表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病毒の王  作者: 水木あおい
4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

188/577

有翼獣


「……おしゃべりが過ぎたな。こっちだ」


 素っ気なく言い捨てて、くるりと踵を返すアイティース。

 そして、扉の開け放たれた魔獣舎に入り、中に向けて叫んだ。



「カトラル様! ――"第六軍"のやつらを連れてきた!」



「アイティース。『やつら』などと、"第六軍"のお客様に失礼でしょう」


 魔獣舎の中の暗がりから返ってきた声は、物静かだが、剣呑な響きを微量に含んでいた。

 鞘に収められた鋭い真剣を思わせるような声だ。


「え、いや、あの」


「私は気にしておりません。アイティースを責めないでやって下さい。彼女とは少々……面識がありまして」

 口ごもるアイティースを、かばうように一歩前に出る。

 そして胸に手を当てながら、軽く頭を下げた。



「"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"と申します。"第三軍"の"魔獣師団"、師団長のカトラルさんにお会い出来て嬉しく思います」



「こちらこそ。ご存知のようですが、魔獣師団の師団長、カトラルと申します」


 魔獣舎から出てきたのは、ブリジットと同じ軍服姿の女性だ。

 ブリジットとは違い、腰に下げているのは短剣だけで、腕の部隊章は"第三軍"の、爪痕を模した三本線。


 彼女は、挨拶と共に深々と頭を下げた。

 そうすると、頭のてっぺんから突き出す黒い猫耳と、後ろで緩い三つ編みにまとめられて、左肩に垂らされている長い黒髪が揺れた。


 アイティースのものよりさらに薄い緑の瞳が私をまっすぐに見る。


「ゆっくりとお話したいところではありますが、体調を崩している魔獣がおりまして……この先は礼儀はなるべくなし、という事でお願い出来ればと思うのですが……」


「分かりました。では用件を。こちらの要望は三つ」


 軽く手を突き出して、指を三本立てた。



「まず黒妖犬(バーゲスト)の発見・捕獲に関する手段があれば、お教え願いたい」

 指を一本折る。



「次に、"第三軍"が把握している限りの、国内の黒妖犬(バーゲスト)の分布が知りたい」

 指を二本折る。



「最後に、なるべく速い『足』が欲しい。具体的に言えば、少なくとも二人、最大で五人程度を乗せて移動出来る魔獣をお借りしたい」

 三本目の指を折った。



「簡潔で助かります。一つ目に関しては、後でお話させて頂きましょう。ただ、特別な事はなく、純粋に人海戦術と、力ずくになりますね」


 "第三軍"の魔獣師団でもそんなものか。

 まあ黒妖犬(バーゲスト)は、"第三軍"魔獣師団に組み込まれている魔獣ではない。


「二つ目は、あまりお力になれそうもありません。先日、近くで数匹の群れを見かけたという報告を受けたのみです」

「それで十分です。――その群れに関しては、こちらで対応させて頂きたい」


「分かりました。ラトゥース様の許可があれば、ですが……」

「ああ。うちからも人は出す事になるだろうが、構わねえ」

 ラトゥースが軽く頷く。


 ああ、トップ同士でさくさく話を進められる幸せ。


「三つ目は、お力になれるでしょう。見てもらった方が早いかもしれませんね。こちらに……」


 案内された先にうずくまっていた黒い影が、首を巡らせる。


 こちらを見るのは、鋭い猛禽の眼光。


 ばさり、と茶色のまだらになった羽毛を持つ鷲の翼が広げられる。


 顔は鷲そのものだし、『前足』もまた、猛禽の爪を有している。

 しかし鳥ではない。


 四つ足の鳥など、いない。


 『後ろ足』は、獅子の物だ。

 胸の下辺りまで羽毛に覆われ、下半身はライオンの物になっている。

 尻尾もまた、先端だけふさふさした毛があるライオンの物だ。


 私の口から、それの名がこぼれ落ちた。



「グリフォン……」



 それは、私の世界では神話の領域に住まう、四つ足の合成有翼獣だった。


「はい、グリフォンです」

 カトラルさんが頷いて、肯定する。


「乗り手の後ろに……そうですね。種族や体格によりますが、三人から四人ほどは乗れるでしょう。数に余裕がないので、出来ればお貸しするのは一騎のみとしたいですが……」


「私とマスターは前提として……」

 リズが残りの三人を見やる。


「本格的な活動となれば、私とハーケンが留守番、というのがいいだろうな。不死生物(アンデッド)の身では、黒妖犬(バーゲスト)相手は分が悪い。サマルカンドなら魔力反応の感知能力も高いし、リズと組めば、どんな状況も対応出来るだろう」


