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病毒の王  作者: 水木あおい
5章

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人間としての責任


 昼風呂は正義。


 心もほこほことした湯上がり気分の上機嫌で、リズとブリジットと共にリタルサイド城塞に戻ると、レベッカが出迎えてくれた。


「おかえり。楽しめたか?」



「うん。……お仕事、お疲れさま」



 レベッカが目を見開く。


「……気付いて、たのか?」


「半分はカマかけだけど。私が気付いたと言うより、リズとブリジットが気配に気付いてね」


「……そうか。暗殺者二名だ。種族は……」

「人間でしょ?」


「ああ。睡眠魔法で捕らえ、拘束してある。尋問はまだだ」

「その辺は任せるよ。リタルサイド駐留軍の人達と協力してね」


「分かった。ブリングジット殿。そういう事でよろしいか」

「無論だ」


 レベッカの言葉に、ブリジットが頷く。


 さっきまでまったりとお風呂に浸かっていた彼女とは、別人のようだ。


「例のレンズで、弓の射程が伸びて以来、城壁の向こうには偵察が近付かないからな。恐らく手練れを潜ませて、探りを入れに来ているとは思っていたが……こうもあっさり尻尾を出すとは」



「美味しそうな獲物を見つけたんじゃないかなあ」



「……あんまり無茶はするなよ」


 そう言うレベッカに、私は首を横に振った。


「無茶をしたのは私じゃないよ。万が一の時は、裸で戦わなきゃいけなかったリズとブリジットだから。……ごめんね、無茶させて」


「私達はどうとでもなる」

「ええ。魔王軍最高幹部と、近衛師団所属の暗殺者(アサシン)を舐めないで下さいますか」


「その理屈で言うと、私も魔王軍最高幹部だから舐めないでよね」


 リズが呆れ顔になる。


「……バーゲストを連れていないマスターに戦闘能力があるとお思いですか?」


「それは思ってない」


 一応バーゲストは脱いだローブの方に潜んでいたが、呼んでから来るまでにはタイムラグがある。

 いつもの、バーゲスト達の自己判断による迎撃体制と比べると、雲泥の差だ。


「……もうちょっと自分を大事にして下さいよ」

「全くだ」



「これでも結構、自分を甘やかしてるつもりだけどねえ」



 油断させるためが半分とはいえ、可愛い女の子とお風呂に入るのを、お仕事に組み込んだり。


 二人が、若干呆れ顔になる。

 やっぱりこの二人姉妹だけあって、こういう顔までよく似ている。


「ブリングジット様……」

 そこに、"第二軍"の人らしい兵士さんがやってきて、ブリジットを呼んだ。

 そして私と彼女とを何度か見比べる。


「用件は分からんが、ここにいる者は信頼出来る。不都合がありそうなら止めるから、言ってくれ」


「はい。"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様と、どちらに報告するべきか迷ったのですが……"第六軍"の方がお見えです。クラリオンという方で……」


