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病毒の王  作者: 水木あおい
1章
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獣人軍からの帰り道


 帰りの馬車で、しばらく私達は無言だった。

 そしてある程度獣人軍駐屯地から離れた所で、私は大きく息をつく。


「――いや、まさかね。友軍にあんなストレートに殺されかけるとは。獣人軍の人達はホットだねえ」


「ええまあ……まさかあそこまでストレートに罠だとは思いませんでした。ラトゥース様が理性的だったのは幸いです」


「さすがに最高幹部暗殺に最高幹部がはっきり分かるように関わってたら……内乱だね、うん」


「全くです。危なすぎて、これ歴史に残せませんよ……」

「むしろ今までの"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の仕事に、残せる部分あったの?」


「それなりに、王城に記録はありますよ。見る歴史家がいるか、知りませんけどね」

「いるといいねえ」


 本当に。

 この人達が、歴史を綴る側であってほしい。



「……さて、マスター、言いたい事が沢山あります」



 いつになく真面目なトーン。

 間違いなく、お説教の時の声色だ。

 思わず背筋が伸びる。


「まずは説得が成功して喜ばしい事です! でも、『自分の代わりがいる』なんて思っちゃいませんか!?」


「いないの?」


「いませんよ!」


 叫んだリズが、視線を落とした。


「……アサシンの私ですら。感情を出さず、命令を受けて人を殺す訓練をした私ですら、そら恐ろしくなります」


 呟くように彼女は続けた。


「一人や二人じゃない。十や二十でもない。百や千ですらない……」


 彼女の言葉に見え隠れするのは……恐怖の色。


「それだけの数の……『非戦闘員』を、可能な限り効率的に、効果的に、殺せって、命令されるのは……ぞっとします」


「……リズ」


 けれど、顔を上げて、私と視線をしっかりと合わせる彼女の目に、私への嫌悪感はない。


「――それでも。私達は、あなたの事を信じています。素顔を見せて、自分が人間だと宣言して、それでもこの国のために、人間を絶滅させると宣言されたあなたの事を、です」


 声にも、恐怖の色はもうない。


「私達部下の事を考えて、安全を優先して、その上で敵に対してだけ非道な、あなたの事を、信じています」


 リズの言葉に、私は頬を緩めた。

 本当に、そう思ってくれているのならば、私がこの名前を名乗った意味もあるというものだ。 


「暗殺班だけじゃないです。擬態扇動班の皆もです。……ドッペルゲンガーは、この国で地位の高い種族ではありません。親の種族を受け継がない、例外的な希少種族です。魔力に劣り、素の身体能力で劣ります。口さがない連中は、劣等種族とさげすむ事もあるぐらいです。暗殺班の中核を成すレイスもスケルトンも、まともな権利すら認められない事も多い不死生物(アンデッド)ですから……」


「そんな馬鹿には言わせておけばいい。私は、部下のドッペルゲンガー皆に全幅の信頼を置いている。ドッペルゲンガーからなる擬態扇動班と、アンデッドを中心とした暗殺班、それなくしてこの戦争には勝てない」


 私が陛下に望んだ二つの戦力が、それだ。


 ドッペルゲンガーによる擬態扇動班。

 アンデッドを中心とした暗殺班。


 確かな情報だけが、恐怖を軽減してくれる。

 安全だという確信だけが、知性を保証する。


 私の持つ二つの戦力が噛み合った時、恐怖は際限のないものとなり、安全はただの夢物語となる。


「……そんな風に強い言葉で語ってくれて、優しい言葉でねぎらってくれるような……そんな、あなたの代わりになるような指揮官など、この国にはいません」


「……陛下が、いる。私の意志は、誰かが受け継ぐ」


「本当の意味で"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の仕事を受け継げる人なんて、誰もいません。……だいたい、誰もやりたがりませんよ、こんなお仕事」


「まあ、確かに陰惨なお仕事だね」


 うんうんと頷く。

 私もやりたいかやりたくないか、で言えばやりたくない。

 多分、大体の人がそう答えるだろう。


「でも、私は信じてるよ。私達は勝つ。私が死んでも、誰かが"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の名を受け継ぐから」


「……なんで、そんな事を信じられるんですか」


「君達がいるからだよ」


 手を伸ばして、リズの髪をそっと撫でた。


「私の、可愛い部下達。私より私の仕事を理解して、実行する君達こそが、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"そのものなんだ」


