自慢の部下
「それでは、私はこれで失礼します。また後ほどお時間を頂きたく……」
「こちらこそ」
カトラルさんと軽く礼をかわす。
「とりあえず、こいつらを今日の宿に案内しておく」
「ええ。万事よろしくお願いします」
カトラルさんがラトゥースにも一礼して、魔獣舎の奥へと消えていく。
ラトゥースが私達"第六軍"の五人と、アイティースに向けて軽く手を振った。
「来いよ」
「ラトゥースが案内してくれるの? 偉い人にそこまでさせて悪いね」
「お前も俺とおんなじだけ偉いって事忘れんなよ馬鹿野郎」
自然と階級別に分かれ、ラトゥースと私が並んで歩く形になる。
「ラトゥースこそ、私がおんなじだけ偉いって事忘れてなーい?」
「そういう事は、自分が馬鹿だって事を否定出来るようになってから言いやがれ」
よく言えば、遠慮がない。
魔王軍最高幹部は同格であり、対等だ。
国内の魔獣対策において存在感を示す大所帯の"第三軍"と、小所帯の"第六軍"を一緒には出来ないので、建前上のものかもしれないが。
それに、そもそも。
「私が馬鹿だって事は、否定出来ないねえ」
うんうんと頷く。
「仮にも部下を率いる身だろうがよ」
「それはそれ、これはこれ、というやつでね。……まともな人間が、人類絶滅を掲げて魔王軍最高幹部やれると思う?」
「ねえな」
「でしょ?」
そして歯を剥き出しにして笑う。
「エルフ耳と獣耳の愛らしさを解さない者共を、この地上から絶滅させてみせようではないか」
「……なあ、ちょっと見ない間に一段と頭おかしくなったのは気のせいか?」
ラトゥースが、私の頭ごしにリズを振り返る。
「気のせいですラトゥース様。前からこんなもんでしたよ」
私もリズを振り返る。
「リズは私の事よく見ててくれて嬉しいよ♪」
リズが、つんと顔をそらす。
マフラーがぴこっとしたのは、動きに連動したものか、はたまた感情に連動したものか。
「……なあ。こいつ本当に最高幹部なのか?」
「私もそう思ったよ。――まあ慣れる」
また前を向くと間を置かず、アイティースとレベッカが、それほど周りをはばからずに、ひそひそ話をする声が耳に届いた。
「慣れたくない」
「慣れるよ……」
どこか遠い目をしている雰囲気のレベッカ。
振り返る勇気はない。
「……『あの』レベッカ・スタグネットが、どうしてこんなやつの部下やってるんだ?」
「軍令では仕方ない。まあ成り行き、というやつだ」
「あんたなら、引く手あまただろ。どこへの転属願いだって通るはずだ」
そういえば――レベッカは、たまに魔王軍やめようかなと言いつつ、転属願いを出した事がない。
「買いかぶるな。私の今までの最高階級は"第四軍"の序列第七位、それも王城勤務で、術式開発部門だぞ」
「超のつくエリート部署じゃねえか」
「それにこれでも、今は"第六軍"の序列第三位を頂いている身だ。望んだ地位ではないとはいえ、責任は果たさねばな」
「責任……」
アイティースが呟く。
その言葉に殉じた弟の事が頭をよぎったのかもしれない。
「こいつが……そんなにいい主かよ」
おお、後頭部に湿度の高い視線が突き刺さる。
サマルカンドが、口を開いた。
少し高い位置から、渋い声が降ってくる。
「我が主の素晴らしさは言葉では言い表せぬほどだが、その一端を教えて差し上げても構わぬが?」
「おう、超遠慮する」
サマルカンドの声が、一段低くなった。
「――アイティース殿。主が許されているうちは、私は貴殿の無礼な言動を許容しよう。だが覚えておかれよ。この方は、魔王軍最高幹部。我ら全ての上に立つ魔王陛下の、最も信頼厚き六人の内の一人。その立場の重みを、そなたは知らぬ。そして、想像するべきだ」
「っ……」
「サマルカンド、照れるよ」
「冗談を解さぬほど無知ではありませぬ。冗談を咎めるほど無粋なつもりもありませぬ。しかし――冗談を真に受けられては、たまらぬ。我らが主は素晴らしき方であると、全軍が知るべきです」
「だから照れるって……」
本当にちょっと照れる。
サマルカンドは私を褒めちぎるが、そんな主ではない事を、私が一番よく知っている。
「これは私だけではなく、"第六軍"の総意であるとお考え下さい」
サマルカンドの言葉を受けて、ハーケンが、からからと顎骨を打ち鳴らして軽く笑った。
「"第六軍"の者ならば、皆が知っておる事よ。この方は完全無欠などではありはせぬ。しかし、この方以上の主など、とても望み得ぬという事をな」
「言うじゃねえか、ハーケン。こいつがお前が望んだ理想の主だってか?」
「いや? こう言っては失礼だが、決して理想の主とは言えぬなあ」
ずきりとする。
ハーケンが、私の事を主と思ってくれているのは、分かっている。
自分が、理想の主だとも、思っていない。
だけど、やっぱりはっきりそう言われるのは――
「理想など、所詮頭の中で思い描く美しくもあやふやな絵にすぎぬ。そしてこの方は、我の想像より面白きお方であったゆえ」
どきりとする。
その言葉は、サマルカンドとはまた違えど、私の肯定だった。
「部下に恵まれてんなあ」
「自慢の部下だよ」
ラトゥースに、断言する。
……私は、いい部下を持った。
これ以上の部下達など、望み得ない。




