平等という名の狂気
「"粘体生物生成"」
私は木の桶にぽてん、と一体の粘体生物を召喚する。
『召喚生物』『疑似生命体』……私の世界でこの魔法があれば、色んな愛護団体が設立されているかもしれない。
疑似生命の創造……果たして、ひとが手を出していい領域だったのかは、分からない。
しかし、生命創造魔法の奥義をもってしても、湯船や木桶にうごめく、お湯や石けん代わりに使われる生き物しか作れないのだ。
手を差し入れて、ゆっくりと魔力を流し温度調節。温めて、緩めていく。
本当の意味で生命を冒涜する日は、果たして来るのだろうか。
その前にこの世界のひと達は……立ち止まれるだろうか。
「えい」
思考を振り払うように、緩んで粘度の落ちたウーズを、目の前のリズの背中にぶっかけた。
「ひゃっ!? いっぺんにはやめてくださいよう……」
縮こまるリズ。
背中のラインが、滑らかな褐色の曲線を描き、その上を黄緑の粘体生物が伝い落ちる光景は中々に扇情的だ。
「ごめん、つい。さ、お姉ちゃん」
「お、お姉ちゃんってやめないか?」
ブリジットがちょっと頬を赤らめて、困り顔になった。
まあ、急に非道の悪鬼の友人が妹を名乗ったら恥ずかしいし、困惑もするだろう。
しかしそれを気にしないメンタルの強さが"第六軍"の軍団長には求められる。
「リズのお姉ちゃんだから私のお姉ちゃんみたいなものだよ」
「いや、その理屈はおかしいと思う」
「気にしないで。……今だけだよ」
「……そうか」
ブリジットにタオルを差し出し、二人してリズの背中に乗っているウーズを伸ばすように軽くこすっていく。
リズは、しばらく背を丸めたり、身をよじったりしていたが、しばらくすると慣れたのか、背筋を軽く伸ばし、肩の力を抜いて大人しくなった。
「……これ、必要か?」
「マッサージとかスキンシップの一種かな。誰かに触れられたり、洗ってもらったりするのは、結構いい刺激になるって言うよ」
「分からないでもないですけど……」
リズがぼやく。
「『可愛い女の子とお風呂に入りたいのは当然』とのたまう方の言葉だと思うと、説得力がありません」
のたまう、ときた。
この世界でも古語の域だと思うのだが、私の知っている用法では、『仰る』を最大限皮肉っぽく言う時に使う。
「……そんな事言ってたのか」
「当然」
短く、力強く断言する。
言葉を失って、視線をさ迷わせるブリジット。
ちろり、と胸の奥に怪しげな火が灯る。
「さ、リズと交代ね」
「え?」
隣でリズの背中をこすっていたブリジットを、すっとリズと入れ替える。
「"粘体生物生成"」
ちゃっちゃと手を差し込んで魔力を通しつつかき混ぜながら、温度を上げ、緩めていく。
「いやあの私は別に――っっ!?」
ブリジットのポニーテールをちょいと片手でどけて、先程と同じくウーズを全部ぶっかけた。
口元を手で押さえて声を抑えるブリジットの後ろ姿がなまめかしくて、きゅんと来る。
「だからいっぺんに全部は」
「姉妹を平等に扱うべきだと思った」
「そういう狂った平等主義は捨てて下さいますか」
リズのもっともな言葉を聞き流しつつ、タオルを手にブリジットの背中をこすっていく。
力を入れて強張っている間は硬かった筋肉が、ブリジットが肩の力を抜くと同時に、柔らかくほどけた。
リズとはまた少し違った筋肉の付き方だが、二人に共通の薄い脂肪に覆われ、筋肉自体もしなやかで、私の華奢なだけで肉の薄い身体よりも肉感的だ。
しばらくそうやって、ブリジットがすっかりリラックスしたところで、私は手を止めた。マッサージやスキンシップも兼ねているとはいえ、いつまでも背中ばかり洗っていても仕方ない。
「それじゃ、そろそろ湯船に……」
リズの手が、肩に置かれた。
「リズ?」
「次はマスターの番ですよ」
「……あの、リズ?」
肩に置かれた手が、がしりと掴んで逃がさないように固定する。
笑顔のリズ。
天使のような、けれど氷の内側に炎が燃えるような。
有無を言わさぬ笑顔のまま、リズが私の背中に、木桶一杯分のウーズをいっぺんにぶっかけた。
「ひゃ――っん――!?」
因果とは巡るものだなあと、口元を手で押さえて声が出ないようにしながら思う私だった。




