特殊な設定に基づく特殊な任務
私は、レベッカ一人を自室へ呼んだ。
執務机を挟んで対面する。
「レベッカ。先日の『優勝賞品』を、受け取ってもらう時が来た」
「ああ……魔王軍最高幹部の貴重極まるお時間を、一日割いて下さるとかいうお優しいマスター様のご厚情だな」
呆れ顔のレベッカ。
彼女は、遠慮のない物言いや毒舌を私に対して叩き付ける事が多いが、本来は規律を重んじ、礼儀を守る模範的な軍人であり、敬語も使いこなしている。
敬語と褒め言葉を、これほどの心ない攻撃手段に使えるとはさすがレベッカだ。
普段は私が悪いので甘んじて受けるが、今日は首を横に振った。
「すまないが、任務だ」
「任務?」
「明日、私と一緒に、特殊な作戦に従事してもらう」
「分かった。それで、内容は?」
「まず、この服に着替えてね」
立ち上がって机を回り込んでレベッカの前に立つと、用意していた物を手渡す。
「ふむ。この前作ってもらったやつだな」
レベッカが、畳まれた状態の服を受け取った。
広げて当てると、首を傾げる。
「……なんだこの服? いや、普通と言えば普通だが」
今も彼女が着ている、黒くてゴシックでフリフリの恰好とは実に対照的な、白いブラウスにスカートだ。
「これも」
さらに、円筒形の帽子入れから取り出した、青いリボンの巻かれた白いつば広帽を差し出す。
「どこかのお嬢様といった風情だが……? これ、本当に注文通りなのか?」
「間違いなく注文通りだよ。エリシャさんは、私の要望を取り入れて、より良い物にしてくれた」
「分かった。それでは、作戦の概要を聞かせて頂きたい」
レベッカが頷き、服を軽く畳む。
「作戦に際し、今から言う設定を覚えてもらう」
「ふむ」
「私はレベッカの姉だ」
「……ほう」
レベッカが目を細める。
「レベッカは私の事を大好きな妹」
「なるほどよく分かった。私は実験室に下がらせてもらう」
素っ気なく言い捨てたレベッカに、私はまた首を横に振った。
「レベッカ、君は分かっていない。これは重要な任務だ」
「……そうは聞こえなかったが?」
「いいや。君と私の二人のみで、この安全な屋敷……張り巡らされた警戒網の外へ出るという、危険な任務だ」
「何のための増強された戦力だ? ――それに何の意味が?」
「既に明日の外出予定は陛下にお伝えしてある。しかるべき権限があれば、アクセス出来る情報だ」
とん、と指で机を叩いた。
そして笑う。
「――王都に潜む、リストレアに仇為す敵を、狩り出す」
私は、"病毒の王"。
内外に敵の多い……『囮役』。
それを知らず、あつらえられた状況にも気付かない程度の、しかし動くまでは潰せないような『敵対勢力』を潰すために、私はここにいる。
今はそれがメインでなくなったとはいえ、これもまた"病毒の王"の名に与えられた役割の一つ。
「王城に呼ばれた際、陛下に仰せつかった任務の話は、覚えてるね?」
「ああ。……ウェンフィールド家が、出てくると?」
場合によっては、敵はウェンフィールド家。
暗黒騎士団の暗黒騎士三割の実権を掌握する家と、事を構える事になるかもしれないのだ。
「それは、分からない。けれど……その覚悟が必要だろう」
反"病毒の王"派にも、様々だ。
反感の度合いも違う。
その上で、完全に排除したいのか、影響力を削ぎたいのかも違う。
取る手段も、それぞれ違うのだ。
会議場で戦うのならば良い。
裏で手回しするのも、まあ内政の一種だ。
しかし、陛下に任ぜられた魔王軍最高幹部である私の命を、武力をもって狙うというのならば。
それは反逆者であり、『リストレアに仇為す敵』なのだ。
「分かった」
真面目な顔になったレベッカが、頷く。
そして首を傾げた。
「……で、その設定は本当に必要なのか?」
「主に私の精神衛生上」
「やっぱり拒否してもいいか?」
「その場合、私もこの任務拒否するけど。陛下直属の近衛師団も動いてる案件だけど、まあサボってもいいよね」
「いいわけあるか。……分かったよ」
「うん、物分かりのいい部下で助かるよ」
にこにこと笑う。
「レベッカとピクニック♪ 楽しみだなあ」
「待て。任務なんだろう?」
「任務だよ?」
「リズと行けばいいだろう……」
「――レベッカ。君は、今回の任務の重要性、そして本質を理解していない」
「何……?」
「リズは暗殺者だ。今回の任務では、彼女は影から私達を護衛する事が仕事だ。重要戦力かつ、最も油断を誘いやすい外見の君が、今回の任務には適任だ。君の経歴に敬意を払わず、あるいは外見で侮るような馬鹿をこそ、我々は排除せねばならない。それゆえの衣装と、設定となる。レベッカが下らないと思うのは、当然だな。そう思わない者を炙り出すための罠なのだから」
「見え見えの罠だと分かっていて、それでもなお暗殺に踏み切るほどに、お前を――"病毒の王"を疎んじ、排除する機会に飢えている者がいれば、どうする」
「それこそ、今、尻尾を出してもらう必要がある。そのための"病毒の王"だ」
最近、割と普通に活躍して、貢献しているのでついつい忘れがちだが。
元々"病毒の王"は、囮として与えられた名前だったのだ。
そして今も、役割に変更はない。
「――そうか」
レベッカが息をついた。
「すまない。また、任務にかこつけて私欲を満たそうとしているのかと、疑ってしまった」
私は首を横に振る。
「謝らなくていいよ。それも本当だから」
「……近衛師団も動いている、重要な任務なんだよな?」
「重要な任務だよ? でもそれとレベッカとのピクニックが楽しくないかというとまた別の話」
「ミスをしたら殺されるレベルの任務じゃないのか?」
「その辺はリズと近衛師団所属の暗殺者さん達を信用してるから」
「それはまあ……」
「バーゲストは仕込んでいくし、ハーケンも『持っていく』けど、レベッカも、いざという時はよろしくね」
「……公私混同って知ってるか」
「よく知ってるよ」
レベッカが諦め顔で、力なく呟いた。
「ならいいんだ……」




