番外編・「心臓に悪いお客さん」
・4章、201部分「港のない港町」及び202部分「メイドさんと貝を焼く」の番外編です。
・視点は↑に登場した貝焼き酒場の店員さんのものです。
・挿絵イラスト内に表記されているXには、お好きな数字をお入れ下さい。
胸が、ドキドキしていた。
手伝いをしている実家の貝焼き酒場にふらりと訪れた、一見のお客さんの一行。
代表で注文していたのは、丁寧だけどさっぱりしたお姉さんだった。
ダークエルフのメイドさんを連れて、しかも悪魔が恭しく振る舞っているという事は、偉い人なのだろうか。
けれど、ちょくちょく聞こえてくる言葉が。
「うん。元気で可愛くていいよね。リズもああいう恰好似合いそう。エプロンもそうだけど、この季節の生足が眩しくて」
元気で可愛いとか、生足が眩しいとか。
酔っ払ったおじさんのからかいだったら、笑って流せるのに。
女同士なのに、何故だか、あまりにストレートな言葉に、頬が赤くなって。
貝を持っていった時、おかしくなかっただろうか。
「リズ……一口飲んでいいよ」
口振りからして好きそうなのに、ビールの一口目を、それでも飲んでいいと、メイドのお姉さんに差し出しているようだった。
それからも漏れ聞こえてくる声は、とても楽しそうだった。
不意に、その声に、愛しさが混じって。
「……幸せだねえ」
ぽろっとこぼれたような。
しみじみと息をつくような。
そんな声が、心臓に悪い。
「あー、うちのメイドさんと間接キスで飲むビールは美味しいなー」
(間接キス!? 間接キス間接キス間接キス……)
女同士だから、そんなのは、気にするほどの事ではないはずのに。
そんなこと。
なのに、間接キスという言葉がぐるぐると頭を回る。
「リズが貝をあーんして食べさせてくれたら考える」
(あーん!? あーんあーんあーん……)
やはり、あーんという言葉が頭をぐるぐると回る。
それは、普通恋人同士のたわむれだ。
あの二人は……恋人同士、なのだろうか?
女同士、なのに。
「それはむしろご褒美です」
メイドさんに外道と呼ばれて、それでも何故か嬉しそうな。
声を聞いているだけで、心臓に悪い。
その人の事を大好きなのだと、初対面の私にもはっきりと分かるほどの、愛しさが込められた声。
これが愛の告白なら分かる。
でも、外道と言われて、なのだ。
マスターと呼ばれていたあの人と、メイドさんは主従なのだろうか。
身分差も。
性別の差も。
そんなものを障害としないような、恋人同士、なのだろうか。
(ご褒美って……なに――!?)
火照る額と頬に、手を当てた。
自分の顔が熱を持っているのが、はっきりと分かる。
手に掛けた、"炎耐性付与"の効果は、まだ残っているはずなのに。
心臓の動悸にも、顔の火照りにも、効果はないようだった。