表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病毒の王  作者: 水木あおい
1章
20/574

悪魔の忠誠


「――サマルカンド」

「はっ……」


 目の前に片膝を突いてひざまずく、黒山羊の頭をした悪魔(デーモン)――サマルカンド。


 黒い体毛に覆われていても分かる、盛り上がった上半身の筋肉。

 頭と下半身は山羊のもの。尻尾もだ。


 人間とは違う、異形。


 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の……私の暗殺に来たのは、つい一週間ほど前の事。

 しかし、今は"血の契約"で結ばれた、私の忠実なる従僕だ。


 とん、と騎士叙勲風に、杖で彼の肩を叩く。

 片膝を折った状態でなお、少し腕を上げなくては届かないほどの長身だ。



「お前に、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"陣営の序列第三位を与える。以後、護衛班に所属する事となる。いいな?」



 正式な所属が決まるまで、一悶着あった。

 反対意見を大雑把にまとめると、『未遂とはいえ、最高幹部暗殺の実行犯を野放しにするのか』というもの。


 これらに対する私の反論は以下のようなもの。


 未遂であり、最終的には自らの意志で反逆を拒否した。

 現在は"血の契約"を結び、完全に従属している。


 しかし最後は"ドラゴンナイト"壊滅という戦功と、その『ご褒美』を盾に強引に押し切った形となる。

 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"にどんな褒美が与えられるのか、と動向を窺っていた層を、安心させる狙いもある――とはリズ談。



「光栄の極み。我が主に頂いたこの序列と職務に恥じぬよう、万難を排する事を誓いましょう。私の全ては貴方のもの。どうか我が永遠の忠誠をお受け取り下さい」



「……サマルカンド。重い」


「マスター。こういうの一応儀式ですから」

 リズが口を挟む。


「あ、ごめん」

 軽く咳払いして仕切り直し。



「――お前の忠誠を受け取ろう、サマルカンド」 



 黒山羊さんが、恭しく頭を下げた。


「ええと、これで終わり?」

「まあ、形式的なものですからね。サマルカンドは"血の契約"も済ませてますし……」


 サマルカンドが、顔を上げて、私の瞳をまっすぐに見つめる。


「我が主。私が恐れるのは、我が主の寵愛を得られぬ事のみ。我が主の望む全てを口にお出し下さい。全能力をもって、我が主の願望を叶えましょう」


「それ、魂を代価にしろとかいうやつ?」


 実に悪魔らしい――と思ったのは一瞬だった。


「強いて言えば、代価は私の魂ですな。"血の契約"を交わした瞬間から、私は貴方に奉仕するための存在です」


「待ってサマルカンド。重い。重すぎる。儀式終わったって分かってる?」

「分かっておりますが?」


 黒山羊さんの瞳――少し、見慣れた瞳。

 ご丁寧に首をかしげているので、伝えたい事は分かる。

 それは分かるんだ。


 つまり、『何を問われているか分からない』という疑念の表明。


 日本で生きていれば、一度も使わないだろうし、使われないだろう言葉を連ねた宣言を『重い』と言ったら『何言ってるか分からない』と言われた。


 自分でも何を言ってるんだか分からない。


「今さら聞くのもなんだけど、なんでサマルカンドはそんなに重いの?」


「……重い、ですか?」


 おや、一般常識が心配になってきたぞ。


「確かに人間の感覚では……私の言葉は、大袈裟に聞こえるかもしれませぬ」

「……うん」


 大袈裟というか、大仰というか。


「ですが、私はそれしか持ちませぬ。私には私一人分の能力しかない。――ゆえに、私は、私の命と能力を全て貴方のために使うと決めた」


「ごめん。『ゆえに』のところで理屈が飛んでる。もう少し丁寧に説明してくれる?」


 サマルカンドが、しゅんとしたようにうなだれた。


「我が主に理解されぬ言葉を使うとは愚の極み。ですがどうか、言葉を足す事をお許し下さい」

「……うん、許す。許すから続けて」


 本当はこの言葉にも色々言いたい事はあるのだが、とりあえず本題を優先する。



「我が主は、悪魔(デーモン)の事をご存知ですか?」



「……よくは……知らない。一般的な事しか」


 悪魔(デーモン)


