"第六軍"の目標
翌日。
昨日は訓練を終えた後、リズという愛らしいメイドさんの手で、お風呂にマッサージに添い寝にと、至れり尽くせりで癒やされて、英気を養った私。
しかし、それでもなお筋肉痛のため、今日は皆の訓練を、バーゲストを撫でながら見学している。
アンデッド組はさておき、私と同じく生身のアイティースに大丈夫なのかと聞いたら「お前とは鍛え方が違うから」と言われた。
みんな正論を叩き付けるようになってきたなあとしみじみ。
サマルカンドも昨日と同じく私のそばに控えていて、レベッカも見学兼監督役として訓練の様子を眺めていた。
今日はリズに加えてハーケンも指導役として参加しているが、やはりこの二人の腕は群を抜いている。
アンデッド組は、普段は地下で訓練していると言うが、たまにはのびのびと太陽の下で訓練するのもいいだろう。
人間国家では、望み得ない風景だ。
ちなみに不死生物の活動時間は昼夜を問わないが、夜にも昼と同じように見える暗視能力を持つために、夜が得意だと思われているのだとか。
視力や眠気などで、夜に性能の落ちる人間からすれば、相対的に夜の不死生物の方が強く思えるのだろう。
夕暮れ時になり、今日の訓練も終わりを迎えた。
アンデッド組だけなら、一日中でもやっていられるのだろうが、リズやアイティースは生身だ。
訓練終わりに、皆が私に握手を求めに来た。
これは私が"第六軍"のアイドル的存在で人気者だから――ではなく、魔力供給の一環だ。
接触時間も短く、供給する――奪われる――魔力は大した量ではないが、一日の訓練程度ならこれで事足りる。
訓練を終えた皆はどことなく満足げで、自らを鍛える事にやり甲斐を感じているらしい。
アイティースのおかげで、訓練に張りが出たようだ。
なので、こんな事を言うのは心苦しいのだが。
「ところでアイティース」
「なんだ?」
「アイティース自身が強くなっても、グリフォンライダーにとってあんまりプラスじゃない気がするんだけど、そのへんどうなの?」
固まるアイティース。
竜騎士がドラゴンスレイヤーである必要がないのと同様に、グリフォンライダーはあくまでグリフォンの乗り手であり、求められるのは主に伝令に偵察、そして小規模輸送。
戦闘能力があるに越した事はないが、絶対に必要というわけではないのだ。
リズが小首を傾げた。
「……え、気付いてなかったんですか?」
「言ってあげれば良かったのに」
「堕落した精神面を叩き直してほしいという事かと思いましたので」
「わ、私グリフォンライダーっていっても見習いだし、それ以前に獣人軍の戦士だから……」
震え声。
嘘ではないのだろうが、今正にとってつけたような理屈だ。
「そもそも、どれぐらい強くなったら帰るつもりだったの?」
「そ、それは……」
「まさかのノープラン」
「獣人……いえ、アイティースは、良く言えば前向きで行動的、悪く言えば考えなしな所がありますからね」
「うぐぐ……」
歯噛みするアイティース。
リズに言い返したいが言い返せないといった所か。
「私を倒せたらとかですかね?」
「無茶言うな」
リズに勝てるなら、確かに戦士としては一流だ。一流の前に超をつけてもいいかもしれない。
"第二軍"暗黒騎士団の騎士団長を務める姉と共に、姉妹揃って、強者揃いのリストレアの中でも上位に位置する。
……本当は、こんな所でメイドをしているような子ではないのだ。
アイティースの言う通り、リズを倒すのは、無茶としても。
「アイティースは、どんな風になりたいの?」
「え?」
「自分が強くなりたいのか。リーフと心を通わせたいのか。私はグリフォンライダーには詳しくないけど、飛ぶ速さとか、荷物を持てる量とか、きっと色んな個性があるよね。アイティースは、どうなりたいの?」
「いやあの、それは……」
「自分がどうなりたいか、おぼろげでも分かってないと、何をすればいいかも分からないよ」
「う……」
アイティースが苦い顔になる。
リズが口を開いた。
「マスターは、どんな風になりたいんです?」
「私?」
「ええ。言っている事は実に正論ですが。――我らが主は、アイティースに偉そうに講釈を垂れられるほど、明確な目標を持って日々を送っていらっしゃるのかと言えば……少々疑問であると、言わざるを得ません」
私は微笑んだ。
そして芝居がかった、キリッとした声と口調を作る。
「それは私の落ち度だな。私は常日頃目標を宣言し、"第六軍"はその目標を達成するために活動している」
「……人類絶滅、ですか?」
「その目標は通過点であり、我らが選択した手段の一つに過ぎない」
私は首を横に振った。
そして、静かに宣言する。
「基本方針として、面白おかしく、可愛い部下達と一緒に日々を過ごせたらいいなと思っているよ」
何故か、ぱちぱちと――骸骨の者はカチャカチャと――拍手が上がる。
拍手をした者の中には、サマルカンドとレベッカも含まれていた。
「ちょっと。サマルカンドはまだしも、何レベッカまで拍手してるんですか」
「いや、さすがにここまで呆れ果てた事を真顔で言い切れるのは、これはもう一種の才能かと思って」
うんうんと頷くレベッカ。
褒めていないような気はする。
「我らは、我らが主が望む未来を作るための尖兵。……その、望まれた未来に我らがいるという事実こそが、我らにとって主を慕う理由ゆえに、拍手をもって感謝と賞賛の意を示しました」
サマルカンドが、リズにかしこまった口調で丁寧に解説する。
「……全く。お前達も、同意見ですか?」
リズが、周りを取り囲む死霊騎士達を見る。
「一秒先の言動が読めないのが癖になると言いましょうか」
「上司との距離が近い職場と聞き及んでおりましたが、噂以上です」
「此度の屋敷詰めであった巡り合わせに感謝せねば。自慢話の種が出来ました」
口々に好き勝手な事を言う皆。
「私は……まだ、よく分かんねえよ」
アイティースが、躊躇いがちに口を開く。
「でも、今は少しでも、私自身が強くなりたい。それで、リーフとの絆を強くして……この空を飛びたい。リストレアのために」
どんなに優秀でも、グリフォンの乗り手になれない事もある。
一番大事なのはグリフォンとの相性であり、見習いという名の予備も含めた二、三人が一頭のグリフォンの担当となる。
リーフには、未だ正式な乗り手が決まっていない。
しかしアイティースは、期待されているのだろう。各地への連絡を兼ねた、ローテーションを組んだ飛行訓練ではなく、長期に渡りうる、他軍への派遣要員に選ばれたという事は、そういう事だ。
彼女は、期待され、そしてその期待に応えようとしている。
「――つまり、アイティース自身に訓練の機会を与え、なおかつリーフと共に任務の緊張感を持って飛ぶ機会を与えればよいわけだな?」
「まあ……そうなるんだろうけど」
唐突な私の言葉に戸惑いながら、アイティースが首を縦に振った。
「マスター、何か思いつかれたので?」
「ちょっとね」
「……そんなすぐに思いつくのか?」
「意外とそういうものだよ。リズ、細かい調整はよろしくね」
「まあそういうお仕事ですからね。それで、どうなされるので?」
「リタルサイド城塞へ飛ぶ。バーゲストを前線に送るいい機会だ。ついでに、アイティースは暗黒騎士団に訓練をつけてもらうといい」
「あれ、普通ですね?」
「リズ。私だって、いつも変な事言うわけじゃないんだよ?」
「その言葉が本当だったらよろしかったのですが」
本当だってば。




