瞳の中の怒り
ラトゥースと、数歩を残して向かい合った。
「ラトゥース。今日はお招き頂いたのだが――」
「……待て」
ラトゥースが、私の発言を、早々に手を軽く上げて遮る。
「招いた? ――"病毒の王"を?」
じろりと、周りを取り囲む獣人族の戦士達を、狼の目で見るラトゥース。
ある者は尻尾を下げ、ある者は耳を伏せる。
そして、決して目を合わせない。
大体察した。
暴走か。
「王城を通してお招き頂いた……が、どうも何かの間違いだったようだ」
「……お前ら。長の俺の名を、騙ったのか?」
静かな怒りが大気に満ちる。
それを向けられていない私でも、背筋がちりちりとする怒気。
「ら、ラトゥース様。これは」
弟が私の部下だったという、赤茶の髪と耳をした獣人の子がうろたえる。
「『はい』か『いいえ』で答えろ」
「……はい」
「……はあ」
ラトゥースが、頭をガリガリと掻く。
「二度とすんな」
「はい……」
そして、私に向き直った。
「……悪かったな。うちのもんが、迷惑を掛けたみてえだ」
「いや……『何もなかった』。そうだろう? 私は『お招き頂いた』。それだけだ」
「……『それが一番いい』な」
ラトゥースが、不承不承といった感じではあるが頷く。
こういった言葉遊びは趣味ではないが、それを選ぶだけの度量の広さもあると言ったところか。
「では、ここまで来たのだから――」
「……私は、納得出来ない!」
赤茶毛の彼女が、私に再び剣を突きつけた。
「仮面を外せ! そして……私と、決闘しろ!」
心の中で、ため息をついた。
「リズ」
「……どうぞ。ラトゥース様はご存知ですし……彼女達も、知る権利はあるでしょう。『友軍』だと言うのならば」
私の言いたい事をきちんとくみ取ってくれるリズ。
私は、仮面を外した。
周囲の空気が揺れる。
ざわざわと、動揺が広がる。
「この通り、仮面は外そう。だが、決闘は受け入れられないな」
仮面を外した事で、私の声は重い重低音から、いつもの声に戻っている。
私の声を聞き、私の顔を見た者達の動揺が深まるのが分かる。
「女……?」
ラトゥースが眉根を寄せる。
「おや、ご存知だと思っていたが……性別は聞いていなかったのか?」
「ああ……」
「ならば、見知っておいてもらおうか。――私は"病毒の王"。人間にして、あなたと同じ、魔王軍最高幹部だ」
「話をそらすな! 私は、お前と戦い、そして弟の無念を晴らす!」
「『アイティース』。私は、君との決闘を拒否せざるを得ない」
「……私の、名前を? 何故?」
彼女――アイティースが、目を見開く。
「彼――『エイティース』は私の部下だった。部下の経歴ぐらい、目を通しているさ。……それも、数少ない戦死者となればなおさら、な」
似た名前に同じ出生年――つまり双子の姉が、獣人軍に所属。
書類から分かるのは、それだけ。
それでも、私はそれを胸に刻んだ。
「何故、弟を殺した……」
「勘違いするな。彼を殺したのは、"ドラゴンナイト"。王国軍の最高戦力だ。……それが、事実だ」
「だが、あんな非道で、しかも危険な作戦で死んだのだ! 誇りは……あいつの誇りは、どうなる!?」
胸にちろちろと燃えていた怒りに、油が注がれたようだった。
「彼は、私の命令に従って死んだ。恨まれるのは……仕方ないな。だが、彼を侮辱する事は、姉の君だとて許さない」
「何をっ……!?」
「誇りを汚す行為など……『命令違反』など君の弟はしなかったぞ」
氷のような口調で、怒りを叩き付ける。
「私を恨んだかは分からない。しかしたとえそうだとしても、それでも最後まで私の命令に従い、現地での作戦に従事した。私は、そのような部下を持った事を誇りに思う」
それでも、最低限の冷静さを保つために、右手の杖を、関節が白く浮かび上がるほど強く握りしめた。
「あれは、私の部下だ。そして私は、果たすべき事をしたぞ。彼らの死で得られた情報を元に、あの"ドラゴンナイト"共を、この地上から消し去ったぞ」
「っ……」
私に突きつけた剣先が、震えた。
「お前達に出来たのか? ――私は、彼らの他は誰も死なせていないぞ? 百騎を超える竜騎士を、勇猛で誇り高き獣人軍ならば、ほぼ無血で全滅させる事が出来たと言うのか?」
「っ……それは……それは……」
剣を持つ手が、黒灰色の毛を持つ手に握り込まれ、そして下ろされた。
ラトゥースが一歩、彼女をかばうように前に出る。
「……うちの部下をいじめるのは、その辺にしてくれるか」
「これはすまなかった、ラトゥース。だが、丁度いい。質問に代わりに答えて下さると幸いだ」
「……無理だな。千か、二千か……一万か。もしかしたら、もっと犠牲を積み上げねえと、奴らには届かねえだろう」
ラトゥースが少し目線を下げる。
少し言いすぎたか、と思ったのは一瞬。
目線を上げ、私を睨み付ける彼の瞳には、静かな怒りが燃えていた。
「――だが、お前のやり方を認めたわけでもねえ」
……違う方向に、言いすぎたみたい。