死の痛み
エイティースの事も、可愛かったか?
そう聞かれても……実は私は、彼の顔を、知らないのだ。
私にとって彼はあくまで、現地活動班の内の一人だったから。
それでも、私は、彼の死に痛みを覚えた。
彼は、間違いなく私の部下だったのだから。
王城付きの暗殺者の一人だった。
送り出した志願者の中に、"第四軍"から派遣された骸骨と死霊に混ざって、何人か獣人がいた事は覚えている。
その中の一人が、彼だったのだろう。
彼がどのような気持ちで志願したのかは、分からない。
戦士を重んじる"第三軍"の中にあって、暗殺者という道を選んだ獣人の男の子がいた。
そしてもう、私は彼の口からその理由を聞く事は出来ない。
「私にとっては、私を信じる部下全てが可愛いよ。言い訳をするつもりもないが……無茶な作戦でもなかったし、作戦行動は、ほぼ現地活動班に一任している。死んだのは……彼だけでも、ない」
私は彼を信じ、彼は私の命令に従った。
そして彼と共に、もう一人が死に、死霊も二十八人が『死んだ』。
私が"第六軍"を率いる身である以上、彼らの死の責任は、全て私にある。
「あいつの死に……意味は、あったか?」
「なかったよ。彼の死そのものに、意味はなかった。ただ……私は、命令を果たした部下に敬意を抱くし、誇りに思う」
"第六軍"の死者は、その作戦行動の危険さに比べて、かなり少ない方だ。
バーゲストが派遣されてからは、バーゲスト以外の損耗もない。
これは、戦う能力を持たない相手しか狙っていないからだ。
護衛の張り付いた村は避けるように命令している。隊商も同様。
重要な拠点には、敵軍が派遣されている。
そして、軍が派遣されている地域では、被害が出ていない。
それを敵国は『防衛に成功している地域が一定数ある』と主張する。
間違いではない。
確かに防衛とは、相手に手を出させないようにする事が基本だ。
けれど、全てを守れないのならば、私達は『勝利』を、『戦果』を積み重ねられる。
軍隊だってタダではない。
兵士や騎士を養う食料だけでも、相当の額になる。
隊商の護衛も、物資を運ぶための活動に、物資を多大に消費するという矛盾に苦しめられる。
この二年で、人間国家の余裕は大きく減じている。
けれど――国軍に影響は、ほとんどないのだ。
ランク王国が失ったのはドラゴンナイトのみ。
エトランタル神聖王国が、"福音騎士団"に加えて、神聖騎士団と民兵も失っているから、一番被害は大きい。
ペルテ帝国は、帝国近衛兵をほぼ全て失ったが、他は一部が巻き込まれたぐらい。
人間の通常戦力は、ほぼ全てが健在。
逆に言えば、養うべき兵は、ほぼ減っていない。
結果的に大食らいのドラゴンを養う必要がなくなったランク王国が、一番『楽』なぐらいだ。
そして――支える側は、確実に減っている。
いずれ……"第六軍"から、犠牲者が出る。
狙いやすい所がなくなれば、あるいは、決戦が近付けば。
護衛がいようとも、そこが穀倉地帯であり、食料倉庫があるなら――私は攻撃目標にしろと、命令するはずだ。
リストレア中のバーゲストを集めようというのは、その際の被害を少しでも軽減するための事前準備の一環だ。
私にとっては人間が何人――それこそ何千、何万と死のうが、それよりも、私を信じた部下一人が死ぬ方が、辛いのだ。
人間にとっての魔族も、そうなのだろう。
そしてきっと、他の魔族にとっての、人間も。
大切な人よりも大切な、他人の命があると思えるのは、狂人だけだ。
そして私は、狂人ではない。
アイティースが、しばしの沈黙の後、泣き疲れた時のようなけだるそうな表情で、ゆっくりと口を開く。
「……お前、普通の人間じゃ……ないんだな」
しかし私は、やはりこう言わざるを得ない。
「私は普通の人間だよ?」
「どの口が言いますか」
「お前みたいな人間が、普通にうようよいる国とは戦争したくねえな」
リズとラトゥースが、揃って呆れた目で見る。
しかし私は。
「私はただの、人間だよ。だから――だから私は、ここにいる。私の当たり前を奪った奴らを許すほど心は広くないし、二度とそんな事がないようにするために戦っているつもりだ」
「……人類全部を……滅ぼして?」
アイティースの言葉に、頷く。
「他に方法があれば、よかったけどね。私は……普通の人間だから。そんなやり方しか、思いつけなかったんだよ」
私に、知識があれば。
私に、知識と、優しさがあれば。
私に、人を救える知識があり、その知識を生かす優しさがあり、その優しさを示す機会が、与えられたなら。
私が名乗る名前は、"病毒の王"では、なかっただろう。
それでも私は、守りたいものを知ってしまった。
特別な知識はなくとも、私は地球の現代日本産の、人間だ。
人がどうやって戦争をして、殺し合ってきたかは、学校の教室で、先達が教科書片手に眠くなる授業と共に教えてくれた事なのだ。
そして何より、私は普通の人間だから、人間が何のために戦い、何を守りたいと思い、何を信じたいかぐらい、分かるのだ。
大切な事は、この世界でも変わらないから。
他の世界の人にも、同じように大切な人がいるという事を、想像出来なかったか、想像してもなお、ただの資源として使い潰そうとした人達には分からないだろうけれど。
他の世界の魔族を召喚して、燃料として使おうというのならば、非道ではあっても、筋は通っている。
けれど、魔族を敵とし、人間を味方として集った人達が、私と――今もガナルカン砦跡に、人間ではないひと達の手で埋葬されて眠っている、違う世界から喚び出した人間にした事は、筋が通らない。
彼らは、間違えた。
私は、それだけは、間違えない。
一度敵と定めた者を、一度味方と定めた者を、変えたりはしない。
例外が、あるとすれば。
私は……自分が人間だから、いつかこの国の『敵』とみなされうると思っていたのを、撤回した事だけ。
ああ、私は誓ったのだ。
そして陛下は、私の誓いを受けたのだ。
私はこの国を守ると、誓った。
守るべきは種族が同じ人間ではなく、種族の違う私に手を差し伸べてくれたひと達であると。
私は、"病毒の王"。
種族、人間。
目標、人類絶滅。
目標に、変更はない。
……ただ、その目標に、少しだけ言い添えるならば。
私は人類最後の一人になり、その上で、生きたいだけ生きて死ぬつもりだ。




