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病毒の王  作者: 水木あおい
5章

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メイドのデイジー


 一週間ほどで、計画が立てられた。

 現地活動班は既に動き出している。リタルサイド城塞からだと、鳩便による連絡も届きやすいのはいいところ。

 後は、リズとレベッカの許可を貰えば、プランは本格的に始動する。


 私は、クラリオンと共に、レベッカとリズを呼ぶ事にした。


 私は、『舞台衣装』だ。


「マスター。何故そのような恰好をされているのか、説明を要求します……」

「ああ。なんでメイドの格好をしていらっしゃるのか、私にも教えていただけるか、『マスター』?」


 リズとレベッカは、二人して呆れ顔だ。


 私は、メイド服のワンピースの裾を、両手でちょいとつまんで持ち上げて、挨拶する。

 私の主義にそぐわない短い丈だ。



「レベッカお嬢様。私めはクラリオン改め、クラリスお嬢様にお仕えするメイドのデイジーですわ」



 紺色のワンピース――ただしミニ丈で半袖――に、白いエプロン。

 ホワイトブリムはリストレアのものとは違い、フリルをカチューシャで抑えたようなヘアバンド風。

 半袖だが、手首には白いカフスが巻かれ、宝石のあしらわれたカフスボタンで留められている。

 露出度が多いのと、胸元の派手なリボンにつけられたブローチが大きいのが、可愛いと言えば可愛いが、コスプレ感を演出する。



「……デイジー?」



 レベッカが、ぽつりと呟き、目が見開かれた。

 いつもの毅然とした態度が、仮面のように剥がれ落ち、外見年齢に相応しい、幼い表情が垣間見える。


「……ディジーズ、から取ったんだけど。何か?」


「……いや。昔の知り合いに、いただけだ」


 レベッカが、目を閉じて、首を振る。

 そして目を開いた時には、いつものレベッカだった。


「それで? 茶番はいいから。ひどい偽名もいいから。――説明を要求する」


「それはねえ、主と従者だと、主の方が狙われやすいからかなあ」


「……つまり、偽装か」


「まあそうだね」


「どこへ行く気ですか。大体、そのメイド服なんです? 私のと違うのは当然としても……リストレアで見た事ありませんよ?」



「ランク王国の貴族の間で流行しているデザインだそうだ」



 微妙に私の趣味に合わないのは、貴族趣味ゆえだろうか。

 リストレアでは未だ現役の、クラシックタイプに飽きが来たのだと思うが、結局はパーツを足すのに疲れ、基本に戻ってくるというのに。


 少なくとも私は、リズのメイド服に特殊なディテールを加えていない。毎日目にするものを派手にすれば飽きも早いし、何より着用者の素材が良いのだから。

 強いて特別なものを挙げるなら、"第六軍"紋章が刻まれた、銀のカフスボタンだろう。

 これは、実は本人の希望だ。


 『ランク王国』という言葉に、リズが顔をしかめた。


「……なんですって? まさか……王国へ?」

「ううん」


 リズがほっと息をつく。


「そうですよね。マスターがいくら頭ロード・オブ・ディジーズでも、単身ランク王国へ向かったりしませんよね……」

「『頭ロード・オブ・ディジーズ』とは、また斬新な罵倒だねリズ……」


 最近"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"がそのままで罵倒語として使われ始めたような気がする。


「まあ、そんな事はしないよ」

「そうですよね」



「ちょっとクラリオンと一緒に帝国の温泉地へ」



 リズが、すっとクラリオンへ視線を向けた。


「……クラリオン?」

「わ、私はお止めしましたよ、リーズリット様。けれど……そのー」


「リズとレベッカの許可を取ればいいって」


 リズに視線を向けられたクラリオンが、しどろもどろになったので、助け船を出した。

 そもそも彼女を泥船に乗せたのは私なので、マッチポンプとも言う。


「……ええ。あなたを責めるのは酷というものでしょうね。……それで、マスター? どうして"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"ご自身が、人間の国へ行く必要が?」



「目的地は、ペルテ帝国、オアシス都市ウェスフィア。帝国の砂漠地方の中で、地熱を利用した鉄鋼業と、温泉で栄えている大都市だ」



 大体説明したが、帝国の七大貴族家"選帝侯"達が、この都市に限っては、協力して統治している。

 他は、大体担当……『支配地域』が決まっているものだが。


「ウェスフィア……確かに、もしかしたら帝都よりも重要な都市……ですが。あなたが行く理由には、なりません。偵察ならば……その」

「ええ、偵察ならば、我ら現地活動班……それも擬態扇動班のドッペルゲンガーで十分です」


 リズが言い淀んだ言葉を受けて、クラリオンが頷く。

 私は説明を続けた。



「ランク王国の貴族の名前を借りる事にした。クラリオンは王国の"オルトワール家貴族令嬢"の『クラリス』を名乗り、私は"クラリスお嬢様付きのメイド"『デイジー』としてウェスフィアに赴く」



