聞いてません」


「そっか」


「よろしければ教えて下さい」

「私は、こう言って売り込んだんだよ」


 微笑んだ。



「――『三年で人類を絶滅させてみせましょう』ってね」



 リズが、なんとも言えない微妙な表情になる。


「どしたの」


「マスター……前の世界では、軍人でも暗殺者でもなかったんですよね……?」

「うん」


「私は、これでも優秀と自負してるアサシンですけど……」

「うん」


 彼女は陛下直属の近衛師団。それは国家の中で、上から数えた方が早いほどに腕が立つという証だ。


「私、多分マスターと同じ立場でそんなセリフ言えませんよ」

「うん、我ながら適当言ったね」


「は、適当?」


「あの時は、この世界に来たばっかで混乱してたし、人間に腹立ててたし、色々と不安だったし、とりあえず限界まで強い言葉を使ってみようと思って」


 リズがまた、なんとも言えない微妙な表情になる。


「……私、まだマスターの事よく分かってないんですね」


「人が他人を理解するのって大変な事だよ」


 だから面白いのだと、思う。


 人が他人を理解するのは、大変な事だ。

 けれど、理解せずに殺してしまえばいいのなら、遙かに簡単だ。



「これからもっと、大変になるよ」



 ぽつりと呟く。


 とうにこの世界は地獄。

 国家と国家が、人間と魔族が、絶滅戦争を繰り広げる世界。


 そんな地獄の中でなお、一番非道だと恐れられるのが、地球産の人間とは皮肉なものだ。


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ちっきゅう「わしが育てた」
[良い点] 部下を気遣える上司ってサイコー。いやもうほんとに。 別れ際に「体をいとえよ」って言ってくれるのとかそういう積み重ねが…陛下万歳!
[一言] トンデモ持込み企画を採用する陛下。それほどに戦局は末期だったのでしょうね。
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