一夜明けて
「我が主。朝でございます。――そこに、リズ様もいらっしゃいますか?」
サマルカンドの声が聞こえた。
そういえば、ノックの音が聞こえた、ような気もする。
「ん……」
寝ぼけながら時計を見ると、いつもなら朝食の時間だ。
リズが身を起こす。掛け布団をたくし上げて、肌を隠した。
目配せして、頷く。
身を起こすと、精一杯キリッとした声を出した。
「今行く。リズも一緒だ。――食堂で待て」
「はっ」
サマルカンドの足音が、遠ざかっていく。
「服着て下さい」
「リズこそ」
"浄化"で色々と綺麗に出来るので、昨日と同じ服でもいいのは、この世界のいい所だ。
私より着る枚数が多いのに、私と同じぐらいの速度でてきぱきとメイド服を身につけたリズが、マフラーの長さを整えて、背中側に流すと、昨夜のとろけた顔とは別人のような、キリッとした顔になる。
どっちも、大好きなのだけど。
「行きますよ、マスター」
「ああ、行こうか」
軽くローブの裾を払って整える。
そこでふと、ベッドの枕元に放ったきりだった猫耳カチューシャに気付いて、拾い上げた。
「……また今度、これ着けてする?」
「本当に、仕方ないマスターですね」
真顔のリズ。
彼女がため息をついた。
「……また今度、ですよ」
恋人と気持ちを確かめ合った時の嬉しさを示す表現として、未来への不安が吹き飛ぶ、という言葉が使われる事があるけれど。
私はそんなに単純ではなく、この世界は種族間の絶滅戦争をしていて、私はその争いの当事者だ。
だから、不安は絶対に消えない。
けれど。
今、彼女のこんな笑顔を見られるのならば、この先に私を待っているのがどんな未来でもいい。
いつもより遅くなった朝食を終えたところで、レベッカが立ち上がり、口を開いた。
「サマルカンド、ハーケン。……席を外してくれるか」
「は、レベッカ様」
「了解した」
特に疑念を差し挟む事なく、二人は軽く一礼して食堂を出て行く。
私達は二人並んでレベッカの前に立ち、彼女が何を言うのかと待った。
「……さて。まず、マスター」
「なあに、レベッカ」
レベッカが、とんとん、と自分の首筋を指先で叩いて見せた。
「単に気付いていないんだとは思うが、キスマークぐらい隠しておけ、と忠告しておく」
「え、どこ? リズ。私から見えない」
「フード……フードかぶっておいて下さい」
リズに言われて、大人しくフードをかぶる私。
なるほど、男性陣に席を外してもらったのはそういう理由か。
なんとなく二人共気付いてそうな気もするが。
そしてレベッカは、もう一度とんとん、と耳の後ろ辺りを叩いて見せた。
「リズも、私の視点からだと、髪の生え際にあるの見えてるからな。マフラーに隠れてるとこには、いくつあるんだか……」
ばっとレベッカが示した場所を、手で押さえるリズ。
「対外的な用事がある時は、私が消してやるから、忘れずに声をかけろ」
「は、はい」
リズが顔を赤くしつつ頷く。
「それと、念のため言っておくが、刃傷沙汰だけはやめろよ」
「大丈夫。浮気されたら血の涙流すだけにする」
「お前が刺される方が心配なんだよ」
「……浮気とか……しませんし、させませんよ」
リズが、マフラーで少し口元を隠すようにしてちょっと照れながら、言ってくれる言葉が可愛すぎる。
レベッカも同じ感想を抱いたのか、微笑んだ。
「……ま、いい事だ」
「レベッカは……私達の事、もっと何か、言わないのですか?」
「ん? ……まあ、もっと早くにくっつくかと思ってたな」
「何を根拠に」
「……あれだけ好き好きオーラ出されて、はねつけるでもないお前の姿を見ていれば、当然思う事だろう? リズと私では、明らかにスキンシップの量と深さが違ったしな……」
「そう? じゃあレベッカにも、もっとスキンシップした方がいい?」
「私は今の量でいい」
素っ気なく言い捨てるレベッカ。
けれど私にとっては、それも十分嬉しい回答なのだ。
彼女の華奢な体を、後ろから抱きすくめた。
「こら、離せ」
「……スキンシップなくせとは、言わないんだね?」
手慣れた様子で外し技を使おうとしていたレベッカの動きが止まる。
「あう」
そしてべち、と小さい手で顔を叩かれた。
照れ隠しだと思う。
「恋人の前で、別の女にちょっかい出すんじゃない。刺されても文句言えないぞ」
「恋人と、妹みたいな可愛い部下を愛でるのは、全く違う話だと思うんだよ」
「リズ。何か言ってやれ」
「恋人……」
そして私達の視線に気付いて、はっとするリズ。
