暗殺者からの手紙
「あの……マスター、お手紙が届いています」
リズが手紙を持ってくる。それ自体はいつもの事だったが、歯切れがいつになく悪かった。
「誰から?」
「近衛師団暗殺者一同……その、私の同僚、というか、先輩方から」
「――どういうご用件で?」
気を引き締めた。
彼女の先輩、となると、彼女の自称、『この国で五指に入る暗殺者』で暗に示された、『この国の暗殺者上位四名』の人達だ。
全員、二つ名すらもない、真に闇に生き、闇に死ぬ者達。
あ、いや、リズがそうじゃないって言ってるわけじゃないんだけど。
いくつかの偶然と、被害の大きさで、ちょっと二つ名、"薄暗がりの刃"が知れ渡ってしまっただけで。
ちなみに、リズを含む全員が女性らしい。
続くリズの言葉を真剣な表情で待った。
「感謝状です」
「へ?」
思わず目をぱちくりさせた。
感謝状。
感謝の気持ちを伝えるために送られる書状。
「……あの、私の知らない隠語や暗号の一種じゃないなら、私、リズの先輩さん達に感謝状貰う理由が思いつかない……んだけど?」
前回の作戦にも、監視や追加の護衛として参加したとは聞いているが、私はむしろお礼を言う側だ。
顔も合わせていないし、今回は陛下への報告も口頭で、作戦記録も残っていないから、お礼を言う機会はなかったが。
「どうぞお読み下さい」
「……うん」
リズに手渡されたお手紙を、ペーパーナイフで開封する。
"病毒の王"様。
まず、名前を名乗れぬご無礼をお許し下さい。
私達の立場はこの手紙を渡す者よりお聞き下さい。
重ね重ねのご無礼を失礼致します。
が、直接感謝のお気持ちを伝えたく、我が儘を言って手紙をしたためさせていただきました。
『あの』術式は本当に素晴らしいものです。
あらゆるものを『お仕事』に使う事が、私達の日常です。
その私達ですら思いつかなかった発想が、私達の仕事の幅を広げてくれました。
とても静かにお仕事が出来ます。
それに、とても楽なのです。こんなに簡単でいいのかと思うぐらいに。
同僚も、とても便利だと言っておりました。
この手紙だけでは何の事か分からない内容で、混乱されている事かと思います。
補足は、この手紙を渡す者よりお聞き下さい。
ますますのご活躍をお祈りしております。
もう一枚ある。
これは暗号で、こっちが解読表とか?
いや、同時に入れるわけないな。
とりあえずもう一枚も見てみた。
短い手紙だった。
追伸
可愛い後輩をよろしくお願い致します。
「…………」
うん、イメージが、変わった。
すごく丁寧。
なんだこの丁寧さ。
え、アサシンさんだよね?
近衛師団の精鋭暗殺者。
真に闇に生き、闇に死ぬ者達。
いや、だからこそだろうか。
上へ登り詰めれば、相応の礼儀が要求される。
まっとうな方法でそこに至ったのならば、同僚や部下への感謝の気持ちを抱くだろう。
少しこの国の未来を明るいものに感じつつ、この手紙だけでは何を感謝されているのか全く分からない。
「リズは、中身知ってる?」
「いいえ。私は間違いなく"病毒の王"様にお渡しするように、と渡されただけです。感謝状、とだけ聞いておりますが」
「そう。じゃ、一緒に読んで」
「私が読んでよろしいのですか?」
「うん」
二枚目は、見せるなとは書いていないが、とりあえず畳み直した。
そしてもう一枚をリズに手渡す。
読み終わったリズが、納得顔になった。
「……あー……なるほど。これ、マスターの『開発』した術式が、一部で大好評なんですよ」
「私の開発した術式って何?」
確かにこの世界の魔法は『開発』される事がある。
特に付与魔術系は、対象の材質によって細かく術式を組み替えると効果が高くなる事から、新型の術式が多数生み出されていると聞く。
以前私も決闘の際に着用した吸水性抜群のおむつなども、新しい術式によって吸水率・保水力を上げた品だった。
対して攻撃魔法は、基本的な術式がシンプルかつ完璧に近く、あくまで個人用の調整に留まるのだとか。
何にせよ、魔法に関してはなんとか日常生活用魔法を使えて、仕事柄必要そうなメジャー術式の名前と用途を覚えただけの私には、縁遠い話だ。
「暗殺用術式です」
「……ますます覚えがないよ?」
「正確に申しますと『応用』と言いますか」
「だから何が?」
「『"粘体生物生成"による窒息』です」
「……ああ、あれ」
嫌な思い出だ。
少数で敵地の最奥まで乗り込んで来て、"病毒の王"を暗殺に来た人達がいた。
その中に、王宮の分析担当の魔法使いに『寿命を前借りしている』とまで言わしめた、竜の血を材料にしたポーションを飲む事で、通常では持ち得ないほどの再生能力を手に入れた騎士がいた。
