一騎打ち
彼は、オアシス都市ウェスフィアへ配属された時は、自分の事を運がいいと思っていた。
帝国近衛兵として、同じ帝国近衛兵同士が戦った、帝国始まって以来の凄惨な反乱の討伐に参加し、生き残っただけでも、運がよかった。
帝国近衛兵としての自負はある。しかし相手もまた帝国近衛兵で、ほぼ同数が剣を向け合った以上、勝敗を分けたのは僅かな数の差と、運だったのだと思う。
それでも、二十二名しか残らなかった。
皆、皇帝陛下の御為にと叫び……死んでいった。
敵も味方も、間違いなく帝国のために戦ったのだ。
そんな事件があったのだから当然だが、以来、帝国近衛兵の同僚達の雰囲気が暗かった。
なので、ウェスフィアに――鉄鋼業と共に、温泉も有名な都市に配属された時は、これは少し気分転換をしてこいという『上』の心配りかと思ったものだ。
けれど、ウェスフィアは戦場になった。
何が起きたのか、未だによく分からない。
爆発音が聞こえたと同時に跳ね起き、鎧をまとって出たが、黒煙と土煙が邪魔をして、ほとんど何も見えないに等しかった。
炎が爆ぜる音と、悲鳴と怒号だけが聞こえる音の全てだった。
友軍もいない。
一体、どれほどが攻めてきたのかも分からない。
けれど、彼の心は、ひどく落ち着いていた。
訓練も、実戦も、果てしなく乗り越えた。
自分は、帝国近衛兵。
ペルテ帝国を守るために戦う。
友軍を探してまとめ上げ、敵と出会えば、これを斬る。
ただ、それだけ。
彼は、黒煙に邪魔される視界の中に、自分と同じ赤色の鎧を見つけた。
帝国で赤い鎧をまとう事が許されているのは、帝国近衛兵のみ。
もう一人配属されている帝国近衛兵だと思い、明るい声で呼びかけた。
「良かった! 生きていたか。戦況はどうな……って?」
その声が、途中で止まる。
風が吹き、一気に煙が晴れた。
砂漠の夜風よりもなお凜とした声が応える。
「絶望的だ、と言わせて頂こうか。お前達にとってだが」
「深紅の甲冑……? まさか……」
熱い風にはためく、黒いマント。
金で縁取られた、深紅の甲冑。
兜はなく、顔を晒している。
高く結われた、銀の髪。
褐色の肌に、長い耳。
ペルテ帝国でも、深紅の鎧を着たダークエルフの噂は、語られている。
「帝国近衛兵とお見受けする。よって私も、"血騎士"、とだけ名乗ろう」
「"血騎士"……暗黒騎士団長……!」
苦々しい声で呻く。
しかし剣を構えた。
ここで暗黒騎士団長を――悪鬼の群れの一角、魔王軍最高幹部の一人を討ち取る事が出来れば。
それだけで、『勝ち』だ。
ウェスフィアの犠牲の全てが、無駄でなくなる。
「――っあああああああ!!」
彼は、雄叫びを上げて剣を振りかざし、盾を構えて突進した。
その彼の足首に、黒い犬が噛み付いて引き倒した。
「っ……なっ!?」
一匹ではなく、十匹ほどが群がり、四肢に噛み付いて拘束する。剣を奪われたのが分かるが、それどころではない。
さらに円筒兜にガチリと牙が食い込み、唸り声が兜内に響き渡った。
「ひっ……」
鎧に魔力を回して防御力を維持しつつ、全身の筋肉に力を入れて振りほどこうとするが、すぐに妙に力が入らない事に気が付いた。
「まさっ……!? こいつら、黒妖……犬……?」
どくん、と心臓が恐怖に跳ねたのは、精神を高揚させていた精神魔法を維持する魔力さえ、なくなったからかもしれない。
あるいはもっと単純に、自分に群がる犬がただの犬ではなく、群れを成す死神であり、死の使いだと気付いてしまったからだろうか。
黒妖犬。死の使い。
黒妖犬。出会えば死ぬ。
黒妖犬。魔力吸収能力を持つ、魔犬。
一対一で、負ける道理はない。
この数でも、冷静に向かい合ったなら、十分に勝ち目がある。
しかし、もう、自分は引きずり倒され、身動きさえ満足に取れない状態なのだ。
暴れる勢いが弱くなっていくのが、自分でもはっきりと分かる。
強化した鎧から魔力を吸われていて、けれど鎧に魔力を流すのをやめれば、こいつらの牙は、板金さえ貫くだろう。
しかし魔力がなくなれば、どのみち――
「卑怯者っ……!」
自分が詰んだ事を悟った瞬間、罵り声が彼の喉の奥からほとばしった。
「貴様、それでもっ……それでも騎士か!? こんな犬ころ共を使って! 卑怯者! 卑怯者!! ひきょ――」
びくん、と彼の身体が跳ねた。
「……せめてもう、苦しむな」
"血騎士"が逆手に握った剣を、正確に目元のスリットに突き立てて、彼の脳を破壊して、彼から永遠に苦痛を奪った。
「後、少し悪いとは、思う」




