頭の悪い世界
帰り道の馬車の中で、リズが私に聞いた。
「……それで、どうします?」
「これから考える」
「……やっぱりノープランなんですね」
そろそろ慣れた様子のリズ。
しかしわざとらしくため息をついて見せる。
それは聞かなかったし、見なかった事にした。
「世界の全部が腕相撲で片が付くような世界なら良かったのにねえ」
「それは腕力頼みの頭悪い世界ですね」
もっともだ。
しかし、相撲がない世界なのに、腕相撲という言葉は通じる不思議。
アームレスリング的な意味で訳されているのだろうか。
リストレア魔王国では、民事レベルに限るが、決闘によるトラブルの解決が、法律によって許可されている。
もちろん両者の合意を必要とし、中立の立会人を必要とするものだ。
しかし、両者の合意さえあれば……人死にさえ許容される、中々に血なまぐさい法律でもある。
実際は、真剣や殺傷能力の高い攻撃魔法を使用したガチ決闘は滅多に行われないし、仮に行われたとしても、立会人による判定を受け入れる事が普通だとは言うけれど。
いつかなくしたい気もするし、それがあった方が平和な気もする、実に悩ましい法律だ。
ちなみに代理人も許可されているので、いざという時は、剣士相手ならハーケン、魔法使い相手ならレベッカかサマルカンドに任せようと思っている。
相手を殺す気でいくならリズ一択。
戦意喪失を狙うなら、同じ最高幹部という事で、再びブリジットに甘えたり、ラトゥースにお願いしたり、エルドリッチさんやリストレア様に話を振ってみたりしてもいいかもしれない。
……リタル様は……ありかなあ。
なしかな。
……しかし、決闘で片が付く類の問題では、ないのだ。
「とりあえず様子見かなあ」
「まあそうなりますかねえ」
「やるとすれば、囮作戦かな? もちろん囮は私で」
「……手っ取り早く片づけるなら、そうですね」
リズが、渋々といった様子で頷く。
「一度は話してみたいんだけど……」
「囮に食いつかなければ、それもよいでしょう。……食いついたら……まあ、陛下の言う通り死の恐怖を突きつけるしか」
事もなげに言うリズ。
しかしそこで、ジト目になる。
「……でも、マスターみたいな例もありますしね……」
「え、何? 私みたいなって」
「近衛師団の暗殺者に、ナイフを首筋に当てられた状態でも、平然とされていた方がいたのですよ」
つん、と顔を背けるリズ。
アサシンのプライドを傷付けられたのかもしれない。
しかし。
「それはきっと、リズが可愛すぎたからだね、間違いない」
「はい?」
何を言ったのか、と言わんばかりに私に向き直るリズ。
「……マスター、つかぬ事をお聞きしますが」
「うん」
「可愛い女の子に、ナイフを首筋に当てられた時……マスターが気になるのは、どっちですか?」
「愚問だね」
「そうですよね」
リズが、ほっとした顔になる。
「可愛い女の子」
「……うちのマスターは……本当に頭おかしいですね」
リズが、呆れ果てた顔になる。
「もちろんシチュエーションによるよ? でも、リズの場合は前日に顔は合わせてたし、あそこで殺される理由も特になかったし。私が思いつかないような理由で殺さなきゃいけなかったとして、脅してから殺すのって無駄だよね」
「正論ですね。……正論なんですが、普通、首筋に刃を押し当てられたら、本能的にもうちょっと怖がると思うんですよ」
「だってリズが可愛いから仕方ない」
懐かしい思い出だ。
若干美化されているように思うし、吊り橋効果も入っていたような気もするのだけど、明日も会えるのを楽しみにしていた可愛い女の子に、無感情な目で見つめられながら、冷たい刃を押し当てられるのは、文字通り、背筋がぞくりとするような体験だった。
それはもしかして恐怖だったんじゃないかと理性は言うのだけど、リズが怖いぐらい可愛いから仕方ない。
「マスターは、なんでそんなに可愛い女の子が好きなんです?」
「なんで可愛い女の子を好きなんて当たり前の事に理由がいるの?」
見解の相違、というやつだろうか。
リズは黙り込んだ。
「後で腕相撲でもする?」
「私が負ける理由がありませんけど?」
ジト目。
対する私は真剣な顔で断言する。
「リズの手を握る口実だから問題ない」
「……うちのマスターは、本当に頭悪いですね」
わざとらしくため息をつく様も可愛いリズだった。




