特殊な会議風景
「せっかく来てもらったのだから、"第六軍"所属の死霊騎士達も、"第四軍"式に鍛え直すのがよかろうな」
とエルドリッチさん。
「元"第四軍"の者もおりますが、そうでしょうね。私とハーケンだけでなく、レイハン様を始め、上級騎士達に訓練をつけてもらうのは、よい経験になるでしょう」
とレベッカ。
「"病毒の王"様。バーゲストの群れに関しての対処は、どうでしょう? ……犠牲なしに従属させられる可能性があると思われますか?」
とフローラさん。
「分かりませんね。こちらの群れは数で劣ります。以前従属させた時は、こちらは十五匹いて、向こうは四匹だった。数で勝る側が素直に聞き入れるかどうか……」
と私。
「なんでみんなこの状況でそんな普通に会議出来るんです?」
とリズ。
「慣れようよ。後、この会議風景はすごく素敵だから、"第六軍"にも正式採用すべきじゃないかな」
「これが正式採用される未来は、あらゆる権限を用いて断固として阻止させて頂きます」
現在、円卓の置かれた会議室で、"第四軍"からはエルドリッチさんとフローラさんの夫婦コンビ、"第六軍"からは序列第一位から第五位までのいつもの五人が集っている。
ちょっといつもと違うのは、フローラさんは膝の上にレベッカを、私も同じく膝の上にリズを乗せている点だ。
フローラさんがしたのを、真似をした。
その際、私をいつものように罵ろうと口を開いたリズが途中でやめたのは、間違いなくフローラさんも同時に罵る事になるからだろう。
なので矛先が、レベッカに向いた。
「レベッカもレベッカです。常識人だと信じていたのに」
「元上官だしな。――フローラの能率が上がる方が大事だ。エルドリッチ様まで連鎖的にやる気をなくされたらたまらん」
レベッカがフローラさんの膝の上で、きっぱりと断言した。
「……うちのマスターに意外とすぐ順応したのは、そのせいですか」
「ん……まあ、な。さすがに戸惑ったが」
レベッカがちらっと私を見る。
私が微笑むと、彼女は軽くため息をついた。
「"病毒の王"様もレベッカ様の魅力をご理解頂けるのですね」
「それはもう」
目と目で分かり合うフローラさんと私。
「姫様は国内でも人気の高い皇女でした。第三皇女でしたが一番人気だったと言っても過言ではないでしょう」
「それ初耳だぞ、フローラ」
「本人に言う事ではありませんよね」
「……じゃあ本人の前で言うなよ」
レベッカが呆れ顔になる。
……第三皇女。
"蘇りし皇女"の名前を持つ以上、エルフの国のお姫様だったのではないかと、思っていた。
普通に考えれば、彼女が第三皇女なら、上に二人皇女がいたはずだ。
その二人は――きっとこの世にいない。
エルフは絶滅したとレベッカは言った。
フローラさんのように、死霊となったエルフはいるかもしれないし、骸骨の中にも、エルフがいるかもしれない。
それでもそれはあくまで『元エルフ』だ。
それが、一種族が滅びるという事。
レベッカが、私とリズに視線を向けた。
「ところで重くないのか」
「だ、誰が重いですって?」
「……いや、フローラは死霊だし」
「女の子はみんな羽根のように軽い……って言えなくてごめんねリズ」
「……つまり重いんですね」
私とリズは、私の方が背が高いぐらいで、それほど体格に差はない。
人一人膝の上に乗せていると、結構重い。
それは事実なのだけれど。
「いや、それが、この重さがしみじみと幸せで」
彼女の腰を抱いたまま、膝に乗っている分、少し高い位置にあるリズの肩に軽く頭を寄せる。
「――さて。うちのバーゲスト達は絶対数で、問題の群れに劣る。理想を言うならば、対話を選んだ方が得だと思わせる状況まで追い込みたいと思います。討伐を選ぶにせよ、こちらが有利な状況を作る必要がある事に、違いはありません」
