"上位死霊"
"第四軍"の城は、死の気配に満ちていた。
……と言うのは失礼かもしれないが、中庭や城壁の上で見かけ、すれ違う人達がほぼ全て骸骨か死霊……つまり不死生物なので、そんな感想を抱くのも、仕方ないと思う。
王城やリタルサイド城塞にアンデッドのひとがいなかったわけではないが、それはごく少数だった。
私とリズ、サマルカンドは、死霊軍のアンデッドグリフォンライダーの人に、そのまま先導されて案内されている。
アイティースはリーフの世話のために、魔獣舎に残った。
遠巻きに眺められているのが分かるし、ひそひそ声も聞こえるが、敵意や害意は感じない。
そういえばハーケンは"第四軍"の備品だったと言うし、レベッカはなんだか一部でアイドルっぽい人気だった。
かつての同僚やアイドルの、次の職場の上司となれば――気になるものかもしれない。
これでも最高幹部だし、一目見たいと思う人達もいるだろう。
そんな事を考えながら歩いていると、目的地に着いたようだった。
重々しく頑丈な扉が開けられ、赤絨毯の上に乗る。
「久しいな、"病毒の王"殿。遠路はるばるお越し頂き、感謝する」
「こちらこそお招き頂いて感謝する、エルドリッチ殿」
出迎えの言葉に、私も挨拶を返した。
一段高い玉座に座るのは、紫のローブをまとった骸骨……だが、その全身は透けている。
現在確認されている唯一の上位死霊であるという話だが、普通の死霊とどう違うのか、実はよく知らない。
首元に下がる装甲板には、"第四軍"の紋章が浮き彫りになっている。
魔王軍最高幹部、"第四軍"死霊軍総帥、"上位死霊"、エルドリッチ。
"旧きもの"リストレア様、"竜母"リタル様と共に、魔王陛下の側で彼を支え、リストレアという国を興した建国メンバーの一人。
死霊軍は、数だけならリストレア魔王国最大。
死ねば一定数が不死生物になり、寿命らしい寿命がないという特徴から、精鋭も多く所属する。
"第二軍"暗黒騎士団、"第三軍"獣人軍と共に、この国の武力を象徴する陣営だ。
玉座の側には、側近らしい二人が控えている。
向かって右にいるのは黒い全身鎧に身を包んだ騎士だ。禍々しいデザインの角付き兜をかぶっているせいで顔はおろか、種族も分からない。
手には古び方も様々な布が巻かれた杖を持っているが、あれは確か、いつもはエルドリッチさん自身が持っている杖だ。
向かって左にいるのは、白くゆったりとした服を着た、死霊だった。
薄く透けていても分かる美人さんで、波打つウェーブのかかった金髪を背中まで伸ばし、肌はアンデッドという事を差し引いても透き通るように白い。
そして、笹の葉のようにぴんと伸びた耳。
この国に来て、レベッカ以来二人目のダークじゃないエルフさんだった。
"第四軍"の副官、フローラ。
他軍の人は顔と名前が一致しない人が多いが、彼女は偉さと生前の種族が相まって記憶にある。
「後続が到着するまで、ゆるりと過ごされよ……と言いたいのは山々なのだが」
「はい。それまでに打ち合わせなどを」
フローラさんが、一歩前に進み出た。
「"第四軍"の副官を務めている、フローラと申します。後の話は場所を変えて……という事でよろしいでしょうか?」
ちらりとリズを見る。
彼女もまた、一歩前に進み出た。
「ええ。私は"第六軍"の副官を務めているリーズリットと申します。軍議を通じてお互いに情報の提供など出来ればと思います」
そして優雅に一礼する。
うちの副官さんがキリっとして仕事をこなしている所を見れて嬉しい。
……などと仮面の下でほのぼのとしていると、ふと、エルドリッチさんの視線が気になった。
正確に言えば、視線の先が。
副官であるフローラさんに向いているのはいい。
しかし……何か違和感が。
うちの死霊騎士達と、似た雰囲気、というか。
「それでは、こちらへ」
