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病毒の王  作者: 水木あおい
4章
201/574

港のない港町


 レイリットン。


 リストレア魔王国の最南端に位置する港町……と言いたいが、言えない。そんな微妙な立ち位置の街だ。


 漁村、という方が近い。


 漁村が少しずつ人口を増やし、街に昇格した、という感じの成り立ちを持つ、最南端という事を除けば、ごく普通の漁業で成り立っている街だ。


 では何故港町と言えないのかと言うと、港がないから。


 港が必要になるような船がなく、遠浅の砂浜に無理に港を作る意味もない。船は小舟しかないから、木製の桟橋が港代わりという訳だ。

 街が海からそこそこ離れた場所にあるのは、水害対策なのだとか。


 砂浜からほど近い場所で競りが行われ、その後荷車などで街の市場や店舗に運ばれていく。

 荷車の轍が薄く刻まれた海から街へ続く道は、舗装こそされていないが、幅広で踏み固められた、よく整備された歩きやすい道だ。


 ちなみにリストレアでは馬糞を公道に放置する事が罪なので、道は綺麗だ。

 ただし、潮風に強い種が、砂地を隠しきれない程度に細々と生える草原に目をやると、転々と馬の落とし物が。


 リズに「絶対に道を外れないで下さいね」と言われた理由でもある。


 『公道に放置する』のが罪なのであって、脇の原っぱに放り込めばいいという、正しいような、マナーってなんだろうと思わせるような。

 しかし、道の脇の草だけ、全体的に枯れた色の中、妙に葉っぱが青々として元気なのは……栄養が豊富だからかもしれない。


 レイリットン自体は、重要拠点ではない。

 人間側が侵攻するとしても、まずリタルサイド城塞を抜いて、後は築かれた街や砦を順番に落としながら、王都を狙うのではないかと言われているので、戦争とは無縁と言ってもいい。


 温暖だが、吹きさらしの潮風のせいで生態系がそう豊かな地域でもなく、魔獣の類はまずいない。


 万が一に備え魔王軍自体は駐留しているが、田舎の交番といった風情で、年老いた軍人が地元で余生を送りつつ……といった働き方が定着していると言う。


 ブリジットによれば、こういった街に血の気の多い若手軍人が放り込まれる事もあると言うので、今日もどこかで、どたばたコメディテイストの、ほのぼのホームドラマが繰り広げられているかもしれない。


 ちなみにリタルサイドからも何人か『南方送り』を考えていたそう。


 ただ、情勢のきな臭さが増している現在、なるべくリタルサイド城塞の戦力を減らしたくはないという事情がある。

 

 その結果、本来は分散されるはずの、熱意と実力はあるんだけど……な若手達が一カ所に集まってしまい、駄目な方に連帯し、ちょっとおかしな方向に行きかけていたのが、あの『合同訓練』に至る理由でもあったのだとか。


 確かにここは、人手不足もあってバーゲストが番犬代わりに使われていなかったら、私が訪れる事はなかっただろう、取り立てて見る所はないごく平凡な街だ。


 ただそれは、魔王軍最高幹部としての、高い視点での話。


 ただの一個人としては、王都なら春が来たと思うほどの穏やかな海風を感じながら、歴史のありそうな石造りの建物が並ぶ、港がない港町をゆっくりと歩くこの時間は、大切な時間だ。


 しかし、これはただの散歩ではない。


 私は、街の一点を指さした。

 


「リズ。あの店がいい。あの店で晩ご飯食べよう。最高幹部権限を使ってもいい」



「いや、そんなもの使わなくてもいいですけどね」

 呆れた目のリズ。


 今日はレイリットン泊まり。


 軍の厩舎を魔獣舎代わりに借りて、リーフを休ませ、私達は近くのホテルを取っている。

 ホテルと言うより宿屋、って感じの素朴な建物だが。


 ちなみに駐留軍には、最高幹部という事は伏せている。

 いざとなったら黄門様よろしく、「この紋章が目に入らぬか!」と"第六軍"紋章を見せつけたり、「このお方をどなたと心得る!」とか、サマルカンドに言ってもらう手筈を整えていたのだが、悪代官とかいなかった。