「うむ……。アンデッドであっても、数を動員すればバーゲストにも対抗出来る事は間違いない。アンデッドではない者達ならば、種族的な不利はつかぬ。ただ……やはりあの数の黒妖犬に正面からぶつかるならば、精鋭を動員した上で、同数程度の犠牲は覚悟せねばならぬやもしれぬ」
「そうならないようにする事が理想ですが……そもそも、数を動員する事に問題は? 警備が手薄になりませんか?」
「仮に城を空にしても問題ないような荒れ地であるからな。そこまで動かしてよいかは、また別の問題だが」
「普通に続けるんですね」
「うむ。リーズリット殿。ここにおるのは口が堅い者ばかりよ。恋人同士のたわむれも、仕事に支障のない範囲なら許されると信じておる」
「……真面目な口調で言えば許されると思っているのは……我が"第六軍"の最高幹部のみであると思っておりました」
リズが諦めたようにため息をつく。
「後、恋人同士じゃないです」
「ん?」
「え?」
エルドリッチさんとフローラさんが、同時に疑問符を浮かべる。
「恥ずかしがらずともよかろうに」
「ええ」
「いや、本当に違うんですよ」
真顔で首を横に振るリズ。
「説得力のない絵面だぞ、リズ」
レベッカの意見は説得力があった。
「だって、うちのマスターにやる気なくされたら困るじゃないですか」
「私は、リズが何かしてくれなくても、それを理由にお仕事しなかったり、やる気なくしたりしないって、言ってあるのに」
「でも私が何かすると、明らかにやる気出すじゃないですか」
「それはまあ当然だよね」
私は、うんうんと頷いた。
「まあそういう事にしておくとしようか」
「ええ、そういう事にしておきましょう」
"第四軍"の二人が揃って頷く。
「え、待って下さい。ちゃんと伝わってます?」
怪訝そうになったリズに、エルドリッチさんが頷いた。
「うむ。"病毒の王"殿とリーズリット殿は恋人ではないのだろう」
「ええ」
「しかしお互いに信頼し合っている最高幹部と副官である」
「……ええ」
「その上で仲睦まじいと」
「……否定するものではありません」
エルドリッチさんが、顎骨に手を当てつつ、かこん、と首を傾げた。
「ならば何か問題が?」
「い、いや……問題……と言うほどのものはないのですが」
「最高幹部と副官の関係はそれぞれだ。事務的な事もあれば、親友のようである事もあるし、恋仲である事も珍しい事ではない。仲が悪いのは問題だが、仲が良く、かつ仕事が円滑に進んでいるのならば、お互いの関係をどう呼ぶかなど、本人同士が決めればよい」
エルドリッチさんが立ち上がった。
フローラさんに向かって手を広げる。
「ところでフローラ。我が膝の上に来る気は?」
「今は久しぶりの姫様との触れあいが大事ですので、謹んでご遠慮申し上げます」
ちょっと寂しげなエルドリッチさん。
「それはまた、後で」
さっきと同じひととは思えないほど気力の充実したエルドリッチさん。
空気が送り込まれた炎のように、彼の全身を薄く覆う、アンデッド特有の青緑のオーラが大きくゆらめいた。
そして彼は顎骨を大きく開いて、笑った。
「ここは一つ、"第六軍"と合同で大演習といこうではないか、フローラ」
「はい。レイハンと共に、万事手配いたします」
フローラさんが、膝からレベッカを下ろし、彼のそばに寄って、軽く笑いかけた。
私もリズを膝から下ろして、笑いかける。
「あんな風になりたいね」
「……ええ、まあ」
私達の元にやってきたレベッカが、口を開く。
「もうなってると、思うがな」
嬉しい事を言ってくれたので、フリーになった私は手を広げて誘ってみた。
「お姉ちゃんの膝の上に来る気ない?」
「謹んで遠慮する」
後で、とは言ってくれなかったのが残念だ。