黒い鎧の死霊騎士に渡された杖を突いて、エルドリッチさんが立ち上がる。
そしてフローラさんのみを伴い、私とリズ、それにサマルカンドと連れ立って、少し離れた会議室らしい部屋に入る。
壁に掛けられた地図と、でんと置かれた円卓だけがある、シンプルな部屋だ。
「よろしければ、仮面を外されよ。"第四軍"の皆に見せるかは、"病毒の王"殿がお決めになる事だが」
「はい。エルドリッチ殿はご存知でしたね」
一礼して、仮面を外す。
彼が座るのに合わせ、サマルカンドに杖を預け、対面に腰掛けた。
リズが私の隣に控える。
丁度フローラさんも同じように、エルドリッチさんの隣に控えた。
「一度ゆっくりと話をしたいと思っていたのだがな。王都に出向く折は、あまり自由時間というものがない。睡眠の要らぬ不死生物ゆえにこきつかわれるものでな」
声色を柔らかくする彼に釣られて、私も少し気分が柔らかくなった。
「"第四軍"ともなれば、大所帯ですから」
「望んで得た立場ではないが、なってしまった物は仕方ない」
「ええ、仕方ありません」
うんうんと頷く。
「……ふむ。一つ、聞いてもよろしいか?」
「……私に答えられる事なら」
真剣味を増した声に、居住まいを正す。
「"病毒の王"殿は、そちらの副官殿の事が好きなのか?」
「え? そりゃまあ大好きですけどそれが何か?」
リズが慌てたように口を開く。
「ま、マスター!? 何をいきなり言ってるんですか」
「だって聞かれたから……」
「聞かれたら答えるんですか!」
「最高幹部だしねえ。答えにくい質問とかならともかく……」
「え? 私がおかしいんですか? 今の質問は、マスターにとって答えにくくないんですか?」
「それはもちろん」
リズが言葉を失う。
「もう一つ聞くが、フローラの事を、どう思う?」
「……え? 可愛らしい方ですよね」
リズが呆れ声を出した。
「あの、マスター。……そういう事を聞かれているのでは、ないのではありませんかね」
「そう? でもほら、優秀そうなのはさっきのだけでも分かるけど、他は外見しか分からないって言うか。死霊とはいえエルフの人見たのまだ二回目だし、レベッカと並んだらゆるふわの金髪が映えそうだなって」
「だからマスター」
リズが呆れ顔になる。
「いや、それでよい。仲良くやれそうであるな。我が副官の愛らしい事といったらそれはもう――」
「エルドリッチ様?」
フローラさんが、微笑んだ。
「我らが"第四軍"序列第一位、"上位死霊"様におかれましては、脱線、という言葉をご存知でしょうか」
「よく知っておるが?」
首を傾げて見せるエルドリッチさん。
フローラさんは微笑みを絶やさず、言葉を続けた。
「では、今の状況はどうした事でしょう? 場所を変えたのは、儀礼にそれほど気を遣わず円滑に情報交換を行うためだとばかり思っておりました」
「うむ、その通り。率いる軍も仕事も違えど、同格の最高幹部同士なのだ。お互いに腹を割って話さねば、な」
大仰に頷いて見せるエルドリッチさん。
「それは分からないでもありませんが」
「そのためにはまず、自分が最も愛しているものを理解してもらうのが手っ取り早いと思うのだが、どうか?」
フローラさんが笑みを深くした。
「うちの最高幹部様は、本当に頭の中身がスカスカですね」
そして、その笑顔のままばっさりいく。
「ねえリズ。エルドリッチさんの事、他人とは思えないんだけど」
「私もフローラ様の事他人とは思えません。後、脳内の呼び方漏れてません?」
リズの指摘に、口元に手を当てた。
「おっと」
「いや、さん付けで構わぬぞ。短い時間でフローラの美点を理解して頂いたようであるしな。好きに呼んでもらって構わぬ」
そして声を上げて笑うエルドリッチさん。
実は結構緊張していたのだけど、副官を大好き同士という事で、仲良くなれそうだった。




