リズ成分の補給
一ヶ月近くが経ったところで、リズが帰宅した。
季節はもう、暦の上では初夏だ。
「はーい、ただいま帰りましたよー……ってうわ」
彼女の姿を見た途端に飛びついて、思いきりぎゅーっと抱きしめる。
ぽんぽん、と軽く背中を叩きながら、リズが私の後ろのレベッカを見た。
「何か変わった事は……あったみたいですね」
レベッカは、メイド服だ。
王城のメイドに支給される一般品だが、様々な体格に合わせられるように複数サイズがあり、特注ではなしに彼女のサイズにも対応している……が、さすがに少し対応しきれず、少し袖が余り、ロングスカート気味になっているのが可愛い。
小冠とホワイトブリムを同時に装備しているので、裏から見るとちょっとシュールだが、前から見ると、きちんとメイドさんだ。
ただし、少し大きめの制服を支給された新人メイドさん風。
「何もなかったぞ」
「え、いや。レベッカ、メイド服じゃないですか」
「何もなかった。いいな?」
「あ、はい……」
リズが気圧される。
そして私を引き剥がそうとして……失敗した。
「あの、このマスターは何をどうしたんです?」
ぎゅーっとしたままの私を引っぺがす手を止め、レベッカを見るリズ。
「あー、リズ成分が足りなかったんだろう」
「ちゃんとお仕事してたんでしょうね?」
「現地活動班からの報告の処理などは問題ない。魔力供給はちゃんとしていたぞ。訓練も自主的に……な」
「え? 訓練まで? 頑張りましたねマスター」
「レベッカがチアガールしてくれたから……」
「……あの、マスター。チアガールってあの、例のやつですか?」
「うん。元気のない私を見かねて……」
「なにレベッカの同情心に付け込んでるんですか。ちょっと感心して損しました。いい加減離れて下さい」
割と本気でぐいっと押しやられる。
素直に押しやられ、ようやくリズを抱きしめるのをやめて、彼女の顔を覗き込んだ。
「『お仕事』……上手くいった?」
「ええ、万事問題なく」
リズが、軽く頷いた。
「……犠牲がゼロとは、言いませんが。それでもごく少数です」
「……そう。でも、リズが無事でよかった……」
「敵であろうと死者を悪く言うつもりはありませんし、戦場に絶対はありません。けれど……私はリストレア魔王国のアサシンであった事を感謝しますよ」
暗殺の計画がバレている上に、活動期間も特に区切られず、補給は略奪に頼った現地調達で、越境するだけでも大変な敵国へ攻め込めと言われた暗殺者さん達には、同情の余地がある。
レベッカの言った「兵が哀れだ」という気持ちを、私も持つに至った。
厳密な計画は現地で修正され、一定期間で後方に下がれて、補給は略奪と正規の購入も交えた現地調達に加えて交代の人員も物資を持ってきてくれて、越境自体は、国境の城塞を管理している側なので凄く楽。
さらに"第六軍"の暗殺班は、死霊を中心に骸骨が少し、バーゲスト多数に、一部ダークエルフと獣人がいるという構成で、補給にもかなり余裕がある。
人間は、どんな動物でも食べられるというわけにはいかないが、不死生物にとっては生命力の多寡はあれど、どんな生き物でも『補給』の対象だ。
「……で、なんでレベッカメイド服なんですか?」
「聞くな」
「いや、そうは言っても気になりますよ。無茶な事は言われてませんよね?」
「これは……うん、あくまで自主的なものだ。本当に自主的だ」
「いつの間にそんなに仲良くなったんですか。棒読みですし、目死んでますし」
「うるさいな。まさかトランプで負けるとは思わなかったんだよ」
「……何を賭けてるんです」
リズが呆れ顔になる。
「お姉ちゃんのプライドかな? 最高幹部のプライドでもいいけど」
「え、その二つ同列ですか?」
「むしろお姉ちゃんのプライドの方が重いぐらい」
「それは、最高幹部のプライドが恐ろしく軽いんですか? 私の思うよりお姉ちゃんのプライドとやらが重いんですか?」
「後者かな。私はこの国を守る魔王軍最高幹部である事を誇りに思ってるよ」
「そのお言葉を素直に信じられたら良かったのですが」
「信じてくれてないの?」
リズがため息をつく。
「……一応は信じてます」
「嬉しいよ」
それで、十分だ。
レベッカが、ちょいと胸元のエプロンをつまんだ。
「リズが帰ってきたから、これもう脱いでもいいよな」
「あ、うん。リズが帰ってくるまでって約束だったね」
リズ成分は足りないままだったが、メイドさん成分は多少補充出来た。
レベッカに頼んだメイドらしいお仕事は、お茶を淹れるぐらいだったけど。
「……でも、もう一つだけお願いしてもいーい?」
「内容による。……で、なんだ?」
「最後にお茶、淹れてくれないかな」
「なんだ、そんな事か。それぐらいならしてやる。リズもねぎらいたいしな」
レベッカが軽く頷いた。
もう一つお願いしてみる。
「……それで、ちょっとだけリズと一緒にメイド服でいてほしいなー……とか」
レベッカの赤い瞳が細められ、じとーっとした視線で私を見る。
「私は構いませんよ。そうするなら荷物置いて、着替えてきます」
「……まあ、リズがいいならな」
そして彼女は、一つ息をついて、頷いてくれた。




