ウェスフィア陥落
対魔族同盟の円卓会議が招集された。
全権委任を受けた代表である列席者達は、一様に疲れたような顔をしているが、それも当然だろう。
なにしろ議題は、先日突如として『災禍に見舞われた』ウェスフィアの件についてなのだ。
帝国代表の報告を聞いた後、王国の代表が口を開く。
「"病毒の王"が関与したとお考えか?」
「分からぬ……。侵攻があったと断言出来る証拠は、ないのだ」
証拠があってもなくても、やる事は変わらない。
もしもこれが人間同士なら事実の調査に始まり、非難の声明、賠償交渉、報復など、複数の選択肢があっただろう。
どのみち、魔族相手に『落とし所』など存在しないのだ。
ただ最後の一人がいなくなるまで戦い、これを滅ぼすだけ。
しかし……何の証拠も残さず、砂漠の中の宝石と謳われ、事実上帝国の武器庫として栄えたウェスフィアほどの街を一つ、灰にする事が出来るというのならば……本当にそれが可能であるかさえ、怪しくなる。
生き残りがいないという事も、"病毒の王"の関与を示唆していた。
通常都市火災で、全滅などという事はまずない。
家屋や施設の被害はともかく、人的被害は逃げ遅れた者以外には出ない……はずだった。
しかし、一応は説明出来なくもない。
ウェスフィアは城塞都市だ。閉じられた門が敵の侵入を阻む。
その門が閉じられていて、かつ見張りも少なく、大半の者が寝静まった夜に大火災が起きたのなら……?
あくまで、夜間警戒に当たっていた者達全てが、消火はおろか、避難の誘導も、自らが逃げ延びる事さえ出来ずに、火に巻かれて焼け死んだという仮定に基づく『一応』だったが。
黙り込んだ王国の代表に代わり、神聖王国の代表が口を開いた。
「残留魔力反応は?」
「無数にある。だが、魔法道具を作っていた工房もあるし、消火の際に水を出そうとしたり、攻撃魔法で建物を破壊し、延焼を防ごうとしたかもしれぬ。とても参考には……」
「特殊な……そう、人間が扱えぬほどの術式の痕跡は?」
「ない。それがどのようなものかは分からぬ……と言い添えさせて頂くが」
神聖王国の代表も黙り込む。
神聖王国が以前、人間には不可能であり……悪魔でさえも不可能と思われる大魔法"雪崩"で多大な被害を受けた事を、知らぬ者はこの場にいない。
しかし同時に帝国代表が言うように、人間の知らない魔法がどんな痕跡を残すかなど、分かるはずもなかった。
「質問を……よろしいでしょうか」
十三ある小国家群の代表の一人が、おずおずと手を挙げる。
三大国の代表に止められないのを確認すると、質問した。
「刃による傷や……噛み傷は、あったのでしょうか?」
小国家群の港町も一つ、火事により焼失していた。
しかし多くの死体は、刃に斬られ、獣の……狼や犬のような動物に噛み殺されて、火事以前に死んでいた事を示唆していた。
声明も何もなかったが、"病毒の王"が滅ぼしたのだと、伝えられる。
「不明だ。……なにしろ、火災の勢いが凄まじかったようでな。何人死んだのか、死んだ者が男か女かだったかさえ、分からんのだ」
素っ気なく言い捨て、さすがに一国家の代表に対してぞんざいすぎたかと、言葉を足す。
しかし付け足された内容が、皆の心中をさらに重苦しい物にした。
王国の代表が、頭を振った。
そして、ため息と共に吐き出す。
「一体ウェスフィアで、何があったのだ……?」
ウェスフィアで、何があったのかを分かる者はいなかった。
ただ、巨大な都市が一つ、業火に焼かれ、灰燼に帰した。
目撃者はいない。生存者が、いないからだ。
鉄鋼業が盛んな事から、火事が起きる可能性はいくらでもある。
オアシスと温泉に代表される地下水が豊富とはいえ、砂漠地方なのだ。大規模火災が起きれば消火用水が足りない。
事故や災害という線は、十分にあった。
しかし、かつて町が一つ同じように地図から消えた。
小国家群の一つが有した港町、セレステン。
その町は、"病毒の王"によって港に停泊した全ての船ごと焼き払われたのだと、伝えられる。
けれど、どんな魔法を使えば、ウェスフィアほどの街が一つ、灰になるというのだろう?
セレステンは、言ってしまえば辺境の港町だった。
ウェスフィアとは、規模が違う。
軍が動いた気配もない。少数ならともかく、大軍が動いたなら、警戒網に引っ掛かったはず。
街が滅びる事は避けられずとも、連絡する事ぐらいは出来たはずだ。
それすらなかったのだから、やはり『不幸な事故』や『不幸な災害』だったのではという意見もささやかれた。
けれど、それを本当に信じ切る者が、いたかどうか。
特に、"雪崩"という呪文一発で、"福音騎士団"を含む十万の軍勢を失ったとされる神聖王国と、その事例を聞き及んでいる国々の代表達の中に、そんな者がいたかどうか。
公式には、不明。
けれど、皆がささやき合った。
きっとまだ、『不幸』は続くだろうと。
"病毒の王"が、この世にいる限り。




