同族殺し
"荒れ地"は、広い。
そして荒れ果てた土地といっても、"第四軍"の管轄地域全てが、本当に草木一本生えていないわけではない。
木々の元気がいまいちで、枯れ木や倒木も目立つが、森だってあるのだ。
絶景と言うよりは奇景だが、ファンタジーのザ・禍々しい森といった風情があり、これはこれで好き。
そして貴重な景観をぶっ壊す自然破壊が進行中だった。
普通の骸骨に見えるが、黒い霧に覆われている。
不死生物の表情を読む事に掛けては、『部下との胸襟を開いた交流』によって、自信がついてきたのだが、それの表情は読めない。
全身に黒い霧と共に、不死生物特有の青緑のオーラを全開で垂れ流してまとっている。
同じく青緑の鬼火の目は……白目も黒目もないが、どうも目の焦点が、合ってないように思える。
そして食の好みも変わった御仁だ。
今も低木を折り千切ると、つまみあげて、開いた大口へ突っ込む。
喉も胃袋もなく、骨しかない。その上噛まなかったため、当然のように、すりぬけて地面に落ちる。
そして、瑞々しかった生木は焼け焦げたように黒くなり、地面に落ちた衝撃だけでボロボロと枝から葉が落ち、枝そのものもぼろっと崩れた。
表情は、分からない。
けれど何に突き動かされているかは、分かる。
あれは今、飢えているのだ。
「……見るに堪えん、な」
苦々しげにエルドリッチさんが呟く。
「私が相手をする。合図するまで、手出し無用。逃げようとしたら、クロスボウを叩き込め。"病毒の王"殿、自分達に向かってきた場合のみ、迎え撃たれよ」
「はい」
発見にはバーゲストが一役買ったが、それ以上出しゃばる気はない。
私達は"第六軍"。……見学だ。
これは、"第四軍"の仕事。
エルドリッチさんが骸骨馬から、ひらりと飛び下りた。
ガシャリ、と鎧の音がして、上位とはいえ、ふわふわと軽い死霊の身であるのに、地面が少し沈んだ。
その『なれはて』が今気付いたとでも言うように、彼を見る。
そして、敵意を感じ取ったものか、エルドリッチさんに狙いを定めて、掴み掛かった。
彼は杖で受け止めるが、向こうも骸骨のはずなのに、骨の身とは思えぬ力だ。
不死生物は、身体を気遣う必要が薄いし、魔力もそちらに回せるから、筋肉がない割には結構力がある。
しかしこれは、通常のスケルトンの領域ではない。
杖を掴んだ手に力が込められ、鉄靴の踵が地面をえぐりとりながら、じわじわと押し込まれていく。
「リズ。どうして離れて戦わないの?」
「それは……これがあの方の距離ですから」
「え?」
ぐるりと杖が捻りを入れて回され、なれはてが回転しながら宙を舞った。
地面に叩き付けられ、地面に手を突いて跳ね起きようとしたなれはてのふくらはぎの骨が、鉄靴に踏み折られた。
それでも伸ばされる手を杖が鋭く打ち、衝撃で手指の骨がいくつか粉微塵に砕け散る。
さらに湾曲した杖の先端が頭蓋骨に横薙ぎに叩き付けられ、上半分を粉砕した。
「え……あの? エルドリッチさんって魔法使いじゃ……?」
「そう見えますか。ならばイメージ戦略は成功ですね」
「つまりあの人、戦士なの?」
「ええ。我が主とよく似ておられますよ。違うのは、マスターは弱いのを隠すための魔法使いの装束であり……あの方にとっては、国内最強の戦士の一人である事を隠すための装束だという事です」
スケルトンとはいえ、並のアンデッドならもう倒れていそうなダメージだったが、『なれはて』とは、自我を失くし、手当たり次第に魔力を喰らい、自らの力を高めた不死生物だ。
黒い霧が失った手足や頭を代替するようにまとわりつく――隙を逃さず、掌底が胸骨に叩き込まれた。
胸骨と、肋骨を巻き込んで折りながら、それ自体は致命傷ではなかったが、衝撃に吹っ飛ぶ。
そして命令が下される。
「術式選択、"聖なる矢"。撃て。そして、撃ち続けよ」
馬上から、白ローブのダークエルフ五人がすっと手のひらを向け――詠唱なしに魔法が叩き込まれる。
名前通り光属性の矢を放つ魔法。一発一発は軽いが、間断なく叩き込まれる相性の悪い属性の攻撃が、みるみる内になれはての全身を削り取っていく。
体勢の崩れたところを狙い撃たれたそれは、もう逃げる事も出来ず、それでもダークエルフ――生者の気配に惹かれたものか、小さくなっていく黒い霧をまといながら、ずるずると身体を引きずるように這い寄ってくる。
伸ばされた手が、聖なる矢に撃ち砕かれ、黒い霧も払われていく。
哀れみさえ誘う姿だった。
「終わりましたね」
「……うん」
「詠唱停止」
エルドリッチさんの命令で、一斉射撃は唐突に止んだ。
しかしまだ、なれはては残っている。
まだ残っている顎骨が、ぱくぱくと動く。
そこと、繋がっている首と背骨の骨しか残っていない有様で、黒い霧も、青緑のオーラも、ごく僅か。
杖を地面に置いたエルドリッチさんが、そっと両手を添え、優しい手つきで拾い上げる。
高く掲げて、話しかけた。
「そなたは……かつての同胞か? それとも、同胞となり得たものか? それは分からぬな……だが、次に我らが同胞になる時は、そのような姿にはなるなよ」
なれはての顎骨が、声に応えるように一度かつん、と打ち合わされた。
そして、両側から力を込められ、粉砕された。
骨の手から、骨の残骸がこぼれ落ちていく。
青緑のオーラも、黒い霧も、夢が終わったかのようにふわりと溶けて消えた。
「手に負える内で幸いであった……か。これにて討伐を完了したと、判断する」
エルドリッチさんが、静かに宣言した。
そして厳かに告げる。
「祈ろうではないか。今ひとたびの生を得て、しかし我らと道を違えた者のために……」
彼の言葉に、皆が静かに目を閉じて――まぶたのない者も、そのように振る舞って――黙祷した。




