近衛師団の精鋭暗殺者相手に一騎打ちで勝つ方法
「はぐっ……」
「"第三軍"の名が泣きますよ、アイティース」
アイティースの肩に木剣が軽く――あくまで死なない程度という意味で――打ち込まれ、アイティースが崩れ落ちる。
リズの打撃は、妙に内側にくるのだ。
「リズ様の腕前はお見事ですなあ」
「そうだねえ」
芝生の庭に、累々と倒れ伏した死霊騎士達と、仲良く寝転んで空を仰ぎながら、私は彼の言葉に同意した。
そしてアイティースも、もう一太刀喰らって倒れ込み、既に倒れた私達に仲間入りする……ところで、彼女はふらふらと立ち上がった。
「"第三軍"の名に、泥を塗れるかよ……!」
「その意気です」
リズが微笑む。
「うむ。それでは我らも"第六軍"の名に泥を塗るわけにはいかぬなあ」
「我らが主と寝転んでいるのも、それはそれでよいものだが、それでは"第六軍"の騎士の名折れか」
口々に言って、ぞろぞろと起き上がる死霊騎士達。
「あれ、みんな起きれるの?」
私はまだ無理。
「我らは不死生物ゆえ」
「主殿はいましばらく休んでいられるがよろしい」
みんなタフだなあ。
どうやら、私に付き合ってくれていただけらしい。
「ほら、マスター。いつまで寝てるんですか」
いつもの口調でリズが言う。
アイティースと死霊騎士達をまとめて相手しながら、だ。
「私そろそろ限界なんだけど」
「限界は私が決めます」
鬼教官。
「サー、イエスサー……」
「なんですそれ?」
「私の故郷で、訓練の上役に言う挨拶だよ」
確かに、立ち上がろうと思えば、立ち上がれるのだ。
木剣を構える事も出来る。それで打ちかかる事も出来る。
さっぱりと殴り倒される事も、出来る。
それほど痛くないので、かなり手加減されているのは間違いないが、実力差がありすぎる。
これ、訓練になっているのだろうか。
また倒れ込んだところで無理に起き上がらず、呼吸を整える事に専念する。
体力を回復しながら、手は出さず訓練を眺めているハーケンに声をかけた。
「ねえ、ハーケン。ぶっちゃけ私の腕前って今どれぐらい?」
前に聞いたのは、リタルサイド城塞における『合同訓練』の折。
その時は、一週間の訓練で、『入隊後一週間の新兵』という評価を貰った。
今は……?
「入隊後六日の新兵ほどであろうか」
「え? あれ? 一日減ってない?」
その後、リズとブリジットに訓練をつけてもらったりもしているのだけど。
「サボっておられた分であるな。それにあの時の方が気力が充実されていた」
正論。
横たわったまま、呟いた。
「……もう少し、強くなれるかなあ」
「我が主に剣の腕は必要ないであろう。我が主が直々に剣を取られる状況は、まず間違いなく我ら全てが護衛としての任を果たせぬ状況であろうから、付け焼き刃ではどうにもならぬ」
「……うん」
「だが、剣の道というものはそれだけでもない。身体を動かす事そのものも、訓練をしたという自負も、何一つ無駄にはなるまいよ。そういう意味では、剣の腕では測れぬものを積まれているはずだ」
「だといいんだけどねえ」
寝転んでも手放さずにいた木剣を掲げて、眺めた。
「リズ殿は優秀な教官ゆえ、信じてその手に握る剣を振るわれるがよろしい。訓練とは、教え手を信じられねば身につかぬものだ」
「それは、自信あるよ」
私は立ち上がる。
そして、リズに木剣の切っ先を向けた。
「リズ! そろそろ本気で限界だから、一騎打ちを申し込む!」
「はい? ……いやまあ、いいですけど」
リズが微笑む。
「一騎打ちというなら、手加減の割合を減らしますよ」
手加減しませんよ、と言わない辺りは圧倒的な実力差ゆえだ。
「もちろん!」
私は上段に構え、突進した。
そして叫ぶ。
「勝った方が負けた方の言う事をなんでも一つ聞く!」
「望む所……え、あれ?」
リズは混乱しつつも、がら空きの私の胴に、木剣を吸い込ませた。
割といい音がしてクリーンヒットし、私は無防備に崩れ落ちる。
「あ、マスター!? 大丈夫でしょうね!?」
リズが慌てて駆け寄る。
護符を外しているので、彼女の作ってくれた魔力布製の服が頼りだ。
それにしたって、物理打撃に対しては頼りない。
けれど、リズはきちんと手加減してくれている。
打たれた所はじんじんと痛むが、打ち身以上のものではないだろう。
うずくまったまま、リズが差し出してくれた手に寄りかかる。
「試合に負けて、勝負に勝った……」
「……頑張りましたからね。少しぐらいは我が儘も聞きますけど、『なんでも』の内容によりますよ」
「訓練で疲れたっていうか全身痛いから、お風呂ゆっくり入って、一緒に寝よ?」
「それだけのために私に一騎打ち挑んだんですか? 馬鹿なんですか?」
「はい、馬鹿です……」
言い返せない。
視線を落とした。
リズが、ため息をつく。
そっと、私の髪が撫でられた。
「……それぐらい、してさしあげますよ」
胸を押さえてうずくまる私。
「えっ!? どうしました?」
「リズが可愛すぎて胸が痛い……」
「馬鹿なんですね」
断定口調。
全く言い返せない。
けれど、胸が痛いのは本当なのだ。
これを喜びと思わない人が、いるだろう。
こんなものを幸せと呼ばない人が、いるのだろう。
けれど私にとっては、リズにそんな事を言ってもらう事が、この世界に来て知った幸福の一つなのだ。