それにトドメを刺したのはこの私。
"粘体生物生成"を連打してウーズを多数召喚。喉に流し込み、窒息させた。
サマルカンドが、生き返ったとはいえ一度死亡し、うちのバーゲストが一匹を残して全滅。
リズと私も負傷。
かろうじて全滅させたし、味方の死者も最終的にはいなかったが、獣人軍の軍団長にして魔王軍最高幹部、"折れ牙"のラトゥースが助けに来てくれなかったら、私達の方が全滅していた可能性もある。
あの事件を受けて、レベッカとハーケンが戦力増強に派遣されたのだ。
「……"粘体生物生成"を窒息させるのに使うって、そんなに好評なの?」
恐る恐る聞く。
「ええ、それはもう。背後からするりと拘束して喉に流し込む。瞬間的に息が止まりますし、喉も塞がれてますから声もほとんど出ません。リタル山脈でマスターを狙った"福音騎士団"の神聖騎士を一人仕留めたの、覚えてます?」
「覚えてる」
同じく"竜の血"ポーションを飲んでいたが、リズに背後からウーズを呑まされてそのまま窒息死させられている。
確かに、人類の最高戦力の一翼を担うとは思えないほどに、あっけなく沈んだものだ。
私に一矢報いようとしたところを、背後からリズに不意打ちされては、実力を発揮出来なかったろうが。
リズの本質は暗殺者であり、死角からの奇襲こそが彼女の本領を発揮出来る戦い方だと、よく分かる。
「でも、あんな再生能力持ちは、普通いないよね」
「はい。でも、それ以外にも便利な点がありまして。この魔法で召喚したウーズって、一定時間で消えるんですよ。召喚生物ですから」
「うん、そうだね」
「証拠が残らないんです」
名探偵はおりませんか。
お客様の中に名探偵はおりませんか!
思わず錯乱したキャビンアテンダントになってしまった。
まあミステリーに魔法を使うのは反則だが。
それこそなんでもありになってしまう。
名探偵が、推理シーンで「みなさん。『新しい暗殺用術式』が使われたのです」とか言い出すミステリーは読みたくない。
……いや、ちょっと読みたいかも?
ミステリー『風』シュール系ギャグ小説として、だとは思うが。
「それは怖いね……」
「ええ。ただ護衛をかいくぐって殺せばいいなら、私も先輩方も簡単ですけど」
「ちょっと待って。簡単なの?」
手を挙げてリズの話を遮った。
「強攻して、ただ殺すだけでいいなら、簡単ですよ。こう見えても私達は優秀ですから」
さらりと言うリズ。
怖い。
「……とはいえ、生きて帰りたければ見張りに見つからないに越した事はありませんし、証拠を残していいなら、そもそも暗殺の必要性も薄いのですが」
「それはそうだよね」
「はい。それで、適切に使えば、ただの窒息死ですし、濡れた痕跡も残りませんし、魔力反応も最低限で済みます。今まではこう、いい感じのツボを突いたり、脊髄に細い針を突き刺したり、丁寧に下準備して事故に見せかけていたんですが、大抵のケースでこれを使えば良くなったので」
うーん。暗殺拳。
「もちろん魔法使用なしの任務とか、分かりやすい事故死が必要な場合とか……今までの技術も勿論大事ですし、何よりあまりに『原因不明だが全く証拠がないので多分自然死』が続くのもおかしいですから、運用は慎重にならなくてはいけないんですけど……強攻する時も、見張りを無音で処理するとか出来ますしね」
「はあ……」
そこでふと思いついて尋ねてみる。
「ところで即死魔法は?」
あれこそ暗殺に向いた魔法ではないのだろうか。
「あれって、心臓が潰れるから痕跡がばっちり残るんですよね。恐怖で顔が歪みますし。後、実は寝ている相手には効きが悪いんですよ。精神干渉系なので」
「へえ……」
知らなかったし、別に知らなくてもよかったような豆知識が頭に入る。
「強攻した場合、殺すまではやってみせますが、離脱出来るかはその時次第ですし、一人や二人殺したところで、大局は変わりませんけどね……」
この世界には、英雄がいて、王がいる。
歴史に記されるほどの彼らでさえ、本当に一人で歴史の流れを変える事は、出来ないのだ。
私が歴史に記される時、多分"病毒の王"の名前は、記録を抹消されなければ、様々な所に顔を出すだろう。
けれど、リズの名前が同時に語られる事は、まずないだろう。
私一人では何も出来なくても、全ては私の名前で語られる。
……『英雄』というのは、そういうものだ。
私の場合は、そういう風に宣伝しているので、当然なのだけど。
「……早く、暗殺者の要らない世界に、なればよいのですが」
「うん。"病毒の王"が要らない世界も……ね」
二人して顔を見合わせて、力なく笑い合う。
リズも私も、分かっているのだ。
それがまだ、夢物語でしかないという事ぐらい。