 強大な力を持つ。

 特に魔法的な力に優れ、例外なく最強クラスの魔法使い。

 長い寿命。強靱な肉体。

 全体的に人型をしつつも、サマルカンドのように一部が獣のもの、頭が獣の骨のようであるもの、蝙蝠のような羽を持つものなど、姿形は一定ではない。


 私が知っているのは、そういう一般的で、表層的な姿でしかない。


「ご存じですか? 悪魔(デーモン)には、子供はいないのです」


「……どうやって増えるの?」


 サマルカンドは、軽く頭を左右に振った。


「我らにも分かりませぬ。案外、不死生物(アンデッド)のようなものかも知れませぬな。どこか、怨念やら魂やらが溶け込んだ魔力溜まりから、自然発生しているのかも……」


 生まれ故郷を、知らない種族。

 いや、生まれ方さえ、知らないのだ。


「ただ、ある時からの記憶がある。時間を経るごとに力は増し、戦いを経るごとに経験を得る。上位悪魔(グレーターデーモン)に厳密な定義はございませんが、力を蓄えた者の総称とお考え下さい。寿命のようなものもありますが……竜族と双璧を成す長命種族です」


「その辺は、聞けば聞くほど羨ましいねえ」



「それは、隣の芝は青い……というやつでしょう。親もなく、子も成せぬ。過去も未来もない種族です」



 嗤った……のだろうか。

 黒山羊の口元が薄く開けられ、ため息に似た吐息が漏れる。


「横の繋がりも、薄い。同じ虚無感を知る者同士の連帯感といった程度のものしか、我らは同族に感じていない。『同族』かどうかすらも分からぬのですからな」


 私は、この国で唯一の人間だ。

 種族が絶対とは、思っていない。


 けれど、種族で共感する感覚は、よく分かる。

 血を分けた妹へ対する気持ちも、知っている。


 ――それが、彼らには、ないのだ。


「だから我らは、目的を欲します。主人を欲します。友人を欲します。従者を欲します。どのようなものでも、この世界に存在した証を残したいと願い、生きている間の繋がりを望みます」


 山羊の、横三日月の瞳が、私をまっすぐに射抜く。



「私は……主を見つけた。仕えるに足る方を。全てのお言葉に頷いてなお、疑いなき方を」



「……私、そんなにいい主じゃ、ないかもよ」


 彼の言葉に、嘘がない事は分かる。

 "血の契約"は、契約者の主への虚偽を許容しない。

 嘘をつけばそれが伝わる。


 真実を語れば――それが、伝わる。


「私は運命を感じた。それで十分です。とうに預けた命。お好きなようにお使い下さいませ」


「だから自分を大事にしなさいってば……」


 本心で言ってるのが分かるのが問題かも。


「――しております」


 なのに、この黒山羊さんは満足そうに口元を緩めるのだ。



「自らの心に従わぬほど、愚かな事はありませぬゆえに……」



「……そう」


 この胸に満ちる、熱いものが。

 恐ろしく重い、絶対的な忠誠が。

 人間の一生よりも長い、デーモンの一生を、捧げられる事が。


 怖い。



「頑張るよ、サマルカンド。お前の主に相応しいように」



 私は、きっと彼の信じるような主ではない。

 私は、ただの人間だ。


 当たり前に生きてきて、その当たり前を全てひっくり返して、非道に振る舞う事を決めただけの。


 でも、このひとが、これほどまでに私を信じてくれると言うのならば。

 私も、彼が信じた私を、信じてみたい。


 これでも、伊達に"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"を名乗っているわけでは、ないのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なるほどなぁ。 自然発生する種族特性故に、同族ですら「同じ」とは感じられず。 だからこそ、「繋がり」を求める。 そして、彼は、「仕える」べき主を見つけ、彼女に存在の全てを懸けることにな…
[良い点] >運命を感じた。それで十分です。 簡潔にいうとそうなのね。 キミにきめた!主ゲットだぜ!(ポケ○ン風) 黒山羊さんは重い方がいい。 [一言] サマルカンドの尻尾はチャームポイント
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