「サマルカンド、ハーケン。異存は?」


「あろうはずがございません。必ずやお役に立って見せましょう」

「ない。レベッカ殿の意見は合理的ゆえ、な」


「あなたと、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様を含む三人ならば、悪魔(デーモン)の方を乗せても十分飛べるでしょう。そういう事でよろしいですか?」


「はい。ところで、この子触ってもいいですか?」


「え? まあ……構いませんが……?」



 とりあえず走り寄って、羽毛に覆われた胸に抱きついた。



「鳥の羽毛って新感覚!」


「……ってマスター! 待って下さい!」


「もふっとしてるけどちょっと油っぽい。筋肉もみっちり。よく飛べますね」


「羽が油っぽいのは、雨でも飛ぶ力を失わないためのコーティングですね。風系の魔法を併用して飛んでいますが、翼の筋肉も強いですし、鱗がない分、速力ならレッサードラゴンよりも上ですよ。乗り手が一人の場合、というのが前提ですが」


「へえ」

 そこまで聞いたところで、リズにフードを掴まれて、グリフォンから引き剥がされた。


「何が『へえ』ですか! ろくに身体強化も出来ないくせに、魔獣種になんでそんな無防備に近付けるんです!?」


「え、だってカトラルさんに許可貰ったし……危ない事があれば絶対にリズが止めてくれるし」


「あまりの事に脳が止まりましたよ。もう少し慎重な行動というものを心がけて下さいますか?」

「分かったよ、リズ」


 リズが、カトラルさんに一礼する。


「ありがとうございます。ちゃんと制御下に置いてくれて」


「いいえ。うちのリーフを気に入ってくれたようで」

「この子、リーフっていうんですか?」


「ええ。この子を含めた八騎が、現在最も速い連絡手段として、リストレアの空を飛んでおります。後はまだ雛が五羽、ですね」


 グリフォンは、そこまで数が多い魔獣ではないし、成長速度も遅めだ。

 雛の段階から仕込まないと慣らせないが、飼育下での繁殖はまだ成功していないとも聞く。


 魔獣としての強さもあくまでそこそこで、"ドラゴンナイト"対抗の折にも名前は挙がったが、ドラゴンとは比べるべくもない。


 足の速い連絡手段といっても、季節や地域によっては、馬車や、身体強化した伝書使の方が適している場合もある。


 重宝されつつも、数が少ないのにはそれなりに理由があるという事だ。


 カトラルさんが尋ねた。


「"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様は、動物がお好きなのですか?」



「可愛いやつはだいたい好きです。後、美味しいやつも大好きです」



「正直すぎますよ」

 リズが冷めた目で突っ込むが、カトラルさんは笑った。


「私もですわ。全ての生き物を愛するなど、出来ませんもの」


 どこかに、線を引く必要がある。

 カトラルさんは、動物好きなのだろう。


 間違いなく、魔獣師団として飼育している魔獣に、愛情を注いでいるのだろう。

 グリフォンを見る目は優しいし、体調の悪い魔獣を気遣う様子も見せていた。


 私と同じく、『役に立つ』動物を、愛している。


 私は、それを悪だとは、思わない。

 明確な線を引き、線の『こちら側』を愛する事は、実に当たり前の事だ。


 地球でも、チーターやユキヒョウなど、美しく愛らしい猫科動物の保護に募金は集まりやすいが、カエルの繁殖地を保護する運動に募金は中々集まらない。


 カトラルさんが、笑顔のまま背筋を伸ばし、ぴしりと姿勢を正した。



「魔獣師団としては、"第六軍"に、可能な限り協力いたしましょう。追加の要望などあれば、遠慮なく仰って下さいませ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] カトラルさんどこか(動物好き)マスターと同じ匂いのする人。それだけでもう好印象。 グリフォンにもふもふするマスターうらやま可愛い! 焦るリズも可愛い! [気になる点] 4人乗り、軽自動…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