異世界における手相の使い方
リズがデートしてくれる事は決まり、そのための服をエリシャさんに作ってもらう手筈は整えたが、注文してすぐ出来るはずもないし、何よりまだリズの休暇の日程が決まっていない。
いきなり「今日休ませて下さい」と言われるのは、体調不良か身内の不幸以外では勘弁願いたい案件だ。私は自称常識人なので、そういった所をおろそかにするつもりはない。
なのでそれはそれとして、私はリズに声をかけた。
「リズ。これから休憩時間だよね?」
「はい。そうなっています」
副官であるリズに休暇がないブラックな労働環境だという事が最近判明した。
……そういえば、サマルカンドを筆頭に、レベッカやハーケンにも休暇らしい休暇がない。
考えてみれば、私も『休暇』と言ってお休みを取った覚えがなかった。
それでもさすがに、休憩時間ぐらいはあるのだ。
場所を談話室に移し、ソファーに並んで腰掛けてのんびりしながら、私はリズに話を振った。
「リズ。私の故郷には『手相』ってものがあってね」
「いつもの事ですが唐突ですね。それで『てそう』とはどういうものなんですか?」
「占いの一種なんだけど、手のひらの線の事を手相っていうんだ。そこに、その人の健康や運勢、そして未来に至るまでの色んな事が現れるっていう思想……かな」
「……はあ」
「実際、信じるかはその人次第ってぐらいなんだけど……ちょっと手、見せてくれない?」
「まあいいですよ。見るだけなんですよね」
「見て触るだけだよ」
「それ、『だけ』って言いませんよ」
と言いながらも手のひらを上に向けた手を差し出してくれるリズ。
その手をそっと包み込むように取ると、手相の一本一本を人差し指で撫でる。
しばらくそうしていると、リズが口を開いた。
「……で、どうなんです? 私の『手相』は」
「え、なにが?」
私は、わざとらしく首を傾げて見せた。
「なにがって……今、手相を見てくれていたんですよね?」
「うん、見てたよ」
「占いの一種なんですよね」
「占いの一種だよ」
「どうして見て分からないんです?」
「私に、手相の知識がないからかなあ」
リズが怪訝そうな表情になる。
「……あの、マスター? 言っている事がよく分からないのですが。じゃあなんのために手相を見ていたんですか?」
「リズ。私は、リズの手に触れているね」
「ええ、まあ」
「私が手相を見るって言ったら、リズはそれほど躊躇せずに手を見せて、触らせてくれたね」
「そうですね」
「私の世界では、結構手相って人気でね」
「はい」
「『手相を見てあげる』っていうのは、異性の手に触れる口実としてよく使われるテクニックなんだ」
「正直な所だけ評価します」
ぺっ、とリズが私の手を払いのけた。
「でもリズの手って可愛いね。しなやかで柔らかくて……私の手と比べると、濃い褐色の肌が健康的で……ずっと触っていたいぐらいだよ」
「ご、誤魔化されませんよ」
リズが、自分の右手を胸の前で、左手でかばうように隠す。
「本心だよ」
「…………」
黙り込むリズの頬が薄っすらと赤いのには触れずに、私は話を続けた。
「でもリズの手、たことかないんだね。ナイフだことかあるかと思った」
「あれは、余計な力が入っているという証拠ですから。習いたてならいざ知らず、私ほどになれば手にたこが出来る事などあり得ません」
「さすがリズ」
手を伸ばして、もう一度彼女の手を取ると、両手で包み込むようにした。
壊れ物を扱うようにそっと力を入れて、けれど離さないようにぎゅっとする。
「……マスター、これは?」
「触りたくなったから」
「誤魔化す気ゼロですね」
冷めた目のリズ。
しかし今度は『ぺっ』とされない。
「……何やってるんだ?」
そこにやってきた、飛んで火に入る夏のレベッカ。
「レベッカ。私の故郷には『手相』って言葉があってね」
「手のひらの線で占う手法の一つらしいですが、一部では異性の手を握る口実に使われるらしいですよ」
先回りしてネタバレされた。
「同性の手を握る口実に転用するとは、さすが"病毒の王"様。本当に手段を選ばないな」
そしてふと遠い目をするレベッカ。
「まあ……どこも同じようなものだな。リストレアでも『手、怪我してない?』などと心配しているように見せかけて、手を握って好感度を稼ぐという手段が、練兵場では時折見られたものだ」
「待って下さいレベッカ。なんですそれ。本当にリストレアの話ですか?」
「本当にリストレアの話だよ。男女がいれば、そういう事になるのは当然と言えば当然だな」
「全く、そんな不純な気持ちで何しに軍に入ったっていうんだろうね」
なんて事を言いつつ、リズの手をしっかり握りしめたままの私。
「我らがマスターは、現在不純な気持ちで魔王軍最高幹部を務めていらっしゃるようですが?」
「女同士だから問題ありません」
「え?」
「女同士だから問題ありません」
戸惑い顔で聞き返すリズに、繰り返した。
大切な事なので二度言いました、というやつだ。
「れ、レベッカ?」
「悪魔もそうだが、不死生物は、子供出来ないしな……。だがそれでも……いや、それだからこそ、本人同士が好き合っているなら……まあ、問題はない」
そういえば、"第一軍"で副官を務めているクラドさんも、同じような事を言っていた。
「え、いや、でも、その……」
「あまり深く考えるな。色恋沙汰に正解はないし、感情を理屈で割り切ろうとしても、辛いだけだぞ」
ものすごく大人な事を言うレベッカ。
いや、実際大人な事は知っているのだけど。
「女同士で子供って、やっぱり出来ないもん?」
「それは諦めろ」
「レベッカ。養子になる気とかない?」
「それも諦めろ」
「あえて義理の妹になる気はない?」
「だから諦めろ」
今、一つの未来予想図が潰えた。
「ところでマスター、いつまで手を握っているんですか?」
「私はずっとこうしていたいぐらいだけど?」
「…………」
言葉を探して視線をさ迷わせ、黙り込んだリズが、しばらくして「夕食の準備がありますからこれで」と言い出すその時まで、私はリズの手を握っていた。




