"第六軍"式の歓迎の実態
「……なあ、これは『けじめ』なんだよな?」
「そのつもりだ」
私は、アイティースに頷いた。
「なんで風呂なんだよ! おかしいだろ? ああ、おかしくないはずがない!!」
「おかしくないよ。私の故郷では一緒にお風呂は同性同士が仲良くなる定番です」
私は、脱衣所に連れてこられて、ようやく事態を正しく理解したアイティースに向けて断言した。
「いや、それは分からんでもないけどな!? ――これが『"第六軍"式』? 冗談もほどほどにしろ!」
一緒に入る事になったリズとレベッカが、目をそらした。
「……え、まさか、おかしくないのか?」
「ええ、まあ……隙を見てお風呂誘われますね」
「私も着任当日に放り込まれた」
リズとレベッカが頷く。
「言う事がちょくちょくおかしいですけどね……功績を積んだ最高幹部ですからね……私、一応護衛ですしね……」
遠い目のリズ。
「まあ普通に入浴してるだけだし……私も同じような疑問を抱いたものだが……」
遠い目のレベッカ。
「さー入ろー。あ、リズ。脱ぐのはいつでも手伝うよ!」
「不要です」
「レベッカ……」
「不要だ」
「……アイティース?」
「い、いや。遠慮していい……んだよな?」
「当たり前じゃないですか」
「当たり前だろ」
「いや、これでもけじめだから……」
「何したんだマスター」
いまいち事態を理解しないまま、私に笑顔で押し切られたレベッカが、私を怪訝そうに見やる。
「え、私? どっちかというとアイティースの方がね」
「どうせうちのマスターがろくでもない事をしたんだろう」
ある意味、凄まじい信頼感。
「否定はしないけど」
「まあ、空を飛ぶのは疲れるだろう。入浴で、ゆっくり疲れを癒やしてくれ」
レベッカが、アイティースに微笑んだ。
「あ、ああ……うん。ええと……」
「レベッカでいい」
「レベッカ。あんた、まともなんだな」
「そう言ってくれると、光栄だ」
そしてレベッカが納得顔になる。
「……ああ、またうちのマスターの悪口でも言ったか。それもあいつらの前で」
「あ……うん。悪かった……」
「まあ、うちのマスターだから仕方ない。気にするな」
「え、怒らないのか?」
「言いたくなる気持ちは分かる。だが、こんなでも魔王軍最高幹部だ。慕う部下もいる。今は、それを分かってくれればいい」
「レベッカは?」
「自分の胸に聞いてみろ」
「つまり大好きって事だね?」
「…………」
レベッカが無言で目をそらして、ため息をついた。
真顔。
「全くもう……あ、服脱ぐ前に髪やろっか」
レベッカの髪に手を伸ばす。
すっとすくい上げ、手をすべらせると、なめらかな髪が砂がこぼれ落ちるように手からするりと抜けた。
何度かそれを繰り返し、感触を楽しむ。
「さらさらだねえ」
「余計な事いいから、手早く頼む」
「心得ました」
注文通り手早く、彼女の髪を軽くまとめて紐でくくって束ねると、くるりと回転させて巻き込んでお団子に仕上げる。
「髪洗う時にすぐほどけるよう、ゆるいからね」
「ん」
「……何それ」
アイティースが、不思議なものを見たような目で見る。
「便利だぞ」
「まさかの便利屋扱い」
「分相応だろ?」
レベッカが冗談めかして笑う。
美少女の笑顔って卑怯だよなあ。
「今までは身体を洗う時もそのままにしていたが、髪を上げた方が洗いやすいものでな。してもらっている」
「まあアンデッドなら問題ないと思うけど。ウーズは髪にもいいし」
ウーズを入浴に常用するのが、リストレアの女性の髪が綺麗な理由の一つだと、思っている。
「ウーズのついた髪が肌に張り付いて、まとわりつくのが少し苦手でな……」
「実は私は、その感触が好きだったり」
「この変態め」
「ほう。変態って事はつまりあんな事やこんな事をしてもいいと?」
「マスターが、私が暗殺者だって事を忘れたなら、どうぞ」
背後のリズの圧が怖い。
「――忘れた事なんて、ないよ」
くるりと背後のリズに向き直って、サイドの髪を軽く握り込んだ。
「で、うちのアサシンさんにあんな事やこんな事をするのは?」
リズが微笑んだ。
「業務範囲外ですね」
「そのワード万能使いするのやめない?」
「その要望を受け入れるのも、業務範囲外ですね」
美少女の笑顔って、本当に卑怯。
「……なあ、結局こいつら、仲いいのか?」
アイティースがレベッカを見る。
レベッカは呆れ顔になった。
「これで仲悪いように見えるなら、驚きだ」




