魂の同志のいる店
私はレベッカを連れて、夜の王都を歩いていた。
彼女だけというわけではなく、反対隣にはリズがいて、後ろをサマルカンド、前をハーケンが固めている。
私はいつもの重ね着したローブと肩布姿で、杖と仮面こそ装備していないが、"病毒の王"の正装だ。
加えて、"第六軍"の序列持ち全員が周囲を固めるという豪華な布陣。
つまり遊びでは、ないのだ。
レベッカが、私を見た。
「それで? 次の作戦に必要な物資調達……としか聞いていないが」
私に代わって、リズが答える。
「……ええと、心を強く持って下さい」
「待てリズ。なんだその不安しかないアドバイスは」
「心を強く持って下さい」
同じ言葉を繰り返すリズ。
「この先に何が待ってるんだ? 敵か? ……敵なんだよな?」
「強いて言えば敵は、隣の最高幹部様だと思います」
「リズ。私は味方だよ?」
「……頼む。本当にそれが作戦に必要であり、任務だというのならば、多少のお遊びは受け入れるから、説明を頼む」
さすがレベッカ。
諦めて色々と受け入れつつも、押さえるべき所は押さえている。
「うん。でも、もうすぐ着くからそこでね。大丈夫。戦闘じゃないよ!」
「戦闘の方が楽だった気がする……」
「そりゃあそっちの方が楽かもしれないけど」
私はうんうんと頷いた。
「楽なお仕事って、中々ないもんだよ」
「実感してる……」
レベッカの言葉には、実感がたっぷり込められていた。
木製で焦げ茶の四角いドアを開けると、ちりんちりん、と可愛らしい音のドアベルが鳴った。
カウベルのような大きなものではなく、モビールに鈴が配されている。
音もうるさすぎず、お店の雰囲気も上品で、先日訪れた時、いっぺんに気に入ったのだ。
「お待ちしておりました、"病毒の王"様」
頭を下げて出迎えてくれたのは、ウェーブのかかった蜂蜜色の髪をした猫系の獣人のお姉さん。
「服屋……?」
レベッカが周囲を見渡す。
木製のトルソーに色とりどりの服が着せられ、ハンガーに掛けて下げられ、畳まれて積まれているそこは、一言で言えば服屋だったし、それ以上でもそれ以下でもない。
強いて言えば、アクセサリーなども少しだけ売っている。
ちなみに今は時間が遅いので閉まっているが、お隣は靴屋さんで、服に合わせたり、靴に合わせたり、そういったアドバイスもしてくれるそうだ。
「営業時間後に貸し切りなんてお願いを聞いて下さって、ありがとうございます」
「いいえ! 可愛い女の子に可愛い服を着せるためですから!!」
黙っていれば、上品で清楚なお姉さん。
しかし口を開くと満面の笑顔で、アクセルを瞬間的に開けられるタイプ。
妙に親近感を抱く。
「……なあ、嫌な予感がするんだが」
「マスター由来なら諦めて下さい。そうでないなら、追加で報告を」
レベッカが諦めたようにため息をつく。
「……マスター由来だな」
二人をよそに、私達は話が弾んでいた。
「でも、やはり"病毒の王"様のお召し物は芸術ですよ」
「ですよね。この、副官のリズが作ってくれたんですよ」
「レベルの高い魔力布もさる事ながら、干渉しないよう防御魔法を多層展開する護符……これはもう愛ですね!」
「え? あ、愛?」
「魔力の織りから、着用者を守るという作り手の意志が伝わってくるようですよ。護符も、魔封じの小瓶に高濃度魔力処理された砂に、本来魔法と相性最悪の鉛に刻印を刻んで対魔法化させて……これ削ってますけど、リベリットグリズリーの牙ですね。ルーンの組み合わせも美しくて……うん、最高級品ですよ」
「……そうなの?」
私はリズを見た。
防御特化の品で、いい品だとは聞いていたが、具体的な素材については、リベリットグリズリーの牙しか合ってるかどうか分からない。
「ええ、まあ。防御特化の高性能すぎて、他の術式と干渉しやすいんですけど……」
「でも、"病毒の王"様は普段、直接戦闘をされるわけではないのでしょう? 着る相手の事を考える……服の基本ですよ」
