"第七次リタルサイド防衛戦"
巨石がリタルサイドの青空を背景に飛んできて、城壁の直前で光の障壁に阻まれ、轟音が響き渡った。
「攻城兵器……警告にあったやつだな」
深紅の甲冑に、銀髪をポニーテールにしたダークエルフの女騎士――ブリングジット・フィニスは城壁に取り付くと、前面の荒れ地にずらりと展開されている投石機を、憎々しげに睨み付けた。
城壁で見張りを務めていた女性弓兵が、弓を構える事もせず、静かに口を開く。
「事前に多少なりとも備えられただけマシ、と考えるべきでしょうね」
「ああ」
防衛網が機能した事に、まずは安堵する。
そして、ギリギリで目視出来るほどの攻城兵器が、とうとう安全な領域から、城壁に対し有効な一打を放てるほどになった事に歯噛みする。
"第六軍"の現地活動班から、鳩便が来ていたのだ。
リタルサイドへ向け、大規模侵攻の動きあり……と。
王都にも手紙を添えて転送しているが、それが届いたかも分からないほどの短期間で攻め寄せてくるとは。
決定されたのは直前としても、以前から攻めるための備えはしていたのだろう。
敵軍に据えた視線をそらさぬまま、背後の弓兵に問いを投げる。
「今までの物とは、射程が段違いだな。狙えるか」
「無理です、ブリングジット様」
弓兵の女性が、首を振った。
さらに付け加える。
「巨大ゆえに目視可能ですが、城壁からでは射程外です。向こうも精度はいまいちのようですが、壁を越える石を全て防がねばならないこちらの方が不利かと」
「そうか。引き続き、監視頼む」
「了解です、ブリングジット様」
寄ってきた伝令達と共に城壁を下りながら、指示を出す。
「"第五軍"の悪魔を、最低一名交代させろ。話を聞きたい。今指揮を執っている者以外、幹部級を召集。ある程度集まった時点で、軍議を始める。急げよ」
「はっ」
「了解です」
「ただちに」
城壁を下りたところで、また轟音が、今度は連続して響く。
その轟音の余韻に負けないよう、弓兵の彼女が、珍しく声を張り上げた。
「――ブリングジット様! これは、試射のようです。じきに本格的な攻撃が始まる……かと」
「分かった!」
手を振って、急ぎ足で会議の間へ向かいながら、彼女は小さく息をついた。
「宣戦布告もなし……か。分かっていたつもりなのだがな」
戦いであって、戦いでない。
戦争であって、戦争でない。
向こうは、こちらを滅ぼすつもりで攻めてくる。
ならばきっと。
必要な覚悟は。
(――目標、人類絶滅)
友人の声が、彼女の耳に蘇った。
「そうだな。……もう、それしか、出来ないな」
戦う相手に騎士の誇りを、期待すべくもない。
ならば騎士の仕事は、殺し尽くす事しかない。
敵である、全てを。
それが自分達の何倍いようとも、その全てを。
「――攻撃隊を編制する。"第二軍"と"第三軍"が中心だ。"第五軍"の悪魔は城壁の守護のため動かせん。……が、陽動のため数名、参加者を募りたい。また"第四軍"は、可能な限り抽出する」
長机が一つ置かれた会議の間。急ぎ集められた幹部陣に、暗黒騎士団長である彼女は、明瞭な声で宣言した。
「我らを? ……つまり、夜襲を?」
「そうだ」
"第四軍"死霊軍の、深紫の鎧をまとった死霊に向けて、頷く。
夜こそが、魔族の本領……というわけではないのだが、不死生物は特に暗視の能力を備える。ダークエルフと獣人も、それには劣るが、人間とは比べるべくもない。
「"第五軍"の。持ちこたえられるか?」
「ご命令とあらば。守るだけなら、一日二日は保たせられましょう」
「良い報告としては、岩のサイズがまちまちです。あくまで現地調達のようですな。発射までの間隔も揃っておりませぬ」
それぞれ白色と黒色の双頭の山羊頭という珍しい姿をした悪魔が、両の口を順番に開く。
ちなみに人格は一つだという話だが、片方の首が落とされたらどうなるかは分からない、とデーモンジョークとして持ちネタにしている。
「"第三軍"の。何か意見は?」
「ありやせん。あのクソカタパルトをぶっ壊すのが最優先って事でよろしいんで?」
銀の毛並みをした狼の獣人が、軽い口調で問いかけた。
「――ああ。命は大事にしろと言うが、同時に、あれの破壊は、私達の命より重い。志願制で構わん。"第三軍"からは四分の三を抽出しろ」
「全員が志願するでしょうよ。選抜は、あっしの判断でやらせて頂きます」
「任せる」
「"第四軍"は全軍が出て、丁度よいでしょうな」
「そうしてくれ。"第二軍"は私以下、三分の二を抽出し、正面から攻撃を仕掛ける。"第三軍"、"第四軍"は分散して側面から襲い掛かれ」
「……この、開けた荒れ地で……ですかい?」
「陽動があれば可能でしょうが……」
「以前された事を、やり返す。"第五軍"の。幻影魔法を、両軍の前面に展開してもらいたい。出来るか」
「……出来るでしょう。そういえば、『あの』ガナルカン砦は幻影魔法で建築を秘匿されたのでしたな」
「我らがそれをしてはならぬ道理もない。正面から暗黒騎士団が迫ってくる状況なら、違和感にも気付かれにくい。夜も我らの味方となりましょう」
両の首が、それぞれ順番に彼女の意見を肯定する。
「ブリングジットの姉御。あんたら暗黒騎士団の事を信じてないわけじゃねえが、負担が大きいと思いやすが」
「それぐらいでなくてはな」
彼女は、歯を剥き出しにして笑った。
「血染めの鎧をもって、私は"血騎士"の二つ名を得た。これより、"第七次リタルサイド防衛戦"を始めよう」
皆が、深く頷く。
自分達の時代に、七回目の防衛戦が始まる。
そして以前のリタルサイド防衛戦を経験した古参世代は、どことなく、今までと違う雰囲気も感じ取っていた。
どう終わるにせよ、八回目は、ないのではないかと思わせるような。
「いきなり人の家の玄関口に石を投げつける挨拶をするような野蛮人だが、我らは丁重に歓迎してやろう。墓穴は掘ってやるし、墓標も立ててやろう。あのカタパルトの残骸でな」
珍しい、騎士団長の冗談めかした口調に、さざなみのような笑いが広がる。
全員が武者震いし、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「我らは、リストレアの守り手。ここは南の守り、リタルサイド」
彼女の言葉が、リタルサイド駐留軍の総指揮官たる、"第二軍"魔王軍最高幹部の言葉が、全員に染み渡っていく。
「リストレアの平穏を脅かす全てが、我らの敵」
そして、『彼女』の言葉が――かつてここにやってきた、"第六軍"魔王軍最高幹部の言葉が、それに重なる。
何も起こらない日が続くうちに、いつの間にか生まれた緩みは、あの狂気を孕んだような笑みを浮かべる彼女がやってきた日に、どこかに行った。
そして今日この日、全てが試される。
ブリングジット・フィニスが、笑みを浮かべた。
一同が、『彼女』と友人だという事を、深く納得するような笑みだった。
歯を剥き出しにして、実に楽しそうに、どことなく寂しそうに、それでいてもっと見たくなる、この人なら信じてもいいと思えるほどの。
この人のために死ぬなら、それでいいとさえ思えるような。
そんな笑みを浮かべて、彼女は良く通る声で、静かに宣言した。
「――さあ、戦争を始めよう」