 鉄鋼と温泉の街。オアシス都市ウェスフィア。


 リストレアにも、帝国の中では近い。


 防衛のために軍事施設の面積も多く、水が豊富で、居住施設が充実している。間違いなく決戦の折には、帝国の前線基地となるだろう。


 人間側に、じわじわと決戦の機運が高まりつつある今、到底捨て置けるものではない。


「つまり、偵察じゃ……ないんだな?」

「その通り」


 レベッカに頷いた。


 そして、ちょいとエプロンの裾を振った。


 ぞるり、と黒い影が足下に落ち、瞬時に黒い犬の形を取る。

 すり寄ってきたので顎下に手を差し込んで軽く掻いてやると、いつものローブと違って半袖なので、出した腕に触れるもふもふの毛がくすぐったくて心地よい。


「……そのメイド服にも潜めるんですか?」

「私の近くの影って事みたいね」



「……ああ、そんな馬鹿な真似を、思いついたのか」

 


「レベッカ?」

 リズが、苦々しげな声を発したレベッカを見やる。


「……さすがレベッカ」


「バーゲストを……街中で解放するつもりだな?」

「その通り」


 黒妖犬(バーゲスト)

 五十匹で、ドラゴンと同等の脅威。

 ではそれが、百匹では?



「暗殺班も召集し、内と外から、ウェスフィアを攻め落とす」



 ――三年で、人類を絶滅させてみせましょう。


 それは、私の売り文句であり、陛下と交わした約束だ。

 陛下は気にするなと言っていたが、人間側も、当然のように危機感を持っている者達はいるのだ。


 今ならまだ、勝敗を運命に委ねなくて済むと。


 しかし、上流階級であればあるほど、危機感が薄い。


 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の標的は国の底辺――国家を真に支える民――であり、支配者層は、少し実入りが減ってきたぐらいにしか思っていない者達さえいる。


 それがどれほど愚かな事か理解し『全面攻勢』を叫ぶ、『心ある』者達は正しいが、その正論が、正しさゆえに煙たがられるとは、世も末だ。


 四百年近くの長きに渡り、魔族を北の端に追いやって、豊かな大地で繁栄を謳歌したツケ、とも言う。


 何度か行われたリタルサイド城塞への攻撃と、それを跳ね返した後に、敵の前哨基地を潰して回る、『小競り合い』。


 第六次まであるリタルサイド防衛戦は、極論を言えば、第一次以外は本気ではなかった。


 流された血は本物。防衛側の気概を疑うつもりはない。

 ただ、攻撃側は、全面攻勢にはほど遠かった。


 お互いの戦死者数で言えば最も多かった第四次も、リタルサイドを切り取りにかかった程度のもの。


 こちらは、リタルサイド城塞を抜かれれば終わりという気概でいて、その程度の戦力で抜けるはずもなく、結果としてただ屍が積み上がっただけに終わる。


 以降は、増えすぎた兵士を減らす事が目的で『あわよくば』リタルサイドを取れたらいいというような、やる気のないもの。


 とはいえ、それですら確実にこちらの戦力は減った。

 『魔族』は、人間と比べれば長命だ。それゆえに、平均的な一人当たりの戦力は大きく勝る。


 その代償に、一人の死が、人間より遙かに重い。



 ――もう、こんな事、終わらせなくてはいけない。



 リストレアという国は、全ての魔族を守るために築かれた。


 だから、戦争のために多くが使われるのは、当然とも言えるけれど。

 けれど、そんな風に人が死んでいい理由など、本当は何一つない。


 全ての人が、戦いではないものに全力を捧げられる世界になればいい。


 そのために、この戦争を始めた種族が一つ、滅びるとしても。

 それはただ、因果が巡るだけの話だ。 


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― 新着の感想 ―
いつものおふざけマスター…、に見せかけたガチ戦略。 人間が所有する大都市内部で、百を超える狼魔物的な怪物(くろいぬさん)を解き放つ…。 超が付くほどの大虐殺の香り…。成功してほしいよーな、失敗してく…
[良い点] えぇ~一週間の準備期間中リズとレベッカに内緒にしてたんですか? 準備できてから相談?とか騙し討ちじゃん。 多分その間手足になって働いたクラリオンもこんなはずじゃと思っていたんだろうな [気…
[一言] リストレアを救うために今は突き進めてるけど、主人公は元は一般人だし、滅した後に罪の意識で狂わないか心配。 ましてや今回は街中を本人が襲うなんて…… 子供とかもいるだろうし、襲う側もトラウマも…
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