彼女はうんうんと頷く。
「レベッカ、紹介するね。王都で服屋をやってるエリシャさん。今日はレベッカの服をお願いしに来たんだ」
今回貸し切りをお願いしたのは、リズとサマルカンドを伴って王都を散策している時に、エリシャさんが私の服に食いついたのが切っ掛けだ。
服屋をやってると知ってお邪魔したところ、お店の雰囲気とセンスに惚れ込み、せっかくなので作戦にかこつけて、レベッカに可愛い服を着せようと思い立った。
リズにも可愛い服を着せようと、虎視眈々と機会を窺っているのだけど、中々その機会がない。
でも、割とメイド服を気に入ってくれて……少なくとも、随分慣れてはいるようなので、急ぐ事もないかと思っている。
先日全還元していたが、本人は常時何着かストックしているので、今日もリズはメイド服だ。
リズ作の私の衣装を褒めてもらったのもさる事ながら、私がデザインした、リズのメイド服を褒められたから気を許したというのもある。
「……レベッカだ。どういう話になっているか、よく分かってないが、よろしくお願いする」
「はい! ただいまご紹介に預かりました、エリシャと申します。お噂はかねがね」
「……何を話した」
じろりと私を睨むレベッカ。
その表情も大好物だけど。
「変な事は話してない……というより、レベッカの名前は出してないよ」
「はい、『外見年齢十三歳ぐらいの、白い肌をしたエルフ耳の可愛い女の子に可愛い服を着せたくはありませんか?』とだけ聞いております。もしかしてレベッカ・スタグネット様ではないかとは思いましたが……」
レベッカが額に手を当てる。
「他にいる気がしない……」
エルフはもう、滅びた種族だ。
物質幽霊であるレベッカや、死霊であるフローラさんのように、不死生物の一部がその名残を留めるのみ。
「というか何言ってるんだ」
「これ以上ないぐらいに分かりやすく説明したつもりだったけど」
「ええ、そんな事言われたら、これはもうお受けするしかないですよね」
うんうんと頷くエリシャさん。
「なんでそうなったんだ?」
レベッカの疑問にエリシャさんは、髪と同じ色合いの薄茶の瞳を瞬かせ、きょとんとした顔になる。
「可愛い女の子に可愛い服を着せる事に、理由が必要ですか?」
「『類は友を呼ぶ』って言葉、知ってます?」
「知ってる」
私はリズに頷いた。
レベッカが、私をじろりと睨む。
「……それで? 実際、ここで作ってもらう服をどんな作戦に使うつもりなんだ?」
「それは秘密」
エリシャさんが手帳を出してさらさらと描くデザインを元にして、詳細を詰めていく。
「本人はブロマイドより可愛いですね。では前話した感じで、こう……こんな感じで……」
「ええ、そんな感じで……」
私の言う事を、エリシャさんは私以上に理解して、形にしてくれる。
生きてきた世界が違うのに、打てば響くとはこの事だ。
きっと世界を超えて、共通するものが、ある。
私とエリシャさんの、高度な専門用語を交えた高レベルな相談は、実にスムーズに進んだ。
「妹系で……」
「お嬢様っぽく……」
「色は白……」
「間違いない……」
「小冠は隠す感じで……」
「じゃあこれを……」
「さすが。ならリボンは必須……」
「必須すぎる……」
「ひまわり畑……」
「見える……尊い……」
「リズ。なんか嫌な予感が」
「心を強く持って下さい」
レベッカにリズが、優しく、しかし断固とした口調で言う。
「我が主のする事に間違いはございませぬ」
「可愛らしい服を着せられるだけであろうよ。我らが主の事、間違いなく作戦に必須レベルで組み込み、有無を言わさぬであろうから、諦められるがよろしい」
今まで口を挟まずに静観していたサマルカンドとハーケンの言葉に、レベッカは反論した。
「諦めたら心が死ぬ」
「心を強く持たれますよう」
「心を強く持たれるがよい」
「心を強く持って下さい」
うちの部下達は、仲がいい。