 平和な街だ。


「それで、あの店のどこが気に入っ……たか、一目瞭然ですね」

 リズが頷いた。


「うん、こういうの大好き」

 私も強く頷く。


 海の香りが、店先にいっぱいに広がっていた。



 ごろごろと並んだ二枚貝が、網焼きにされているのだ。



「すみませーん、四人いいですか?」

「はーい! 何にします? ビールと貝焼きのセットがお得ですよ」


 汚れが目立たないように配慮された紺色のエプロンも、暦の上では冬だと言うのにショートパンツで強調された細い足も、半袖シャツも、短い薄茶の髪をまとめる白い三角巾も、全てが愛くるしい元気な看板娘といった感じの獣人の女の子。

 三角巾をよけてぴょこんと突き出た、髪と同じ色の薄茶色の猫耳がその愛らしさに華を添える。


 地球だと、コスプレ貝焼き酒場という事になり、ちょっと……いや、かなり特殊なお店になるだろう。


 一応ちらりと店先の値札を見るが、全く問題ない。

 酒の質次第だが、庶民価格だ。


 万が一ぼったくりだったら、印籠ならぬ"第六軍"紋章の出番なので問題ないのだけど。


 平和になったら、"第六軍"は晴れてお役御免だ。

 その時は、序列第一位から第五位までの五人で、諸国の世直しの旅に出るというのはどうだろう。


 まあ妄想はさておいて、普通に注文を通す。


「じゃあそれをとりあえず四人前で。……サマルカンド、足りる?」

「十分でございます。我が心は、我が主のお側にいるだけで、満たされておりますゆえに」


 それを聞き流して、問いを重ねた。


「お腹は?」

「問題ありませぬ。我が主に命じられた通り、我が主に末永く仕えるために、体調は常に万全を期しております」


 微妙に『命令』の解釈の仕方が違う。


 まあ確かに、自分の身体を大事にしろとは言ったし、仕える時間は長い方がいいだろうとも言ったけど。


「改めて、セット四人前で」

「はい! そちらのベンチどうぞ!」


 客商売という事を差し引いても若さの溢れる、天真爛漫で元気一杯といった感じで、見ているだけで嬉しくなる。

 耳と髪色と同じ、薄茶の尻尾を動きに合わせて揺らしながら調理場の方に消えて行く姿を眺めて、にこにこと思わず笑顔になった私を、リズが見る。


「……マスター、ああいう子好きなんですか?」


「うん。元気で可愛くていいよね。リズもああいう恰好似合いそう。エプロンもそうだけど、この季節の生足が眩しくて」

「ま、マスターがスカートは長い方がいいって言ったんじゃないですか」


「そりゃあね。メイド服は正統派が一番好きだから。まさか一般支給品を、エプロンが窮屈で胸が苦しいって言われるとは思わなかったけど」


 なのでリズのメイド服は、私がデザインしたのだ。

 少し胸を強調するデザインになったが、個人の事情に合わせると仕方ない。うん、仕方ないよね。


 さらに、ワンピースより腰が捻りやすいという理由でワンピースではなくシャツとスカートを組み合わせていて、背中にリボンを回して結ぶタイプでは激しい動きの際に、予期せぬタイミングでほどけて隙が生まれるかもしれないという理由で、腰のリボンはダミーなのだ。


 副産物としてたまに引っ張りたくなるのは仕方ない。うん、リボンを引っ張ってほどく感覚を味わいたくなると同時に、ちょっと怒るリズの顔を見たくなる時があるのだから、仕方ない。


「私リズみたいな子タイプだよ。ショートカットがよく似合ってて、元気で明るくて、可愛いよね」

「年上に言う事ですかね……」


 言いながらちょっと照れるリズ。


「私はリズもレベッカもアイティースも、年下の可愛い子だと思ってるよ?」


「なんで私入れるんだよそこで」

「アイティースの事もそう思ってるからだよ」


 アイティースも黙り込んで、ちょっと照れる様子を見せた。

 猫系の獣人の子は、ふいっ、という動作で猫耳が揺れるのが可愛い。


 ぱたぱたと、店員の女の子の足音が聞こえた。

 ガチャガチャ、という音も聞こえる。


 注文した貝焼きセットが、来たらしい。


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― 新着の感想 ―
[良い点] マスターの女たらし。 今回のマスター視点いろいろエロい。 [気になる点] リズ焼きもちやきさん。 マスターが可愛い子を褒めるせいでもあるんだけど。 毎回きちんとフォローするのでリズとして…
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