メイドのデイジー
一週間ほどで、計画が立てられた。
現地活動班は既に動き出している。リタルサイド城塞からだと、鳩便による連絡も届きやすいのはいいところ。
後は、リズとレベッカの許可を貰えば、プランは本格的に始動する。
私は、クラリオンと共に、レベッカとリズを呼ぶ事にした。
私は、『舞台衣装』だ。
「マスター。何故そのような恰好をされているのか、説明を要求します……」
「ああ。なんでメイドの格好をしていらっしゃるのか、私にも教えていただけるか、『マスター』?」
リズとレベッカは、二人して呆れ顔だ。
私は、メイド服のワンピースの裾を、両手でちょいとつまんで持ち上げて、挨拶する。
私の主義にそぐわない短い丈だ。
「レベッカお嬢様。私めはクラリオン改め、クラリスお嬢様にお仕えするメイドのデイジーですわ」
紺色のワンピース――ただしミニ丈で半袖――に、白いエプロン。
ホワイトブリムはリストレアのものとは違い、フリルをカチューシャで抑えたようなヘアバンド風。
半袖だが、手首には白いカフスが巻かれ、宝石のあしらわれたカフスボタンで留められている。
露出度が多いのと、胸元の派手なリボンにつけられたブローチが大きいのが、可愛いと言えば可愛いが、コスプレ感を演出する。
「……デイジー?」
レベッカが、ぽつりと呟き、目が見開かれた。
いつもの毅然とした態度が、仮面のように剥がれ落ち、外見年齢に相応しい、幼い表情が垣間見える。
「……ディジーズ、から取ったんだけど。何か?」
「……いや。昔の知り合いに、いただけだ」
レベッカが、目を閉じて、首を振る。
そして目を開いた時には、いつものレベッカだった。
「それで? 茶番はいいから。ひどい偽名もいいから。――説明を要求する」
「それはねえ、主と従者だと、主の方が狙われやすいからかなあ」
「……つまり、偽装か」
「まあそうだね」
「どこへ行く気ですか。大体、そのメイド服なんです? 私のと違うのは当然としても……リストレアで見た事ありませんよ?」
「ランク王国の貴族の間で流行しているデザインだそうだ」
微妙に私の趣味に合わないのは、貴族趣味ゆえだろうか。
リストレアでは未だ現役の、クラシックタイプに飽きが来たのだと思うが、結局はパーツを足すのに疲れ、基本に戻ってくるというのに。
少なくとも私は、リズのメイド服に特殊なディテールを加えていない。毎日目にするものを派手にすれば飽きも早いし、何より着用者の素材が良いのだから。
強いて特別なものを挙げるなら、"第六軍"紋章が刻まれた、銀のカフスボタンだろう。
これは、実は本人の希望だ。
『ランク王国』という言葉に、リズが顔をしかめた。
「……なんですって? まさか……王国へ?」
「ううん」
リズがほっと息をつく。
「そうですよね。マスターがいくら頭ロード・オブ・ディジーズでも、単身ランク王国へ向かったりしませんよね……」
「『頭ロード・オブ・ディジーズ』とは、また斬新な罵倒だねリズ……」
最近"病毒の王"がそのままで罵倒語として使われ始めたような気がする。
「まあ、そんな事はしないよ」
「そうですよね」
「ちょっとクラリオンと一緒に帝国の温泉地へ」
リズが、すっとクラリオンへ視線を向けた。
「……クラリオン?」
「わ、私はお止めしましたよ、リーズリット様。けれど……そのー」
「リズとレベッカの許可を取ればいいって」
リズに視線を向けられたクラリオンが、しどろもどろになったので、助け船を出した。
そもそも彼女を泥船に乗せたのは私なので、マッチポンプとも言う。
「……ええ。あなたを責めるのは酷というものでしょうね。……それで、マスター? どうして"病毒の王"ご自身が、人間の国へ行く必要が?」
「目的地は、ペルテ帝国、オアシス都市ウェスフィア。帝国の砂漠地方の中で、地熱を利用した鉄鋼業と、温泉で栄えている大都市だ」
大体説明したが、帝国の七大貴族家"選帝侯"達が、この都市に限っては、協力して統治している。
