新しい部下が忠実すぎて困っています
それから数日、私は頻繁に地下室にいた。
リズが頻繁に外出しているからだ。
一応サマルカンドは護衛と認められているが、室内ではなく、ドアの外にいる。
私には、連れ込んだバーゲスト達をもふもふする事ぐらいしかやる事がない。
今のうちにサマルカンドと親交を深めてみたいところだったが、リズは頑として譲らなかった。
いわく『情が移ったら面倒ですので』との事。
つまり、まだサマルカンドの処遇は決まっていない。
処刑もあり得る、という事だ。
しかし、それも仕方ない。
仮にも『魔王軍最高幹部』が友軍に暗殺されかけたのだ。
とは言え、もうとっくに情は移っている。
私は、非道の悪鬼と呼ばれるのには随分と慣れた。
けれど、自分に忠誠を誓った『部下』を見捨てるほど非情な人間ではないのだ。
地下室の扉が開き、リズが入ってきた。
そのまま扉は後ろ手に閉められ、バーゲスト達を除けば地下室に二人きり。
「ただいま戻りました」
「おかえり!」
抱きついた私の肩を軽く押して引き剥がすのも慣れた風なリズ。
「ひとまず、片付きました。ご報告を」
「それで? どのレベルが動いてたの?」
「事後報告になりますが、悪魔軍の幹部の独断です」
「誰さん?」
「覚えなくていいですよ」
「……あの、つまり?」
「暗殺済みです」
しれっと言うリズ。
「サマルカンドは、一度王城へ出頭を命じられています。誰も死んでいませんが、一人制圧してますからね」
「え、誰を?」
「私の同僚……後輩ですよ。彼は鍛え直しですね。探知範囲外からの睡眠魔法一発でおねむだそうですよ。全く……あれでも近衛師団だっていうんですからね……」
リズがぼやいた。
そう言えば、リズの代わりの護衛はいたはずだ。
しかし、『睡眠魔法一発』で制圧される護衛となると、実際暗殺されかかった身としては不安でしかたない。
「実際、近衛師団ってどうなの? 精鋭揃いだと思ってたけど」
「『本当の』近衛師団は精鋭揃いですよ。でも、言ってしまえば最後の盾ですから、いいとこのボンボンをコネで潜り込ませるには丁度いい部署なんです」
「うわあ」
知りたくなかった裏事情。
「まあ、我々近衛師団と言えば全体の底上げを担う教導部隊でもありますし、周りが精鋭揃いですから、十年もすればそれなりに鍛えられますが……今回みたいな任務、重要度の高い護衛任務かつ単独任務に、軍歴の浅いぺーぺーを配置するとか、ありえないんですよ」
「じゃあなんでまた」
「護衛の弱いタイミングを突くために、くだんの幹部が『下準備』してたんですよ。書類が揃っていればいいというものではないと、きつく抗議しておきました」
「結構、根回ししてたんだね……」
「ええ。正直、サマルカンドが心変わりしてなかったら、今回の『暗殺』は、普通に成功してましたよ。私がいれば違ったんでしょうけど……」
リズがため息をつく。
まあ、優秀な護衛を遠ざけるという丁寧な根回しをされては仕方ない。
「サマルカンドって、強いの?」
「弱くはないですよ。むしろ強いです。バーゲストを抑えて下さったのは、結果的に英断でしたね」
黒妖犬は、弱い魔獣ではない。
一応は近衛師団を睡眠魔法一発で制圧。
リズ特製のトラップも多数ある警戒網を容易く抜けて来た。
そして、数少ない上位悪魔。
つまり、かなりの手練れだ。
「……でも、『四秒で倒せる』って言ってたよね?」
「マスター? お忘れですか」
リズが、悠然と微笑む。
「――わたくしは"薄暗がりの刃"、リーズリット・フィニス。この国で、五指に入る暗殺者ですよ」
「うん、頼りにしてるよ」
私も微笑んだ。
リズになら、命を預けられる。
