人類の結束
対魔族同盟の円卓会議の面々は、疲れ切った顔をしていた。
表情が疲れ、暗いのは、当然すぎた。
ペルテ帝国の代表が、ぽつぽつと話し始め、口火を切る。
「……帝国では、主に、新たに開墾した畑と、食料庫が狙われた。兵舎、市街地に被害はない。だが……多くが失われた。概算だが、食料は当初の予定の七割ほどと見るべきだろう」
「神聖王国も同程度の被害かと……。見張り以外の人的被害は、ありません」
「王国も同様だ……」
エトランタル神聖王国とランク王国の代表もまた、疲れたように首を縦に振る。
「……襲撃は一度。だが、被害は目を覆わんばかり。家畜もかなり襲われた。……今までは食うために奪っていた程度だったが、今度は違う。広く浅く、食料基盤を削られた。この冬は、餓死者が出るだろう。ハーシールが……正しかった」
彼もまた、選帝侯の一人。
その彼が名を出した、ハーシール・アル・カルナクもまた、選帝侯だった。
故人であり、全面攻勢を主張し、それが通らないとなれば今度は暗殺者による攻撃を主張し……無残に失敗した。
その後『自宅で亡くなった』のだが、あれは間違いなく、"病毒の王"の逆鱗に触れたゆえだった。
彼は、失敗した。
けれど、彼は、正しかったのだ。
「――帝国は、全面攻勢を主張する。……今の手持ちの食料では、民を養えぬ」
人間達は、本格的な飢えとは、この四百年無縁だった。
それはまあ、貧民達はひもじい思いをしていたかもしれないが、バタバタと餓死者が出るというほどではなかった。
魔族達のいる北の大地と違い、気候は温暖。作物も栽培技術も改良が進み、収量もまた、ほぼ全て順調に増加していた。
魔獣も駆逐、あるいは完全に生活圏を分かち、農地を確保してなお広い土地を柵で囲い、牧場とする事も出来た。
それが、今は。
「立て直しを優先すべきでは……」
「……試算でさえ、食料はギリギリだった。来年までには、三割が死ぬぞ。七割で魔族共と戦うとでも? それとも、全員を飢えた状態にして……弱い箇所からまた削られろと?」
警備が甘い箇所を狙われた。
しかし、当たり前ではないか?
広大な農地を、かつて築かれた城壁の中に用意する事ならば、出来る。
いつ狙われるかも分からないのに、どんな襲撃にも耐えられるだけの兵を配備する事は、出来ない。
食料庫にしても、大量の食料を、多くの民に届けるために、一度集約しただけの事だ。
広い牧場も同様。家畜小屋に、王侯貴族と同じ警備態勢を敷くなど有り得ない。
「これまではそれで良かったではないか! これまでは……これまではっ……!!」
ランク王国代表の悲鳴のような叫び声に、皆が沈黙する。
そう、これまでは。
全てが、上手くいっていた。
"病毒の王"とて、城壁の内側に控えている兵と戦えるほどではないのだと、皆がそう思っていた。
その甘さが、この悲劇を招いた。
それでも、次は防いでみせる。
……しかし、次はないだろう。
城壁内を狙ってこなかったのは、実際に戦力の問題もあったのだろう。
だが一番の狙いは……この、最高のタイミングで襲撃を仕掛ける事だったのだ。
各国の指導者を狙ってきたなら、どんな暗殺者でも返り討ちに出来ただろう。
けれど、規模の割に警備の甘い畑と食糧倉庫を選び抜かれては。
これまでリストレア魔王国は、目の上のたんこぶではあっても、差し迫った脅威ではなかった。
いずれ滅ぼさねばならないだろう。しかし、脅威として存在するだけで、最低限、『人類の結束』が保たれる……なんというか、実に便利な存在だった。
それが、今や、毒蛇が鎌首をもたげている。
……まだ三年にもならない、『どこが討伐の被害を負うのか』という、醜い押し付け合いさえ、最早懐かしい。
帝国代表は、疲れた声で、けれどしっかりと宣言した。
「……我らはもう、一丸となって戦わねばならぬ。ありったけの義勇軍を動員し、持てるだけの食料と共に、北を目指す。人類の総力をもって、魔族共を、この大陸より……駆逐するために」
どうして、こんな戦争が始まったのだろう。
考えても仕方ない事、と割り切れず、そんな思いが皆の胸の内に浮かび上がる。
怖かったのか? 人間よりも強い存在が。
人間以外の存在を滅ぼせば、平和になると思ったのか?
魔族達との戦いは、最初は人類が優勢だった。
敵は烏合の衆。……どころか、不死生物や悪魔や竜に関しては、単独行動さえ何ら珍しい事ではなかった。
ダークエルフも、エルフも、小国家を形成していて、それらは当時の都市国家程度のもの。
獣人達は部族単位で動き、一つ一つの集団は、さらに少数でしかなかった。
束ねれば脅威となったろうが、それぞれの戦場では、団結した人間達の、圧倒的な戦力差を前に順番に沈んでいった。
しかし、災厄の種が残った。
誰ともなく"魔王"と呼ぶようになった、たった一人の長が、魔族を――非人間種をまとめ上げた。
築かれた国の名は、リストレア。
未開の北の地に逃げ延びた魔族達を追う余裕は、当時の人類にはなかった。
国力を蓄えての追撃は、やがて築かれた壁――リタルサイド城塞の前に止まる。
そして、歪な安定が訪れた。
魔族は壁の向こうに引きこもり、積極的な攻撃を仕掛けては来ず……一応は、平和になった。
もしもこちらに攻め込んできたなら、それを全滅させ、そのまま手薄になった城壁を破る事も出来ただろうが、それは叶わなかった。
あの手この手でリタルサイド攻略は計画されてきたが、どれも失敗してきた。
人類が、本気ではなかったからだ。
「まだ、遅すぎるという事はない。人類は魔族より遙かに多い。我ら十六の国家が協力すれば……だが」
「……賛同します。"福音騎士団"の再編も進んでいる。この世にあってはならぬ邪悪を、滅ぼすために」
「ドラゴンナイトはなくとも、竜鱗騎士団は健在。……よろしいでしょう。義勇兵を募り……全面攻勢、ですな。……我らが勝たねば人の歴史が終わる」
神聖王国と王国の代表が発言し、小国家群に属する国家の代表達もまた、無言で頷いて追随する。
思う所は、あるだろう。
どこか一国が被害を負うような作戦は立てにくいし、義勇兵がどこまで集まるか、また兵站と補給の問題なども山積みだ。
しかしそれでも、一つだけは、円卓に座る全員が共有している。
大陸の覇者に相応しいのは、魔族ではない。
勝つべきは、人間だ。