他は、大体担当……『支配地域』が決まっているものだが。
「ウェスフィア……確かに、もしかしたら帝都よりも重要な都市……ですが。あなたが行く理由には、なりません。偵察ならば……その」
「ええ、偵察ならば、我ら現地活動班……それも擬態扇動班のドッペルゲンガーで十分です」
リズが言い淀んだ言葉を受けて、クラリオンが頷く。
私は説明を続けた。
「ランク王国の貴族の名前を借りる事にした。クラリオンは王国の"オルトワール家貴族令嬢"の『クラリス』を名乗り、私は"クラリスお嬢様付きのメイド"『デイジー』としてウェスフィアに赴く」
鉄鋼と温泉の街。オアシス都市ウェスフィア。
リストレアにも、帝国の中では近い。
防衛のために軍事施設の面積も多く、水が豊富で、居住施設が充実している。間違いなく決戦の折には、帝国の前線基地となるだろう。
人間側に、じわじわと決戦の機運が高まりつつある今、到底捨て置けるものではない。
「つまり、偵察じゃ……ないんだな?」
「その通り」
レベッカに頷いた。
そして、ちょいとエプロンの裾を振った。
ぞるり、と黒い影が足下に落ち、瞬時に黒い犬の形を取る。
すり寄ってきたので顎下に手を差し込んで軽く掻いてやると、いつものローブと違って半袖なので、出した腕に触れるもふもふの毛がくすぐったくて心地よい。
「……そのメイド服にも潜めるんですか?」
「私の近くの影って事みたいね」
「……ああ、そんな馬鹿な真似を、思いついたのか」
「レベッカ?」
リズが、苦々しげな声を発したレベッカを見やる。
「……さすがレベッカ」
「バーゲストを……街中で解放するつもりだな?」
「その通り」
黒妖犬。
五十匹で、ドラゴンと同等の脅威。
ではそれが、百匹では?
「暗殺班も召集し、内と外から、ウェスフィアを攻め落とす」
――三年で、人類を絶滅させてみせましょう。
それは、私の売り文句であり、陛下と交わした約束だ。
陛下は気にするなと言っていたが、人間側も、当然のように危機感を持っている者達はいるのだ。
今ならまだ、勝敗を運命に委ねなくて済むと。
しかし、上流階級であればあるほど、危機感が薄い。
"病毒の王"の標的は国の底辺――国家を真に支える民――であり、支配者層は、少し実入りが減ってきたぐらいにしか思っていない者達さえいる。
それがどれほど愚かな事か理解し『全面攻勢』を叫ぶ、『心ある』者達は正しいが、その正論が、正しさゆえに煙たがられるとは、世も末だ。
四百年近くの長きに渡り、魔族を北の端に追いやって、豊かな大地で繁栄を謳歌したツケ、とも言う。
何度か行われたリタルサイド城塞への攻撃と、それを跳ね返した後に、敵の前哨基地を潰して回る、『小競り合い』。
第六次まであるリタルサイド防衛戦は、極論を言えば、第一次以外は本気ではなかった。
流された血は本物。防衛側の気概を疑うつもりはない。
ただ、攻撃側は、全面攻勢にはほど遠かった。
お互いの戦死者数で言えば最も多かった第四次も、リタルサイドを切り取りにかかった程度のもの。
こちらは、リタルサイド城塞を抜かれれば終わりという気概でいて、その程度の戦力で抜けるはずもなく、結果としてただ屍が積み上がっただけに終わる。
以降は、増えすぎた兵士を減らす事が目的で『あわよくば』リタルサイドを取れたらいいというような、やる気のないもの。
とはいえ、それですら確実にこちらの戦力は減った。
『魔族』は、人間と比べれば長命だ。それゆえに、平均的な一人当たりの戦力は大きく勝る。
その代償に、一人の死が、人間より遙かに重い。
――もう、こんな事、終わらせなくてはいけない。
リストレアという国は、全ての魔族を守るために築かれた。
だから、戦争のために多くが使われるのは、当然とも言えるけれど。
けれど、そんな風に人が死んでいい理由など、本当は何一つない。
全ての人が、戦いではないものに全力を捧げられる世界になればいい。
そのために、この戦争を始めた種族が一つ、滅びるとしても。
それはただ、因果が巡るだけの話だ。




