ただの余興、あるいはプライドを賭けたレクリエーション:1回戦
「誰が一番強いか? ……"第六軍"の序列持ちの中で、という事ならば、それは私でしょう。近衛師団所属は伊達ではありません」
とリズ。
「腕相撲で、魔法による身体強化ありだろう? すまないが、私も負ける気はしないな」
とレベッカ。
そしてあくまでも穏やかに――けれどバチバチと火花が散る錯覚を覚えるほどに、怪しく微笑み合う二人。
「サマルカンド。ハーケン。面白そうだから下りといで」
屋根の上の二人を呼んだ。
数秒後、サマルカンドが窓を開けて入ってきた。
そして片膝を突いて、頭を垂れた。
「我が主の召集に応え、まかりこしました」
さらに数秒遅れて、ハーケンがやはり窓から入ってくる。
「主殿は、中々面白い方向へ突っ走っているようだな」
聞こえていたらしい。
ならば説明は不要だ。
「よし。お前達も参加しろ。トーナメントだ。順番は私の独断と偏見で決めよう。そうだな……まずはリズとハーケン。その後レベッカとサマルカンドだ」
「誰であろうと粉砕するのみ。所詮は骨の身だと教えて差し上げましょう」
「ふむ。……我も参加する必要が?」
「ハーケン。次に場を盛り下げる事を言ったら、明日から畑と犬小屋のエサ皿の中が持ち場だ。覚えておけ」
「さすが主殿。血も涙もない」
からからと笑うハーケン。
「――魔法ありで、よろしいのだな?」
そしてにやりと笑った――気がする。
主に口元に燃える鬼火辺りがそんな感じ。
「攻撃魔法とか幻覚魔法とか、なしだよ?」
念のため確認する。
何しろ私には『合同訓練』という前例がある。
「身体強化系ならばよいのであろう。我は召喚生物ゆえな」
「なんでもあり……ふふ。血が騒ぎます」
しゅるりと赤いマフラーが、リズの右腕に巻きついた。
なんでもとは言っていない。
「審判。あれ、ありか?」
「面白そうだから許可します」
レベッカの問いに頷く私。
「それとレベッカ、机と床も強化しといてね」
「このメンバーが本気でやったら壊れるかもな。分かった」
「それじゃあ二人共、位置について」
「我が序列は五位なれど、すまぬが手加減はせぬ」
「手加減? それは強者にだけ許された言葉ですよ」
平和なレクリエーションとは思えない舌戦を繰り広げるハーケンとリズ。
ハーケンが、私との勝負の時には取らなかった革手袋を外し、放り捨てた。
床に落ちる前に、青い炎に飲み込まれるように消える革手袋。
そして二人が、右手を握り合った。
「では――レディー、ゴー!」
上に上げた手を――振り下ろす。
リズが速攻を仕掛けた。
ハーケンの骨の手が大きく動き、机にぶつかる――寸前で止まる。
ハーケンのチェインメイルが、消えていた。
サーコートも、左の手袋も、足下のブーツに至るまで。
いや、左腕も、あばら骨も、頭蓋骨さえ。
普段は骨の内に満ちている黒い影が全身にまとわりつくようにゆらゆらと揺れ、目と口の辺りに青い鬼火が残る。
そして右腕の骨が、ハーケンの生前の種族、ダークエルフのものとは全く違う、太く禍々しい物へと変わる。
そこにいたのはハーケンと言うよりも、一体のスケルトンの一部であり、一体の不死生物だった。
かつて見た"なれはて"を思わせるような、異形。
マフラーを巻き付けて、動作の補助をしたリズを相手に、先程まで圧倒的なパワー差で押し込まれていた状態から、ギチリギチリと押し返していく。
「解説のレベッカさん。あれはなんでしょうか」
「解説……? んんっ――あれは、魔力密度を変更しているな」
いぶかしげな視線を向けたのは一瞬で、喉を整え、真面目な声で解説を始める。
唐突な無茶振りに応えてくれるとはさすがレベッカ。
「魔力密度?」
「召喚生物のハーケンは本来、憑代となっている背骨以外は、実体を持たせる必要がない。その上で腕相撲に必要な右腕と、地面を踏みしめるための両脚、それらの接続部位である背骨から骨盤以外の部位を消している。魔力の総量は変わらないが、一部の部位を消す事で生まれた余裕を右腕に集中させているという事だ」
「――つまり、彼の右腕の腕力は飛躍的に強化されたという事ですか?」
「そういう事になるだろうな」
頷くレベッカ。
「ちなみに、大丈夫なんだよね? 暴走とか」
「大丈夫だ。なれはてに似ているから心配したのだろうが、不死生物の自己強化の行き着く先が似ているだけの話だ」
レベッカの言葉に安心して、観戦を再開する。
じわじわと開始地点まで戻り、さらに今度はリズが押し込まれていた。
「ハーケン。面白いっ……ですね」
「リズ殿。怪我をされないうちに力を緩められよ」
「優しいですね。――ですがハーケン。あなたは腕相撲というものを、理解していない」
まるで歴戦の腕相撲ファイターのような事を言い出すリズ。
そして、左腕で机の端を掴んだ。
「あれはっ!? 解説のレベッカさん!」
「ああ。筋力のベクトルの問題だ。足で踏ん張っている事になるが、逃げていく力というものがある。それを左腕で掴んだ机から、右腕に伝えている。――勝負あったな」
「ええいっ……! まさかっ……」
「――やああああああああああ!」
レベッカの言葉通り、形勢逆転に呻いたハーケンを、リズがそのまま勢いを駆ってねじ伏せた。
「腕、大丈夫ですか?」
「何。召喚生物ゆえな。――うむ。完敗であった。さすがリズ殿。肉体についての深い理解。我が力の及ぶ所ではなかった」
「いえ。ハーケンの戦闘スタイルも奇抜にしてよく練られたものでした」
勝負が終わり、和気あいあいとした空気が流れる。
「……で? 次は私とサマルカンドか?」
「レベッカ様。正々堂々と――」
サマルカンドのやる気が、どうにも感じられなかったので、私はサマルカンドの言葉を遮るように、口を開いた。
「サマルカンド。もしお前が勝ったら、一日だけ私を好きにしていい」
「はっ!?」
「おい何を言って」
「どのような事でもか?」
「……それは、本当でございますか?」