ぽうっと呆けていたリズの顔を、少ししか見られなかった。
二兎を追うつもりはないが、身近に美少女が複数いると、二匹のウサギを眺めるだけでも大変だ。
「……浮かれてるな」
「大丈夫。すぐにいつものリズになるよ。そうじゃなくても、仕事をちゃんとしてくれれば問題ない」
「まあ、そうだな」
「……んー……なんか、マスターの方が冷静なのは、悔しいというか……不安に、なるというか……」
「リズと恋人同士になれた事は、すっごく嬉しいよ?」
「その割には顔と態度に出ませんね」
「それはもう昨日存分に出したと思うけど」
「そ、それはそうですが」
「私はね。こんな可愛いメイドさんが来てくれた時から、嬉しかったから」
一際赤くなる彼女の顔を、にこにこと眺める。
「それに私、公私混同しないタイプだしね」
「わ、私もですよ。大体マスター公私混同してないって言うんですか?」
「もちろん。魔王軍最高幹部の自由裁量の範囲内であると信じているとも」
「副官にメイドの格好させて……恋人にしても、ですか?」
「――もちろん」
私は、笑みを深くした。
「副官に支給する装備や、任せる職務は各軍それぞれだ。第一、我が国にも、我が魔王軍にも、職場恋愛を咎める規定などないとも」
「理屈の上ではそうなんですけどね……」
リズが、ジト目になる。
ああ、やっぱりこの顔も好きだなあ、としみじみ。
色んな表情を見せてくれるリズの事が、愛おしくてたまらない。
なので、せっかくなのでこう言う。
「ちょっとぐらいなら、公私混同してもいいよ?」
「っ……」
リズがジト目を維持しようとするが微妙に失敗するの可愛い。
レベッカが、リズに優しい声をかける。
「……ちょっとぐらいなら、公私混同してもいいぞ」
「し、しませんってば」
リズの震え声に、いつもほど力がなかったのは、気のせいではないと思う。
「じゃあ、今はプライベートね」
「え?」
彼女の首元に巻かれたマフラーになりたい。
……と思った事はちょっとしかないが、後ろから、リズの首元に軽く腕を巻き付け、抱きしめる。
それが許される幸せを噛み締めながら、私は彼女の長い耳に口を寄せて、精一杯の愛しさを込めてささやいた。
「……愛してるよ、リズ」
「だ、大好きとは違うんですね?」
リズが身をよじって振り返り、私の目を見つめ返す。
「そうだね。もちろん大好きだし、あくまで言葉遊びみたいなものだけど……うん。多分私は、恋人さんにしか、使わないかな」
「……そうですか」
腕の下で、マフラーがぴこっと動くのが分かった。
けれどそれよりも雄弁に、彼女の口元が緩められて。
「私も、愛してますよ、マスター」
リズの手が、私の手に添えられる。
当てられたらしいレベッカがちょっと頬を朱に染めて、目をそらした。
「……やっぱり、公私混同はなしの方向で頼む」
・5章あとがき
レベッカに締めてもらうと安心感ある……。
はいこんにちは、水木あおいです。
病毒の王「5章」をお読み頂きありがとうございました。
一つ前の回では、今までで一番沢山の、素敵な感想とコメントを頂きまして、とても嬉しいです。
改めて、今回だけでなく、感想を含めて応援して下さる全ての方に感謝を……。
5章は、デート回とか告白回とか、……回とか、書いて読んでいるとたのしんどいような、そんな、ちょっと甘めの章だったような気もします。
そういえば病毒の王ってR15だったなと思い出したり。
6章は……そういえば病毒の王ってR15だったなと思い出したり。(違う意味で)
とはいえ、規約上そうしているだけで、全年齢向けのつもりではいるのですが。
基本的には、頑張る可愛い女の子が出て来て、少し甘めで、ほんのりダークぐらいのお話が好きです。
さらに可愛い女の子が他にもいると素敵ですね。
目標があると、なおよいかもしれません。
……本作はそれらの条件を満たしているはずなのですが、「ほんのりダーク(人類絶滅)」とか「目標(人類絶滅)」あたりに判定のガバガ……広さを感じないではありません。
今後の更新の予定に関して。
5章完結を機に少しの間更新を停止します。
2020年の吉日より更新再開します。6月中を目指していますがはっきりした事は言えません。
6章開始前に番外編の投稿を予定して……いるような、いないような。
この更新予定、章を追うごとに、どんどんあやふやさが上がっている気がするのは気のせいでしょうか。
引き続きうちの子達をよろしくお願いします。




