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病毒の王  作者: 水木あおい
6章

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人類の結束


 対魔族同盟の円卓会議の面々は、疲れ切った顔をしていた。


 表情が疲れ、暗いのは、当然すぎた。


 ペルテ帝国の代表が、ぽつぽつと話し始め、口火を切る。


「……帝国では、主に、新たに開墾した畑と、食料庫が狙われた。兵舎、市街地に被害はない。だが……多くが失われた。概算だが、食料は当初の予定の七割ほどと見るべきだろう」


「神聖王国も同程度の被害かと……。見張り以外の人的被害は、ありません」

「王国も同様だ……」


 エトランタル神聖王国とランク王国の代表もまた、疲れたように首を縦に振る。


「……襲撃は一度。だが、被害は目を覆わんばかり。家畜もかなり襲われた。……今までは食うために奪っていた程度だったが、今度は違う。広く浅く、食料基盤を削られた。この冬は、餓死者が出るだろう。ハーシールが……正しかった」


 彼もまた、選帝侯の一人。


 その彼が名を出した、ハーシール・アル・カルナクもまた、選帝侯だった。

 故人であり、全面攻勢を主張し、それが通らないとなれば今度は暗殺者による攻撃を主張し……無残に失敗した。

 その後『自宅で亡くなった』のだが、あれは間違いなく、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の逆鱗に触れたゆえだった。


 彼は、失敗した。

 けれど、彼は、正しかったのだ。



「――帝国は、全面攻勢を主張する。……今の手持ちの食料では、民を養えぬ」



 人間達は、本格的な飢えとは、この四百年無縁だった。

 それはまあ、貧民達はひもじい思いをしていたかもしれないが、バタバタと餓死者が出るというほどではなかった。


 魔族達のいる北の大地と違い、気候は温暖。作物も栽培技術も改良が進み、収量もまた、ほぼ全て順調に増加していた。

 魔獣も駆逐、あるいは完全に生活圏を分かち、農地を確保してなお広い土地を柵で囲い、牧場とする事も出来た。


 それが、今は。


「立て直しを優先すべきでは……」

「……試算でさえ、食料はギリギリだった。来年までには、三割が死ぬぞ。七割で魔族共と戦うとでも? それとも、全員を飢えた状態にして……弱い箇所からまた削られろと?」


 警備が甘い箇所を狙われた。

 しかし、当たり前ではないか?


 広大な農地を、かつて築かれた城壁の中に用意する事ならば、出来る。


 いつ狙われるかも分からないのに、どんな襲撃にも耐えられるだけの兵を配備する事は、出来ない。


 食料庫にしても、大量の食料を、多くの民に届けるために、一度集約しただけの事だ。

 広い牧場も同様。家畜小屋に、王侯貴族と同じ警備態勢を敷くなど有り得ない。


「これまではそれで良かったではないか! これまでは……これまではっ……!!」


 ランク王国代表の悲鳴のような叫び声に、皆が沈黙する。


 そう、これまでは。

 全てが、上手くいっていた。


 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"とて、城壁の内側に控えている兵と戦えるほどではないのだと、皆がそう思っていた。

 その甘さが、この悲劇を招いた。


 それでも、次は防いでみせる。

 ……しかし、次はないだろう。


 城壁内を狙ってこなかったのは、実際に戦力の問題もあったのだろう。

 だが一番の狙いは……この、最高のタイミングで襲撃を仕掛ける事だったのだ。


 各国の指導者を狙ってきたなら、どんな暗殺者でも返り討ちに出来ただろう。

 けれど、規模の割に警備の甘い畑と食糧倉庫を選び抜かれては。


 これまでリストレア魔王国は、目の上のたんこぶではあっても、差し迫った脅威ではなかった。

 いずれ滅ぼさねばならないだろう。しかし、脅威として存在するだけで、最低限、『人類の結束』が保たれる……なんというか、実に便利な存在だった。


 それが、今や、毒蛇が鎌首をもたげている。


 ……まだ三年にもならない、『どこが討伐の被害を負うのか』という、醜い押し付け合いさえ、最早懐かしい。


 帝国代表は、疲れた声で、けれどしっかりと宣言した。



「……我らはもう、一丸となって戦わねばならぬ。ありったけの義勇軍を動員し、持てるだけの食料と共に、北を目指す。人類の総力をもって、魔族共を、この大陸より……駆逐するために」



