辿りうる未来
私達が会話をしている間に、周りも続々と馬上の人になる。
"第四軍"の十二騎は、先程エルドリッチさんが言ったように二人乗りだった。
鎖鎧に、胴鎧と籠手、それに鉄靴を履いて要所を補強した、機動性と防御を両立させようという意志を感じる装備を身につけた死霊騎士達が前に乗り、手綱を握る。
腰に剣を差しているが、幾分長めなのは馬上用ゆえだろう。
そして後ろの席は、五人が白いローブのダークエルフ、残り七人が前席と同じ鎧にクロスボウだ。
腰の剣が短めの小剣なのは、あくまで予備武装だからだろう。
鞍にもクロスボウ用の太矢が満載された矢筒が備えられている。
"第四軍"のグリフォンライダーもそうだったが、乗り手と攻撃手を分ける事で、機動性と火力を両立するという発想はシンプルだが堅実だ。
人間が――ダークエルフや獣人も――そんな事をしようとすれば速度が犠牲になるが、彼らはアンデッド。
それも肉を捨てた骸骨と死霊だ。
『大幅な軽量化』に成功している。
ダークエルフの人達も軽装だし、支障はないだろう。
出で立ちからして、神聖魔法を使う、対不死生物に特化した部隊だ。
……誤解されがちだが、『ダーク』エルフだからといって、闇系の魔法が得意なわけではない。
個人の素質としては闇を示す事もあるが、ダークエルフはもしも世界を光と闇に分けるならば、間違いなく光の勢力に属するだろう。
世界はそんな単純な二色で塗り分けられるものではないけれど。
ちなみに、その場合闇の勢力は悪魔と不死生物。
……もしも人間達が敵と定めたのが、悪魔と不死生物だけだったら。
陛下とリストレア様は、共にこの国を作らなかっただろうか。
リストレアの名を冠する国は、生まれなかっただろうか……?
それは、イフのお話。
歴史にifはない。
ただ、それを考える事には、価値がある。
……本当はきっと……この世界の様々な種族が、お互いを絶対に許せない理由は、存在しない。
人が魔族を敵と宣言する理由も、私が人類絶滅を宣言する理由も、まっさらな過去にはなかった。
けれどもう、その理由が出来てしまった。
それを巻き戻せない歴史だと諦めるか、ただの過去だと笑い飛ばすしか出来ないほどの『理由』が。
笑い飛ばせる人は、そういない。
特に魔族は……未だ『当事者』も多く残る。
むしろ人間こそが、融和を図るべきなのではないかとすら、思う。
欲しかったのは、南の肥沃な大地のはず。
魔族を敵としたのは、ただの手段だったはず。
いつしか作られた理由が、憎しみに置き換わった。
けれど人間にとっては……もう、忘れられるぐらいの時間。
小規模な戦闘はあるが、本格的にお互いが屍を積み上げるような戦いをしたのは、"第六次リタルサイド防衛戦"……もう五十年も前の事。
何人が生き残っているというのだろう。
人間にとっては、流された血も涙も、風化するのに十分な時間だ。
けれど人間は、それでも屍を積んで壁を越えようとした。
私がこの世界に来たのも、その一環だ。
違う世界の、とはいえ……同じ人間を使い潰してでも、魔族を殺したい人間が、いたのだ。
あるいは、魔族を利用して、自分達の内から厄介な勢力を排除しようと思った……人間を殺したかった人間が。
私達は……こんな風に出来るのに。
骸骨の馬に、ダークエルフと人間が共に乗る事も。
骸骨の馬に、不死生物とダークエルフが共に乗る事も。
上位悪魔と黒妖犬を引き連れ、一個の軍団として機能する事も。
――これは、人間が切り捨てなければ、あったかもしれない未来だ。
エルドリッチさんが、残していくフローラさんにかけた声が耳に届く。
「ではフローラ、後を頼む。なるべく早く片づける事としよう。お前の顔を少しでも長く見たいものでな」
「無駄口を叩く余裕があるようですね。……頼みますよ、レイハン」
「はっ、フローラ様……」
レイハンさんが軽く頷いた。
表情までは分からないが、いつもの事らしい。
序列第一位と第二位の仲がよろしいのは、いい事だ。
エルドリッチさんが、杖を突いた姿からは想像出来ないような身のこなしで、ひらりと飛び乗る。
鐙に載せられた足は鉄靴で、少なくとも下半身は騎乗用の甲冑を着けているようだが、それもまた紫のローブ同様に透けている。
彼は、危なげなく馬を操ると先頭に進み出て、薄く透けた骨の手で、古び方も様々な布が巻かれた杖を掲げて叫んだ。
「――では、行くぞ! 我らが辿りうる未来を、討ち滅ぼしに!!」
一斉に歓声が上がる。
死霊軍総帥としての人気は確かだ。
『なれはて』は全てのアンデッドが、辿りうる未来。
そうなった時点で、リストレアの民ではなくなり、討伐対象となる。
そして"第四軍"の仕事には……そうなってしまった、かつての同胞を狩る事も含まれるのだ。




