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病毒の王  作者: 水木あおい
5章

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合流




「ごめんね。もしかして一騎打ちだった?」



 私は、ブリジットと帝国近衛兵(インペリアルガード)が相対しているのを見つけ、うちのバーゲスト達に介入させた。

 相手はブリジットにがっつり意識を向けていたので、完全に奇襲が成功した……のだけど……。


 もしかして騎士の誇りとか、傷付けただろうか。


「いや。一対一、という以上の意味を持たせるつもりはなかった」


 ブリジットが、多分慈悲の心で突き刺しただろう剣を抜くと、一振りして刀身の血を払う。

 砂地が剥き出しの街路に、血で三日月の弧が描かれた。


 戦う相手への礼儀を持ち、けれど戦場のロマンに酔わない彼女は、まさしく理想的な騎士だ。


「――無事だったか」

「うん」


「リズも……いるのか?」


 さすがブリジット。

 ゆらりと、意識を外していたリズが路地の一つから出てくる。


 暗黒騎士団長としての実力か、姉としての勘か、どっちだろう。


「マスターと共に、いくつか小集団を潰してきました。今の所、組織立った反抗は確認出来ておりません」


「私もだ」

 ブリジットが頷く。


「他のみんなは?」



「兵を分けている。リズがお前の迎え。私が単独。ハーケンとレベッカ、サマルカンドとアイティースがペアだ」



「サマルカンドとアイティースが?」

 ちょっと珍しい組み合わせ。

 そもそもアイティースはもっとも大事な『足』であり、今回の作戦では上空待機だと思っていた。


「リーフに乗って、上空から魔法で攻撃している」


 聞こえてるのかというぐらい完璧なタイミングで、一瞬流れ星のような光が空から走り、工業区画で爆発音が聞こえた。


「なるほど」


 光と音の正体は、サマルカンドの"火球(ファイアボール)"だろう。

 既にドッペルゲンガーの皆はウェスフィアから脱出している手筈だし、うちのバーゲストはあれに当たるほど間抜けではない。


「ここで合流出来て良かった。リズ。護衛を最優先に」

「勿論です。姿は隠しますが……お側におりますよ」


 リズが再び意識を外す。

 さっきまで話していて、そこにいると知っている私でさえ、もう気付けないほどに完璧な潜伏技術だ。


 単純な技術で気配を殺し、ごく弱い幻影魔法と認識阻害で、気付かれないようにする『だけ』との事。


 しかし、その『だけ』が出来る暗殺者(アサシン)が、一体この世界に何人いると言うのか。


 必要とあれば、魔法なしでの潜伏・不意打ちさえ行える彼女は、魔法に頼りすぎるきらいのあるこの世界において、まさしく世界で五指に入る暗殺者という自称に相応しい。


 ブリジットが、リズがいた場所から視線を外し、私に向ける。


「敵を探し、遭遇したらこれを討ち取る。全滅させるのが理想だが、いざという時は離脱する」

「分かった。ただし――」


「誰も見捨てるな、だろ。分かってる」

「ありがと」


 完全な奇襲だ。加えて、夜襲。


 人間は夜目がきかないし、寝ているところを叩き起こされて最高のパフォーマンスを即座に発揮出来る生き物でもない。


 寝ている間に処理された兵もいるだろうし、起き抜けに飛び出したところを喰われた兵もいるはずだ。


 組織的な抵抗は、リズとブリジットの言う通り、見る限り存在しない。


 指揮を執るべき帝国近衛兵(インペリアルガード)さえ、単独行動を行っていた。


 軍隊とは、組織なのだ。

 そして組織立った抵抗が出来ない軍隊は、蹂躙されるのを待つだけ。


 個の力さえ、先程奇襲と、数の暴力に屈した。


 バーゲストは、群れを作って狩りをする。

 一対一など、元よりあの子達の流儀にはない。


 もちろん、私の流儀にもない。




 ブリジットを隣に置き、バーゲストに周囲を警戒させながら、煙に巻かれない道を選んで軍事区画へと歩いて行くと、剣戟の音が聞こえた。


 角を曲がると、音を立てているのは、ハーケンだった。

