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病毒の王  作者: 水木あおい
4章

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決意表明


 夢も見ない、深い眠り。


「マスター。起きて下さい。マスター」


 そこにリズの声が、届く。

 けれど、起きたくない。


 バーゲストと一緒に寝ているのだろう。ぬくくて、もふもふで、とろけそうな幸せな時間を、たとえリズにでも、終わらせてほしくない。


 後、もうちょっとまどろみの中でリズの声を聞いていたい。


「強くしすぎたとか……ないですよね。――マスター……?」


 リズの声に、常にない不安が混ざった。

 理由は分からねど、不安にさせたいわけではないので、返事をする。


「んー……リズがキスしてくれたら起きる……」


「……もう」

 リズが私の手を取って、軽く指先に口付けた。



 その感触でいっぺんに目が覚めて、ぱちりと目を開けた。



「……ほんとにしてくれるとは思わなかった……」


 そして素直に起き上がると、頭を振った。


 ほっぺにではないのは、甘やかし期間が終了しているからだろう。

 けれど……たとえ指先にでも、私にとっては。


「心とろけそう」


「あの……マスター。なんとも、ないですか?」

「ん……? リズはいつも通り可愛いよ?」


 リズがちょっと照れ顔になった。


「い、いや。そういう事じゃなくて……ええーと、記憶の混濁とか、ありませんか? 首が痛かったり、しませんか?」


「何? 寝言でも言ってた? それで、変な姿勢になってたとか?」

「そうじゃなくて……ええと……」


「あれ……。寝る前に打ち合わせしようって思ってて……」

 額に手を当て、ゆっくりと記憶を探る。


「あ、はい。ラトゥース様が先程呼びに来られまして。今はレベッカと、サマルカンドとハーケンを呼びに。間もなく来られると思いますので……」


「……思い出した」


 私は、リズの手を取った。


「……ま、マスター」


「ごめんねリズ」


「え?」


「つい、ね」


 ついきゅんとなって。


 私の中にあんな獣が潜んでいたとは。

 知っていた気もするが、理性の脆さを痛感した。


 ……こんな名前を名乗っていて、今さら理性というのもおかしいかもしれないが。


 リズが、困惑顔になる。


「え……はあ……怒らない……んですか?」


「ん? ああ……レベッカに言ってたよね。セクハラされたら、目に余るやつは『実力で抵抗して下さいね』って。今がその時でしょ」


 さすさすと、首の後ろをさする。


「あの……どこか痛かったり……吐き気とか……」

「ない。で、何したの?」


 少しだけ視線をさ迷わせたリズが、観念したように白状する。



「あの……手刀を……つい」



「なるほど」

 頷いた。


「さすがうちの自慢の暗殺者(アサシン)さん。手刀で人って気絶するんだね」


 フィクションでは定番技術だが、実際に見るのは初めて。

 いや、手刀という事すら分からなかったし、見ていないけど。


「なんか、夢が叶ったような気がする」


「……メイドに手刀されたい願望とか……?」

「いや、そこまでマニアックな性癖は持ってない。……多分」


「多分?」



「私は、リズがしてくれる事なら、ほとんど何でも嬉しいから」



「…………」

 リズが、嬉しいのか呆れているのか判別のつきかねる表情で黙り込む。


 その時、ドンドン、と扉を叩く、ちょっと荒っぽいノックが聞こえた。

 音がくぐもっているのは、多分その拳の持ち主が獣人で、毛に覆われているからだろう。


「おい、起きたか?」

 予想通り、ラトゥースの声だった。


「あ、はい! ――ほらマスター」

 リズに促され、ベッドを下りて、靴を履く。


「ああもう、こんなにぐちゃっと……させたのは私ですね」


 リズが、寝乱れた私の服を軽く整えてくれる。

 魔力布製の服はしわになりにくいが、一応布ではあるし、服でもあるので、そのまま寝たらぐちゃっとする事はある。


 それが終わったところで、バーゲスト達にも、ローブの裏の陰に入ってもらう。


「行きますよ」

「分かったよ、リズ」


 彼女の手を取って、その手の甲に、軽く口付けた。


「……今なんでキスしました!?」


 小声で叫び、きっと睨み付けるリズ。

 でも頬を赤くしながらだと、むしろご褒美というか。


「決意表明かな?」

「なんのですか」


 微笑んだ。



「いつか、手刀されないようになってみせるってね」




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― 新着の感想 ―
[良い点] リズの手刀を拒否ではなく戸惑いと受け取ったマスター。次を予告。誤解されなくて良かったねリズ。 [気になる点] >リズがしてくれる事なら、ほとんど何でも嬉しいから 十二分にマニアック。 [一…
[良い点] リズが本格的にデレてきた、やばい、ガードが崩れていくのが…尊い て言うかもう既に焦らず少しずつ攻めていけば落ちそうなくらいガードが緩くなってるように思う。 頑張れ、マスター
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