「クラリオンが? 今、どこに待たせている?」


「部下だという方と共に、死霊騎士の方々と近い宿舎を割り当てさせて頂きましたので、そちらに」


「分かった、ありがとう。――リズ、どうする? 私はクラリオンの元に行くが」


「私は捕らえられたという暗殺者(アサシン)の元へ参ります。お一人で、大丈夫ですか?」

「城塞内ならね」


 まだ百匹のバーゲストがローブの裏に控えている。

 この子達の鼻も耳も、並の暗殺者(アサシン)では誤魔化せないし、並の戦士ではこの数の黒妖犬(バーゲスト)に対抗出来ない。


 安全面は、あまり気にしなくていいだろう。


「では、案内を頼む」

「はい。こちらです」


 ブリジットと私に一礼して、兵士さんが私を先導して歩き出した。




 案内の兵士さんが、一つの部屋の前で立ち止まり、扉をノックする。


「"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様をお連れしました」


 フードを目深にかぶった女性ダークエルフが、扉を開けて私を出迎えると、片膝を突いてひざまずいた。



「"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様。クラリオンであります」



 一々名乗るのは、彼女がドッペルゲンガーだからだ。


「楽にしてくれ、クラリオン。――案内ご苦労。下がってくれ」

「はっ」


 クラリオンに招かれて部屋に入る。

 士官用の個室だが、飾りっ気はなく、石壁もそのままな殺風景な部屋だ。

 家具は、ベッドと書き物机、それとセットの椅子だけ。


「椅子をどうぞ」


「クラリオンも。ベッド座っていいよ」

 勧められた椅子に座ると、クラリオンが立ったままだったので、ベッドに座るように促した。


「ありがとうございます。……こちらにいらしていたのですね」

「うん。バーゲストの増強の目処がついた」


「それは良いニュースですね。十匹ほどは期待してよろしいでしょうか」


「よろしくない」

 私は首を横に振った。


「そうですか……五匹、いえ、一匹でも貴重です」



「百匹いるから、配分は応相談という事で」



「……今、なんと仰られました?」


「現地活動班がお仕事してる間にね、私も頑張ってたんだ。国内で番犬代わりに使われてるバーゲストを引き取ったり、野生の群れを私の群れに組み込んだり。"荒れ地(バッドランズ)"で五十匹ぐらいの群れを組み込んで、一気に増えたね」


「ごじゅ……!? が、頑張り方が、おかしくはありませんか」

「これでも頑張ったつもりだったけど……」


「いえ、それを否定するものではなく……。あの……百? 黒妖犬(バーゲスト)が?」

「うん」



「我らが主は、おかしいでありますよ……」

 


 呆れ声。

 声は姿ごとに違うが、口調や間の置き方など、クラリオンだなあって。


「それは知ってると思ってたけど」

「……知っていたつもりになっていただけだったようです」


 もっとおかしいという事か。


「暗殺班が喜ぶでしょう。それだけの数があれば、薄く広く配備するにせよ、一点集中するにせよ、戦略に幅が出るでしょう」


「せっかくまとまった数がいるんだから……そうでないと出来ない事をしたいなって思うんだけどね」


 私は口元を歪めるように笑った。


「それはそうですが……あの、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様?」

「なにかな?」



「私、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様がその笑顔だと、嫌な予感しかしないのでありますが」



「そっか」

 にっこりと笑う。


「慣れてね」




 その後、内容を聞いたクラリオンは、顔色を悪くした。


「マスター。どうか……考え直しては頂けませんか」


 クラリオンの言葉に、私は断固として首を振った。


「それが必要だと信じる」


「ですが。それは……それは、あなたが人間であるという事実を……利用するという事です」



「必要なら、そうする。私は君達へ種族特性を利用した任務を命じた。……出来るからと、必要だからと、そう命じた。自分を例外にするつもりはない」



 私は、静かに宣言した。


 私の命令が、人を殺した。

 私の手はもう、人を殺した。


 罪のない人間として死ぬ事なら、出来ただろう。


 いつかの城壁の上で、何もしなければ良かった。

 何も思わず、精神魔法でぼんやりとした意識のままで死ぬ事も出来た。

 自分の意識を取り戻した後も、理不尽を嗤って、いつか良い世界になる事を信じて殺されるか、自分で城壁の下に身投げするぐらいの自由は、あったのだ。


 ただ私は、人間であるためには、理不尽に抵抗すべきだと信じる。


 ……たとえ自分自身がその理不尽になり代わる形であっても。



「……リーズリット様と、レベッカ様のご許可を頂く事が、条件です」



「分かった。プランに必要なものを集めてくれるように通達。すまないが、休暇の予定を遅らせてくれ」


 後で、擬態扇動班の休暇ローテーションを組み直さないと。


「はい。休暇を返上いたしますよ」

「それはダメ。休む時は休んで。……じきに、休めなくなるかも、しれないから」


 ドッペルゲンガーは、替えが利かない。

 そして、数が少ない。


 感情的な理由を全て除いても、使い潰すような真似が出来るはずもない。


「はい。……それで、本当にこのプランを進めるのですか?」


「もちろん」

 頷いた。



「誰が、同じ責任を負わない上司を信頼するものか」



「……上司に何かあっても、責任あるから困るんですけど」

 正論だ。


「そこは信じてね」

「あ、はい……」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 中間管理職クラリオン。大変だなぁ。 上司の笑顔にドキドキ。 胃が丈夫であることを祈ろう。 [気になる点] 現地班のバーゲスト達はマスターのとこのように影に収納されないだろうに普段どうしてる…
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