「ついでに言うと、私は叩き上げですからね。姉様は暗黒騎士団長ですけど、それとは関係ないですからね」
「知ってるよ。大体リズの方が近衛師団になったの先でしょ?」
「ええ。……ってなんで知ってるんですか」
「部下の経歴ぐらい目を通してるよ」
「アサシンの経歴は本来機密なんですけどね……」
「私最高幹部だから、アクセス権ぐらいあるよ」
「まあそうですけど。それ必要ですか?」
リズが首を傾げる。
「真面目に言うけど、部下の経歴や能力を把握しておくのは、上司としては当然の努力だよ」
「マスターらしくない真面目さですね」
失礼な、とは言えない普段の勤務態度が恨めしい。
とは言え、真面目に人類絶滅へ向けて努力しているのだが。
「ていうか私、重要度の高い護衛対象なの?」
「自分で最高幹部だって言ったじゃないですか。最高幹部の重要度が高くなくて、どこの重要度が高いっていうんですか」
完全に正論だった。
「それで、サマルカンドの処遇ですが、若干揉めてます。ごり押し出来なくはありませんが、『ご褒美』の権利を使った方がスムーズかと……」
「分かった。そうして」
「言い出しておいてなんですが、いいんですか? "ドラゴンナイト"壊滅の戦功は大きい。……それなりの物を貰えると思いますよ」
「優秀な部下は、お金じゃ買えないからね」
ついでに言うと、命もお金で買えない。
「それに私は……欲しい『物』なんて、何もないんだ」
「……そうですか」
リズが微笑んだ。
「では、サマルカンドを呼びましょう」
「分かった。サマルカンドー。おーいでー」
ドアの外のサマルカンドを呼ぶ。
「失礼致します、我が主。何用でしょうか」
そして一秒もしない内にドアが開かれ、するりと滑り込むように入室するサマルカンド。
そのまま片膝を突き、かしこまる。
恐ろしく反応が早い。
「うん。一度王城に顔を出してって話。事情を聞きたいんだって。……だよね? リズ」
「ええ」
「でも、ちゃんと言っておいてね。『うちの部下だから』って」
サマルカンドが押し黙る。
頬の黒い体毛を、静かに涙が伝った。
「……ちょっと、サマルカンド。何その涙」
「歓喜の涙でございます。お見苦しいところを……」
「……いや、その……うん」
別に悪い事をしていないのに、怒ったり、何か言うのは変だ。
しかし、自分の発言にいちいち感涙されるというのも未体験の領域で、なんとも言えず黙るしかなかった。
「――どうぞ私を、あなたの道具としてお使い下さい。我が主」
胸が、ざわついた。
「……道具、と言ったか?」
「はい」
「それは、お前の本心から出た言葉か?」
「はい」
胸のざわつきが、行き場のない怒りが、私の腕を動かした。
黒山羊の頭を、思いきり両側から掴み、引き寄せて、視線を強引に合わせた。
「――お前は、私の『部下』だ。間違えるな。『道具』じゃない」
「は……?」
「二度と言うな。――いいな?」
手を離す。
「はい、我が主……」
サマルカンドが瞳を閉じ、うなだれる。
分かってくれたか。
「改めて誓いましょう。私は、いついかなる時も貴方のしもべ。この命の全ては、貴方のために」
「……本当に分かってるの?」
「ええ。こうおっしゃられたいのでしょう? 『お前はいついかなる時も私のしもべであり、使い捨てにされるようなつもりで働くのではない』、と」
「……"血の契約"って、言語の解釈能力が変化したりする?」
「いえ、そのような事はございませんが?」
しれっと言う黒山羊さん。
「ああ、うん……まあ、自分を大切にね……」
「はい。我が主の次に」
心配になる答え。
体毛通りのブラックさが骨の髄まで染みているような回答だが、本人が望む場合は上司としてはどうすればいいのだろう。