 レベッカを背後に置き、三人の帝国兵を相手に剣を交えて――いた。


 一人が斬り倒され、その瞬間に均衡が崩れる。


 二人の帝国兵では、ハーケン相手には腕が足りなかったらしい。


 もう一人が、首筋に押し当てるように引かれた刃で頸動脈を切断され、血を噴水のように噴き出しながら倒れる。

 その彼が地面に倒れる前に、三対一でも敵わなかった相手に一騎打ちを強いられたもう一人が、咄嗟に掲げた剣のガードを押し込まれ、脳天を割られ、後の二人を追う。


 倒れ伏した三人が三人とも鎧姿ではなく、寝間着らしいシンプルな服に、剣を持っただけの姿だ。


「ハーケン。無事か」

「見ての通り。レベッカ殿の手を煩わせるまでもない」


 ハーケンが悠々と剣を振るってぴっ、と血を払い、鞘には収めず、持ったまま切っ先を下げた。


「少なくとも兵舎が一つ、ほとんど起き抜けをバーゲスト達に襲われたらしく全滅しておった。歩哨も残っておらぬし、こやつらは剣一本とはいえ、武装していただけマシであった」


 そして、私に軽く一礼する。


「我が主もご無事のようで何より」

「ありがとう。――レベッカも? 大丈夫だね?」


 レベッカは、右手に短杖(ワンド)、左手に短剣という、剣と魔法の変則二刀流スタイルだった。

 彼女が軽く頷く。


「勿論だ。帝国近衛兵(インペリアルガード)ならいざ知らず、雑兵共だ。ウェスフィア攻めという事で、覚悟していたのだがな」

「うむ。未だ帝国近衛兵(インペリアルガード)を見ておらぬ」


「一人はさっき倒した」

「なんと。ブリングジット殿が既に倒されたか」


「……いや。私に斬りかかってきたところを、黒妖犬(バーゲスト)にたかられてな」


「……うむ。剣士としては少々同情せざるを得ぬ。しかしそれも戦場の習いよ」


 この世界での一騎打ちも、悪く言えば、所詮は余裕ある者のお遊びだ。


 良く言って、それ以上無駄な血を流さないための政治的判断。

 しかし、平時の友軍同士の決闘でもなければ……そんなもので勝敗が決まる戦場は、ありはしない。


 未だこの世界においては、板金鎧の騎士が戦場の花形ではあるが、それ以上に魔法使いの火力が物を言う。

 それらをきちんとバランス良く揃えて……最後は数だ。


 ウェスフィアは、良くも悪くも、都市の規模と重要性の割には、戦場で活躍するタイプの魔法使いが少ないようだった。


 重要拠点とはいえ最前線とはほど遠く、大軍が迫っているなら報告が間に合い、他の地域からの応援が間に合うというわけだ。


 そのおかげで多少楽が出来ているが、戦果もその分少ない。


「リズはいるんだろうな?」

「勿論」


 レベッカに頷く。

 私にはどこにいるか分からないけれど……リズが側にいると言ったからには、いるのだ。


「安心した。リズ、マスターを任せる。そして喜べハーケン。帝国近衛兵(インペリアルガード)が一人、見つかったようだぞ」


 道の先に、一人の鎧騎士がいた。


 バケツをひっくり返したような兜に、無骨でデザインよりも強度を優先した鎧。

 そしてその鎧の色は、赤だった。


 ペルテ帝国において赤は、皇帝と帝国近衛兵(インペリアルガード)にだけまとう事を許された色だ。


 あれが皇帝のはずもなし。


 敵は、帝国近衛兵(インペリアルガード)


 それも、先程のように油断していない、帝国の最高戦力だ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ハーケンさすが!古参の実力者。 六軍のメンバーはやはり精鋭揃いですね。 [気になる点] アイティースとサマルカンド面白い組み合わせ。 アンチ病毒の王と病毒の王信者。お互いに思うとこありそう…
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! 今更覚え出したが、お互いの捕虜を使っての政治や支配や権力交渉におけるなら一騎討ちは人間性の輝きですけど、現在お互いも捕虜を取らないの種族絶滅戦争に於けて、一…
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