 どうして、こんな戦争が始まったのだろう。


 考えても仕方ない事、と割り切れず、そんな思いが皆の胸の内に浮かび上がる。


 怖かったのか? 人間よりも強い存在が。

 人間以外の存在を滅ぼせば、平和になると思ったのか?



 魔族達との戦いは、最初は人類が優勢だった。



 敵は烏合の衆。……どころか、不死生物(アンデッド)悪魔(デーモン)(ドラゴン)に関しては、単独行動さえ何ら珍しい事ではなかった。


 ダークエルフも、エルフも、小国家を形成していて、それらは当時の都市国家程度のもの。

 獣人達は部族単位で動き、一つ一つの集団は、さらに少数でしかなかった。


 束ねれば脅威となったろうが、それぞれの戦場では、団結した人間達の、圧倒的な戦力差を前に順番に沈んでいった。


 しかし、災厄の種が残った。


 誰ともなく"魔王"と呼ぶようになった、たった一人の長が、魔族を――非人間種をまとめ上げた。



 築かれた国の名は、リストレア。



 未開の北の地に逃げ延びた魔族達を追う余裕は、当時の人類にはなかった。


 国力を蓄えての追撃は、やがて築かれた壁――リタルサイド城塞の前に止まる。


 そして、歪な安定が訪れた。


 魔族は壁の向こうに引きこもり、積極的な攻撃を仕掛けては来ず……一応は、平和になった。

 もしもこちらに攻め込んできたなら、それを全滅させ、そのまま手薄になった城壁を破る事も出来ただろうが、それは叶わなかった。


 あの手この手でリタルサイド攻略は計画されてきたが、どれも失敗してきた。


 人類が、本気ではなかったからだ。



「まだ、遅すぎるという事はない。人類は魔族より遙かに多い。我ら十六の国家が協力すれば……だが」



「……賛同します。"福音騎士団オーダー・オブ・エヴァンジェル"の再編も進んでいる。この世にあってはならぬ邪悪を、滅ぼすために」

「ドラゴンナイトはなくとも、竜鱗騎士団は健在。……よろしいでしょう。義勇兵を募り……全面攻勢、ですな。……我らが勝たねば人の歴史が終わる」


 神聖王国と王国の代表が発言し、小国家群に属する国家の代表達もまた、無言で頷いて追随する。


 思う所は、あるだろう。

 どこか一国が被害を負うような作戦は立てにくいし、義勇兵がどこまで集まるか、また兵站と補給の問題なども山積みだ。


 しかしそれでも、一つだけは、円卓に座る全員が共有している。


 大陸の覇者に相応しいのは、魔族ではない。



 勝つべきは、人間だ。




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― 新着の感想 ―
これだけの各国のお偉いさんでも戦争を始めた当時の状況は知らないのだろうか 魔王陛下が国としてまとめる前の都市国家や部族を人間が殺していった過去は残っているのだろうか それすら知らずに戦争を続けているの…
[良い点] 薄く広く被害を積み重ねていたのですね。 現地班大変。 三割が死ぬ飢餓。生き残っても地獄が広がるんでしょうね。 [気になる点] >毒蛇が鎌首をもたげている。 まだ咬まれた意識がないのだろう …
[一言] むふっ(変な笑い) これで各国の平民へ「国が戦(いくさ)をする。 戦優先で食糧を平民へほとんど回さず、飢えさせる気だ」と噂が流れれば、平民大暴動で完全に身動き不可能ですね。 義勇兵へ食べ物…
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