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病毒の王  作者: 水木あおい
1章
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ガナルカン砦攻略戦と呼ばれたもの


 ここ三日ほど、リズとベッドを共にしている。


 色っぽい話なら幸せだったのだが、そういう話ではない。


 獣人軍駐屯地に『お招き』いただいた夜に誘ってみたら、「添い寝だけですよ」とは言われたものの、素直に受け入れてくれた。

 好感度が上がっているからだといいな。


 今日も、明かりを消して、リズとベッドに潜り込む。


「でもなんか、懐かしいね」


「何がですか?」


 隣に寝転がったリズが、私に視線を向けるのが気配で分かった。



「頻繁に殺されそうになるのってさ」



「……それ、懐かしいって言葉使うのには不適切だと思うんですよ」


 リズが正しい。

 けれど、私も間違っていない。


「過ぎ去った思い出は、何もかも懐かしいものだよ。それに、私が殺されそうになった時は、その度にリズが頑張ってくれたからね」

「えへへ……」


 ほとんど真っ暗だが、リズが頬を緩めているのは間違いない。


 暗闇の中そっと手を伸ばして探ると、リズが捕まえて、指を絡めてくれた。


「……でもマスター。私、今回は、本当に怖かったんです」

「リズが? どうして?」



「……あなたを、失うと思いました」



「……大丈夫だよ。いつも、殺されるかもしれないって思ってるけど……いつ死んでもいいとは、思ってないから」


 私には、殺されるだけの理由がある。

 多分、正当な理由と呼ぶに足るものも、沢山。


「私は、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"としての全てで、生き残ってみせるよ」


 けれど、それは私が大人しく死んでやる理由には、何一つ足りないのだ。


「……くれぐれも頼みますね」



「ところで、さっきのって告白?」



 握っていた手が、ぺっ、と放される。


「勘違いしないでくれますか。というか女同士なの忘れてやしませんか」

「忘れてないよ?」


「じゃあ、ふざけるのやめて下さい」

「私は、ふざけてないよ。――この世界に来てから、一度も」


 リズが呆れ顔になった……かは私からはよく見えないが、そんな気配がした。

 ダークエルフであるリズは、この暗さでも私がどんな表情をしているかまで分かるはずなので、精一杯、真面目にしている。


「その言葉自体が既にふざけ――……」


 途中で、言葉が止まった。


「どうかした?」


「……今まで、どこまで知っていいのかと、思っていたのですが」

「うん」



「マスターはこの世界に来た時、どんな風だったんですか?」



「……どんな風? だいたいリズが知ってる通りだけど?」


「私が知らない時間、ありますよね」


 リズが知らない時間。


「……あったっけ?」


 私は、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"。


 私がいつも名乗っている名前は、リズがくれた。

 私がいつも着ている服は、リズが作ってくれた。

 私がいつも最高幹部として振る舞う隣には、リズがいる。



「マスターがこの世界に来てから……私に会うまでのことです」



「話したような気もするけど」

「ふざけながら、でしたよね」


 ふざけた覚えはない。

 しかし、少しばかり内容をぼかして脚色した覚えはあった。


「リズが知ってる事は?」



「マスターが、ガナルカン砦攻略戦において多大な戦果を上げたという事。それによって魔王陛下に謁見する機会を得て、その場での提言から取り立てられ……後に、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の名前と、最高幹部の地位を授かった事……です」



