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病毒の王  作者: 水木あおい
5章

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一騎打ち


 彼は、オアシス都市ウェスフィアへ配属された時は、自分の事を運がいいと思っていた。


 帝国近衛兵(インペリアルガード)として、同じ帝国近衛兵(インペリアルガード)同士が戦った、帝国始まって以来の凄惨な反乱の討伐に参加し、生き残っただけでも、運がよかった。


 帝国近衛兵(インペリアルガード)としての自負はある。しかし相手もまた帝国近衛兵(インペリアルガード)で、ほぼ同数が剣を向け合った以上、勝敗を分けたのは僅かな数の差と、運だったのだと思う。


 それでも、二十二名しか残らなかった。


 皆、皇帝陛下の御為にと叫び……死んでいった。


 敵も味方も、間違いなく帝国のために戦ったのだ。



 そんな事件があったのだから当然だが、以来、帝国近衛兵(インペリアルガード)の同僚達の雰囲気が暗かった。



 なので、ウェスフィアに――鉄鋼業と共に、温泉も有名な都市に配属された時は、これは少し気分転換をしてこいという『上』の心配りかと思ったものだ。


 けれど、ウェスフィアは戦場になった。

 何が起きたのか、未だによく分からない。


 爆発音が聞こえたと同時に跳ね起き、鎧をまとって出たが、黒煙と土煙が邪魔をして、ほとんど何も見えないに等しかった。


 炎が爆ぜる音と、悲鳴と怒号だけが聞こえる音の全てだった。


 友軍もいない。

 一体、どれほどが攻めてきたのかも分からない。


 けれど、彼の心は、ひどく落ち着いていた。

 訓練も、実戦も、果てしなく乗り越えた。


 自分は、帝国近衛兵(インペリアルガード)


 ペルテ帝国を守るために戦う。

 友軍を探してまとめ上げ、敵と出会えば、これを斬る。


 ただ、それだけ。




 彼は、黒煙に邪魔される視界の中に、自分と同じ赤色の鎧を見つけた。


 帝国で赤い鎧をまとう事が許されているのは、帝国近衛兵(インペリアルガード)のみ。

 もう一人配属されている帝国近衛兵(インペリアルガード)だと思い、明るい声で呼びかけた。



「良かった! 生きていたか。戦況はどうな……って?」



 その声が、途中で止まる。


 風が吹き、一気に煙が晴れた。

 砂漠の夜風よりもなお凜とした声が応える。



「絶望的だ、と言わせて頂こうか。お前達にとってだが」



「深紅の甲冑……? まさか……」


 熱い風にはためく、黒いマント。


 金で縁取られた、深紅の甲冑。


 兜はなく、顔を晒している。


 高く結われた、銀の髪。


 褐色の肌に、長い耳。


 ペルテ帝国でも、深紅の鎧を着たダークエルフの噂は、語られている。



帝国近衛兵(インペリアルガード)とお見受けする。よって私も、"血騎士(ブラッドナイト)"、とだけ名乗ろう」



「"血騎士(ブラッドナイト)"……暗黒騎士団長……!」


 苦々しい声で呻く。

 しかし剣を構えた。


 ここで暗黒騎士団長を――悪鬼の群れの一角、魔王軍最高幹部の一人を討ち取る事が出来れば。


 それだけで、『勝ち』だ。


 ウェスフィアの犠牲の全てが、無駄でなくなる。


「――っあああああああ!!」


 彼は、雄叫びを上げて剣を振りかざし、盾を構えて突進した。



 その彼の足首に、黒い犬が噛み付いて引き倒した。



「っ……なっ!?」


 一匹ではなく、十匹ほどが群がり、四肢に噛み付いて拘束する。剣を奪われたのが分かるが、それどころではない。

 さらに円筒兜にガチリと牙が食い込み、唸り声が兜内に響き渡った。


「ひっ……」


 鎧に魔力を回して防御力を維持しつつ、全身の筋肉に力を入れて振りほどこうとするが、すぐに妙に力が入らない事に気が付いた。



「まさっ……!? こいつら、黒妖(バーゲ)……(スト)……?」



 どくん、と心臓が恐怖に跳ねたのは、精神を高揚させていた精神魔法を維持する魔力さえ、なくなったからかもしれない。

 あるいはもっと単純に、自分に群がる犬がただの犬ではなく、群れを成す死神であり、死の使いだと気付いてしまったからだろうか。


 黒妖犬(バーゲスト)。死の使い。


 黒妖犬(バーゲスト)。出会えば死ぬ。



 黒妖犬(バーゲスト)。魔力吸収能力を持つ、魔犬。



 一対一で、負ける道理はない。

 この数でも、冷静に向かい合ったなら、十分に勝ち目がある。

 しかし、もう、自分は引きずり倒され、身動きさえ満足に取れない状態なのだ。


 暴れる勢いが弱くなっていくのが、自分でもはっきりと分かる。


 強化した鎧から魔力を吸われていて、けれど鎧に魔力を流すのをやめれば、こいつらの牙は、板金さえ貫くだろう。

 しかし魔力がなくなれば、どのみち――


「卑怯者っ……!」


 自分が詰んだ事を悟った瞬間、罵り声が彼の喉の奥からほとばしった。


「貴様、それでもっ……それでも騎士か!? こんな犬ころ共を使って! 卑怯者! 卑怯者!! ひきょ――」


 びくん、と彼の身体が跳ねた。


「……せめてもう、苦しむな」


 "血騎士(ブラッドナイト)"が逆手に握った剣を、正確に目元のスリットに突き立てて、彼の脳を破壊して、彼から永遠に苦痛を奪った。


「後、少し悪いとは、思う」


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― 新着の感想 ―
いつかの訓練での、若いダークエルフ騎士を彷彿とさせる姿。 あれは模擬戦で、相手は同胞で。 しかし、これは現実。相手は敵対種族。 これが生存競争。これが差別の果ての結果。 勝つ為に、繁栄の為に、卑怯も…
卑怯者、と煽って止まる相手ではなかった。 卑怯かはさておき酷い戦いではあっただろう。しかし、魔族にとってこれは生存を賭けた戦争であり、人間が病毒の王をこの世界に招いた時点でこの戦争に甘さは消えたんだよ…
[良い点] 自分に有利が当然、そう思ってるのが透けて見える帝国近衛兵。 有利不利を作戦を積み重ねて破っていくのが病毒の王。 [気になる点] つくづくRPGなどでパーティー組んで魔王一人に挑むって、卑怯…
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