 この名前は、ただの幻。


 人間に与えた恐怖の総称であり、私に部下がいて、その部下達こそが真の脅威なのだという単純な事実を覆い隠すための名前だ。


「その時はよろしくね、リズ」


 髪を撫でた手を滑らせて、彼女の頬にそっと手のひらを当てる。


「……よろしくされませんからね」


 私の手首を掴んで、引き剥がすリズ。


「精々長生きして下さい!」


「……うん」


 頷いた。



「サマルカンドも、心配かけたね」


 御者台のサマルカンドにも声をかける。


「……はい。心配いたしました」


「そういえば『血の契約』ってどうなってるの? もしかして私が死んだら、サマルカンドも死んだりする……?」


「そのような事はございません。あくまでも主人は従者への絶対的な命令権を持つというだけです。加えて、従者は主人の安全を図る義務も生じます。……ですから、この度の事は、全身を苦痛が苛むような事でありました」


「あ……それはごめん」


「いいえ。我ら二人が戦えば、あの場の三十人は死んだでしょう。……そして我ら三人は、間違いなくその中にいた。しかし今、私達は三人とも生きている。我が主は正しい事をなされました」


「そう言ってくれると嬉しいよ、サマルカンド」


 ちょいちょい綱渡りをしている気分だったが、渡り切れたなら幸いだ。


「でも、なんで、『血の契約』なんてしたの? 呪いにしか聞こえないんだけど」


「はい、呪いの一種ですが?」


「え」


「我が体に血が流れる限り、支配より逃れる事の叶わぬ呪法。代償があるゆえに、身体能力の向上など多少の恩恵もございますが……間違いなく呪いですな」


「じゃあますますなんで?」



「ただの、我が儘です」



「……そうなの?」


「はい。この方を主としたい。そして誰の目にも分かるように、自分の全てを委ねたいという……ただの、わたくしめの我が儘でございます、我が尊きお方」


「…………そうか」


 コメントに困る。

 嬉しいような、恥ずかしいような、とても恥ずかしいような……。


「私は、我が主のためならば死をも厭いませぬ。もう、死より重いものを知ったのだから」


「死んで幸せになるなんて思うなよ」


「どういう事でございましょう?」


「生きている方が、楽しいって事だよ」


 この黒山羊さんは、悪魔(デーモン)だ。それも上位の。

 人間とは、違う。

 けれど、この世界に生まれたからには、それだけは違いないのだ。

 そうでなくては、いけない。



「私に仕える時間は、長い方がいいだろう?」



 だから、少しぐらい恥ずかしいセリフも、言ってあげたい気分になるのだ。


「有り難きお言葉……」


 それきり言葉が途絶えるのだが、また泣いてないだろうな。


「それに私は、この世界でなるべく面白おかしく生きると決めている。上官の方針は、部下のお前にも見習ってもらわないとな」


「マスター、その方針初耳なんですけど」

 黙っていたリズが口を挟む。


「そうか? ――では覚えておけ。それが"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の行動理念だ」


「真面目な口調で言えば誤魔化されると思ってませんか?」

「実はちょっと思ってる」


「我が主のお言葉であれば、いかなるものにも頷きましょう」


 サマルカンドは、これを本気で言っているのが少し困るところだ。

 つい、何か変な事を命じてみたい気分がむらむらと。


 まあ、それはいつかの楽しみに取っておく事にして。


「遺言じゃないけど、私に何かあったら、リズと、他の部下を頼むね」


「……はい。ですが、ご自愛下さいませ」


「まあそこはなるべく頑張る」

「もう少しきちんと頑張って下さいますか」


 リズがじっとりとした視線を向けてくる。


「でも、ほら。今日も口先だけで頑張ったよ?」


「言い方が悪いですよ……。そこは誠意を尽くしたって言いましょう」


 私は、座席の背もたれに背を預けた。

 そして顎を手の甲にのせて、窓の外の森を見る。


「それも言い方が悪い気がしてならないんだけどね……」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 地球じゃ良くあったことを誰もやりたがらないとても残虐な事と認識していることが、人間よりも上等な倫理観を持っているという人との対比をよく表している。 [気になる点] ラトゥースがタイミングよ…
[良い点] 『自分の代わりがいる』と考えるマスターと認めないリズ。 マスターは病毒の王を演じているからこそ、代役可能と考え、見てきたリズにはマスター以外の配役は考えられない。 >誰もやりたがりません…
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