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病毒の王  作者: 水木あおい
4章

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自慢の部下


「それでは、私はこれで失礼します。また後ほどお時間を頂きたく……」

「こちらこそ」


 カトラルさんと軽く礼をかわす。


「とりあえず、こいつらを今日の宿に案内しておく」

「ええ。万事よろしくお願いします」


 カトラルさんがラトゥースにも一礼して、魔獣舎の奥へと消えていく。


 ラトゥースが私達"第六軍"の五人と、アイティースに向けて軽く手を振った。


「来いよ」


「ラトゥースが案内してくれるの? 偉い人にそこまでさせて悪いね」

「お前も俺とおんなじだけ偉いって事忘れんなよ馬鹿野郎」


 自然と階級別に分かれ、ラトゥースと私が並んで歩く形になる。


「ラトゥースこそ、私がおんなじだけ偉いって事忘れてなーい?」

「そういう事は、自分が馬鹿だって事を否定出来るようになってから言いやがれ」


 よく言えば、遠慮がない。


 魔王軍最高幹部は同格であり、対等だ。

 国内の魔獣対策において存在感を示す大所帯の"第三軍"と、小所帯の"第六軍"を一緒には出来ないので、建前上のものかもしれないが。


 それに、そもそも。



「私が馬鹿だって事は、否定出来ないねえ」



 うんうんと頷く。


「仮にも部下を率いる身だろうがよ」

「それはそれ、これはこれ、というやつでね。……まともな人間が、人類絶滅を掲げて魔王軍最高幹部やれると思う?」


「ねえな」

「でしょ?」


 そして歯を剥き出しにして笑う。



「エルフ耳と獣耳の愛らしさを解さない者共を、この地上から絶滅させてみせようではないか」



「……なあ、ちょっと見ない間に一段と頭おかしくなったのは気のせいか?」

 ラトゥースが、私の頭ごしにリズを振り返る。


「気のせいですラトゥース様。前からこんなもんでしたよ」


 私もリズを振り返る。


「リズは私の事よく見ててくれて嬉しいよ♪」


 リズが、つんと顔をそらす。

 マフラーがぴこっとしたのは、動きに連動したものか、はたまた感情に連動したものか。


「……なあ。こいつ本当に最高幹部なのか?」

「私もそう思ったよ。――まあ慣れる」


 また前を向くと間を置かず、アイティースとレベッカが、それほど周りをはばからずに、ひそひそ話をする声が耳に届いた。


「慣れたくない」

「慣れるよ……」


 どこか遠い目をしている雰囲気のレベッカ。

 振り返る勇気はない。


「……『あの』レベッカ・スタグネットが、どうしてこんなやつの部下やってるんだ?」

「軍令では仕方ない。まあ成り行き、というやつだ」


「あんたなら、引く手あまただろ。どこへの転属願いだって通るはずだ」


 そういえば――レベッカは、たまに魔王軍やめようかなと言いつつ、転属願いを出した事がない。


「買いかぶるな。私の今までの最高階級は"第四軍"の序列第七位、それも王城勤務で、術式開発部門だぞ」

「超のつくエリート部署じゃねえか」


「それにこれでも、今は"第六軍"の序列第三位を頂いている身だ。望んだ地位ではないとはいえ、責任は果たさねばな」


「責任……」

 アイティースが呟く。

 その言葉に殉じた弟の事が頭をよぎったのかもしれない。


「こいつが……そんなにいい主かよ」


 おお、後頭部に湿度の高い視線が突き刺さる。


 サマルカンドが、口を開いた。

 少し高い位置から、渋い声が降ってくる。


「我が主の素晴らしさは言葉では言い表せぬほどだが、その一端を教えて差し上げても構わぬが?」

「おう、超遠慮する」


 サマルカンドの声が、一段低くなった。


「――アイティース殿。主が許されているうちは、私は貴殿の無礼な言動を許容しよう。だが覚えておかれよ。この方は、魔王軍最高幹部。我ら全ての上に立つ魔王陛下の、最も信頼厚き六人の内の一人。その立場の重みを、そなたは知らぬ。そして、想像するべきだ」

「っ……」


「サマルカンド、照れるよ」

「冗談を解さぬほど無知ではありませぬ。冗談を咎めるほど無粋なつもりもありませぬ。しかし――冗談を真に受けられては、たまらぬ。我らが主は素晴らしき方であると、全軍が知るべきです」


「だから照れるって……」

 本当にちょっと照れる。


 サマルカンドは私を褒めちぎるが、そんな主ではない事を、私が一番よく知っている。


「これは私だけではなく、"第六軍"の総意であるとお考え下さい」


 サマルカンドの言葉を受けて、ハーケンが、からからと顎骨を打ち鳴らして軽く笑った。


「"第六軍"の者ならば、皆が知っておる事よ。この方は完全無欠などではありはせぬ。しかし、この方以上の主など、とても望み得ぬという事をな」


「言うじゃねえか、ハーケン。こいつがお前が望んだ理想の主だってか?」

「いや? こう言っては失礼だが、決して理想の主とは言えぬなあ」


 ずきりとする。

 ハーケンが、私の事を主と思ってくれているのは、分かっている。

 自分が、理想の主だとも、思っていない。


 だけど、やっぱりはっきりそう言われるのは――



「理想など、所詮頭の中で思い描く美しくもあやふやな絵にすぎぬ。そしてこの方は、我の想像より面白きお方であったゆえ」


 

 どきりとする。

 その言葉は、サマルカンドとはまた違えど、私の肯定だった。


「部下に恵まれてんなあ」

「自慢の部下だよ」


 ラトゥースに、断言する。

 ……私は、いい部下を持った。



 これ以上の部下達など、望み得ない。




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― 新着の感想 ―
[良い点] サマルカンドの忠告。 マスターの苦悩を知っている彼には、それを知ろうともしないアイティースがどう見えているのだろう。 [気になる点] 前からしたらマスターはラトゥースになついているよね、態…
[良い点] 更新ありがとうございます! 62話で「慣れたくない」と呻いていたレベッカが「慣れるよ」側に回ってる(笑) アイティースもまぁ……時間の問題ですね!
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