合流
「ごめんね。もしかして一騎打ちだった?」
私は、ブリジットと帝国近衛兵が相対しているのを見つけ、うちのバーゲスト達に介入させた。
相手はブリジットにがっつり意識を向けていたので、完全に奇襲が成功した……のだけど……。
もしかして騎士の誇りとか、傷付けただろうか。
「いや。一対一、という以上の意味を持たせるつもりはなかった」
ブリジットが、多分慈悲の心で突き刺しただろう剣を抜くと、一振りして刀身の血を払う。
砂地が剥き出しの街路に、血で三日月の弧が描かれた。
戦う相手への礼儀を持ち、けれど戦場のロマンに酔わない彼女は、まさしく理想的な騎士だ。
「――無事だったか」
「うん」
「リズも……いるのか?」
さすがブリジット。
ゆらりと、意識を外していたリズが路地の一つから出てくる。
暗黒騎士団長としての実力か、姉としての勘か、どっちだろう。
「マスターと共に、いくつか小集団を潰してきました。今の所、組織立った反抗は確認出来ておりません」
「私もだ」
ブリジットが頷く。
「他のみんなは?」
「兵を分けている。リズがお前の迎え。私が単独。ハーケンとレベッカ、サマルカンドとアイティースがペアだ」
「サマルカンドとアイティースが?」
ちょっと珍しい組み合わせ。
そもそもアイティースはもっとも大事な『足』であり、今回の作戦では上空待機だと思っていた。
「リーフに乗って、上空から魔法で攻撃している」
聞こえてるのかというぐらい完璧なタイミングで、一瞬流れ星のような光が空から走り、工業区画で爆発音が聞こえた。
「なるほど」
光と音の正体は、サマルカンドの"火球"だろう。
既にドッペルゲンガーの皆はウェスフィアから脱出している手筈だし、うちのバーゲストはあれに当たるほど間抜けではない。
「ここで合流出来て良かった。リズ。護衛を最優先に」
「勿論です。姿は隠しますが……お側におりますよ」
リズが再び意識を外す。
さっきまで話していて、そこにいると知っている私でさえ、もう気付けないほどに完璧な潜伏技術だ。
単純な技術で気配を殺し、ごく弱い幻影魔法と認識阻害で、気付かれないようにする『だけ』との事。
しかし、その『だけ』が出来る暗殺者が、一体この世界に何人いると言うのか。
必要とあれば、魔法なしでの潜伏・不意打ちさえ行える彼女は、魔法に頼りすぎるきらいのあるこの世界において、まさしく世界で五指に入る暗殺者という自称に相応しい。
ブリジットが、リズがいた場所から視線を外し、私に向ける。
「敵を探し、遭遇したらこれを討ち取る。全滅させるのが理想だが、いざという時は離脱する」
「分かった。ただし――」
「誰も見捨てるな、だろ。分かってる」
「ありがと」
完全な奇襲だ。加えて、夜襲。
人間は夜目がきかないし、寝ているところを叩き起こされて最高のパフォーマンスを即座に発揮出来る生き物でもない。
寝ている間に処理された兵もいるだろうし、起き抜けに飛び出したところを喰われた兵もいるはずだ。
組織的な抵抗は、リズとブリジットの言う通り、見る限り存在しない。
指揮を執るべき帝国近衛兵さえ、単独行動を行っていた。
軍隊とは、組織なのだ。
そして組織立った抵抗が出来ない軍隊は、蹂躙されるのを待つだけ。
個の力さえ、先程奇襲と、数の暴力に屈した。
バーゲストは、群れを作って狩りをする。
一対一など、元よりあの子達の流儀にはない。
もちろん、私の流儀にもない。
ブリジットを隣に置き、バーゲストに周囲を警戒させながら、煙に巻かれない道を選んで軍事区画へと歩いて行くと、剣戟の音が聞こえた。
角を曲がると、音を立てているのは、ハーケンだった。
レベッカを背後に置き、三人の帝国兵を相手に剣を交えて――いた。
一人が斬り倒され、その瞬間に均衡が崩れる。
二人の帝国兵では、ハーケン相手には腕が足りなかったらしい。
もう一人が、首筋に押し当てるように引かれた刃で頸動脈を切断され、血を噴水のように噴き出しながら倒れる。
その彼が地面に倒れる前に、三対一でも敵わなかった相手に一騎打ちを強いられたもう一人が、咄嗟に掲げた剣のガードを押し込まれ、脳天を割られ、後の二人を追う。
倒れ伏した三人が三人とも鎧姿ではなく、寝間着らしいシンプルな服に、剣を持っただけの姿だ。
「ハーケン。無事か」
「見ての通り。レベッカ殿の手を煩わせるまでもない」
ハーケンが悠々と剣を振るってぴっ、と血を払い、鞘には収めず、持ったまま切っ先を下げた。
「少なくとも兵舎が一つ、ほとんど起き抜けをバーゲスト達に襲われたらしく全滅しておった。歩哨も残っておらぬし、こやつらは剣一本とはいえ、武装していただけマシであった」
そして、私に軽く一礼する。
「我が主もご無事のようで何より」
「ありがとう。――レベッカも? 大丈夫だね?」
レベッカは、右手に短杖、左手に短剣という、剣と魔法の変則二刀流スタイルだった。
彼女が軽く頷く。
「勿論だ。帝国近衛兵ならいざ知らず、雑兵共だ。ウェスフィア攻めという事で、覚悟していたのだがな」
「うむ。未だ帝国近衛兵を見ておらぬ」
「一人はさっき倒した」
「なんと。ブリングジット殿が既に倒されたか」
「……いや。私に斬りかかってきたところを、黒妖犬にたかられてな」
「……うむ。剣士としては少々同情せざるを得ぬ。しかしそれも戦場の習いよ」
この世界での一騎打ちも、悪く言えば、所詮は余裕ある者のお遊びだ。
良く言って、それ以上無駄な血を流さないための政治的判断。
しかし、平時の友軍同士の決闘でもなければ……そんなもので勝敗が決まる戦場は、ありはしない。
未だこの世界においては、板金鎧の騎士が戦場の花形ではあるが、それ以上に魔法使いの火力が物を言う。
それらをきちんとバランス良く揃えて……最後は数だ。
ウェスフィアは、良くも悪くも、都市の規模と重要性の割には、戦場で活躍するタイプの魔法使いが少ないようだった。
重要拠点とはいえ最前線とはほど遠く、大軍が迫っているなら報告が間に合い、他の地域からの応援が間に合うというわけだ。
そのおかげで多少楽が出来ているが、戦果もその分少ない。
「リズはいるんだろうな?」
「勿論」
レベッカに頷く。
私にはどこにいるか分からないけれど……リズが側にいると言ったからには、いるのだ。
「安心した。リズ、マスターを任せる。そして喜べハーケン。帝国近衛兵が一人、見つかったようだぞ」
道の先に、一人の鎧騎士がいた。
バケツをひっくり返したような兜に、無骨でデザインよりも強度を優先した鎧。
そしてその鎧の色は、赤だった。
ペルテ帝国において赤は、皇帝と帝国近衛兵にだけまとう事を許された色だ。
あれが皇帝のはずもなし。
敵は、帝国近衛兵。
それも、先程のように油断していない、帝国の最高戦力だ。