 それが、私のプロフィール。

 リズは『必要』なことは、全部知っている。


「謁見の中身は?」


「知りません。ご存知の通り、謁見までの監視と護衛を務めさせていただきましたが……謁見の場では陛下の護衛担当がその任に就いておりましたので」


 ふむ。

 そういえば、私がこの世界に来てどんなことをしたのかを、リズと真面目に話す機会は、なかった気もする。


 あまり思い出したくない記憶だったというのもある。


 けれど、さっき彼女に言ったように、全ては過ぎ去った過去。

 たった一年と少しだというのに、今はもう、懐かしさすら感じる。



「……マスター、結局ガナルカン砦で何をしたんですか?」



「ちゃんと話すと、長くなるかもよ?」

「長くなっても、いいです。……マスターの口から、聞きたいです」


 真剣な、リズの声。

 ベッドの中でその声を聞いていると、私も彼女に聞いてもらいたくなった。


「そっか。じゃあ、そうだね……何から話そうか……」


 私は、この世界に初めて来た日の事を、改めて懐かしく思い返していた。


 どうせしばらく眠らないのだから、とベッドサイドのランプを点ける。そのまま光量を絞った。

 魔力灯自体は一般にも普及しているが、ランプシェードの装飾といい、光量調整機能といい、『光ムラ』のない柔らかな明るさといい、高級品だ。

 昔の私には、思い描けなかった未来が、今ここにある。


 真剣な瞳で私を見つめるリズの顔を見た後、天蓋ベッドの天井に視線をやった。



「――私は、城壁の上にいた」



 私は、あの戦場にいた。

 建国以来、唯一魔族が攻撃側に回った攻城戦。



 ガナルカン砦攻略戦。



 ランク王国を中心に、帝国と神聖王国、三大国の戦力が投入された、国境付近に築かれた大規模な砦。


 それは、リストレア魔王国の喉元に突きつけられた刃だった。


 幻影魔法を駆使して建設が秘匿され、魔族からすれば一夜にして築かれた砦。

 絶対に、攻め落とさなければならない。


 本国攻めの橋頭堡となり得るそんな砦を、放置は出来ない。


 けれど、魔族が今まで四百年の長きに渡り国境防衛を果たしてきたのは、それが防衛戦であったからだ。

 ゆえに、人間は同じ事をしようと考えた。


 攻めてくればこれを討ち取り、出血を強いる。


 放置されれば、そこを起点にリストレア魔王国に攻め込む準備を、着々と続けるだけ。


 現状維持を望む派閥からすれば扱いに困る、戦争を望む派閥をまとめてぶつけ、相手の血を流しつつ、維持するだけで予算を喰う軍隊を適度に縮小する。


 ……という冷徹な計算すら込みにすれば、一石二鳥どころか一石三鳥の『素晴らしい作戦』だった。



 勝利でさえ、きっと勝利とは呼べない。



 それでも、その脅威を放置すれば、国境防衛さえ果たせなくなる。


 リストレア魔王国は、攻城戦に適した戦力を選抜。"第五軍"に属する魔法使いである悪魔(デーモン)と、"第二軍"暗黒騎士団の連携によるガナルカン砦攻略を決定した。


 総指揮は、リストレア魔王国、魔王軍最高幹部、"第二軍"暗黒騎士団の騎士団長、"血騎士(ブラッドナイト)"、ブリングジット・フィニス。



 私は、その場に召喚された。



 私を召喚したのは、リストレア魔王国――魔族の人達『ではない』。

 同じ人間に、召喚されたのだ。


 どうして私が召喚されたのかは、今でも分からない。

 きっと、誰だってよかったのだろう。


 だって、私をこの世界に喚び出した人達は、召喚に精度なんて求めなかった。



 『魔力袋』として、攻撃魔法と防御魔法の、燃料タンクとして人間を使うという目的だったのだから。



 それなりの魔力量があれば、誰だってよかった。

 自分達でなければ、誰だってよかったのだ。


 そもそも、この世界に召喚されたのは私だけではない。

 他にも沢山の人達がいた。


 全ては後に知った事になるが、それは現場の独断ではなかった。

 対魔族同盟の円卓会議によって認可された上で行われた、正規の作戦だった。



 少ない犠牲で、勝つために。



 私は、その人達が何と戦っているのかなんて、知らなかった。


 ただ、会社帰りのスーツ姿のまま魔法陣に投げ出されて。

 精神魔法を掛けられて、後ろ手に縛られて。

 食事は口の中に薄いスープを流し込まれるだけ。


 しかし、精神魔法を掛けられていたせいで、ぼんやりとした記憶しかない。

 多分、それは幸いな事だろう。

 もしかしたら、私自身の防衛本能という可能性もある。


 召喚の儀式は、適当を極めた。

 多少は、魔法を知識として理解した今なら分かる。

 喚び出す相手もはっきりしないままの『召喚魔法』など、失敗しない方がどうかしている。


 いや、『失敗』はなかった。


 召喚魔法における失敗は、大きく分けて二つ。

 召喚陣の暴走によって、術者の死亡を含む何らかの損害が発生する場合。

 そして、目当てのものではなく、他のものを喚び出してしまう場合。


 だから、後者の意味での失敗はなかった。


 目当てなど、何もなかった。

 ただ、人間でさえあれば、それでよかった。

 いや、人間ですらなくても、魔力さえあれば、それでよかったのかもしれない。



 魔力を搾り取れるなら、なんでもよかった。



 それは、漁業に例えるなら、適当に網を張ってどんな魚でもいいから捕まえるような、資源保護の観点から見ると到底推奨されないやり方。

 適当ってレベルじゃねーぞ。


 ほんの少しでも『人権』や『倫理』という言葉を適用するなら、人間に対してやってはいけなかった事。

 それを、したのだ。


 召喚魔法は、発展途上の魔法だ。


 私を召喚するのに使われた術式も、喚び出されるのが人間らしいという事以外、それが『どこ』から喚び出されているのかすら分からない、欠陥品だった。 


 ただ、少なくとも、それは自国民ではなかった。

 同盟国の人間でもなかった。



 ゆえに、それは実行に移された。



 召喚は、召喚される側にとってかなりの負担だ。

 記憶は混乱し、意識は朦朧とする。

 その状態で精神魔法を掛けられて、抵抗出来た人間はいないと聞く。


 そして、人間を魔力袋として見るならば、魔法使いの質で勝る魔族相手に、『量』で対抗出来る。



 だから私は、城壁の上にいた。



 あの日、曇天の寒空の下で。

 染めてもいない、質の悪い白のボロ布に、粗い縫製。服とも呼べない粗末な服を着た情けない姿……人間としての尊厳を剥ぎ取られた姿で。


 他の何十、何百という人達と一緒に、城壁の上まで引きずり出されたのだ。


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― 新着の感想 ―
うーんこれは主人公が人類絶滅決意するのが妥当な所業
[良い点] リズのためらい、意図的に語られなかった情報に踏み込む怖れ。でも聞きたくなったんですね。 [気になる点] 魔王陛下の決断が謎すぎる。 [一言] マスターが人をモノとして扱うことを嫌う原因。
[一言] ぶっちゃけ異世界召喚物は元々居た世界からしたら片道切符の拉致監禁なわけで、それを良しとする異世界なら従う必要は皆無なわけですよね(笑)寧ろ力があるなら反逆するのが普通よね(笑)
2020/07/06 16:48 退会済み
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